掛谷先生(@hkakeya)が訳された「アメリカにおける社会主義の起源」を書き起こしてみた。
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掛谷先生(@hkakeya)が訳された「アメリカにおける社会主義の起源」を書き起こしてみた。アメリカでは、ソ連に先立つこと約300年前に社会主義の実験が行われ、失敗した。デイトン大学のラリー・シュヴァイカート歴史学教授が解説します。(2016年3月公開の動画) youtube.com/watch?v=7dAmro… pic.twitter.com/NMzJKYR0bh
2020-10-07 17:44:03アメリカ人が資本主義を発明したわけではない。しかし、それを完成させたとはいえるだろう。それにより、歴史上のどの社会よりも最も多くの人に最も多くの富をもたらした。この魅力的で複雑な物語を理解するには、アメリカの最初の入植者の時代に遡る必要がある。 pic.twitter.com/sMd1Jso4BR
2020-10-07 17:44:31でもその前に、資本主義の定義をしよう。これは簡単ではない。資本主義は何千年もの人間の営みを通じて発達したものだからだ。英国の偉大な思想家アダム・スミスは1776年の有名な著作「国富論」で最初に資本主義について著述したが、彼がそれを発明したわけではない。 pic.twitter.com/iHBqOlupyN
2020-10-07 17:44:50ここでは、個人が何を作り、誰に売るかを自由に決められる経済システムと資本主義と定義しよう。取引に同意が必要なので、仕事の報酬を得るには他人の需要に応えなければならないシステムである。 歴史の話に戻ろう。 1607年ジェームズタウン、1620年プリマスに最初の入植者が到着したとき、… pic.twitter.com/8ZMYKP1nXi
2020-10-07 17:45:14…彼らは当時全ての欧州諸国が採用していた重商主義と呼ばれる経済システムで動いていた。特に植民地では、重商主義でのビジネスは国家の利益のため運営されていた。政府は企業に利益を上げることを許したが、その主目的は、英国、スペインあるいはフランスの国益を増進することだった。 pic.twitter.com/VFr0GRhS2H
2020-10-07 17:45:30初期のアメリカ人入植地は、英国政府が援助しなくていいように自給自足を原則とした。そして領土の境界を明確にした。それが植民地戦争の鍵だった。イングランドの領土ならスペインとフランスの領土ではなかった。初期の入植者は、彼らが美しいと考えたある思想に基づいて新たな試みを行った。 pic.twitter.com/88mkEAVld3
2020-10-07 17:45:45彼らは穀物の共有倉庫を作り、そこから必要なものを取り、収穫したものを戻すことにした。土地も共有し共同で働いた。入植者は土地を私有しなかった。このシステムには当時名前が無かったが、理想の社会主義共同体と同じである。何が起きたかは想像に難くないだろう。システムはすぐに崩壊した。 pic.twitter.com/yqYXkxnbVQ
2020-10-07 17:46:07入植者は誰もが何でも得られると何が起きるかを学んだ。誰も責任を負わない。朝早くから夜遅くまで働いた入植者も、遅く現れて早く帰る入植者と、さらには全く働かない入植者と食料の取り分は同じだった。約2年後、入植地の食料は靴ひもとネズミしかなくなった。彼らの半分は餓死した。 pic.twitter.com/cshxbEoSfl
2020-10-07 17:46:22(ポカホンタスに救われた)ジョン・スミスが植民地を統治し、社会主義モデルを廃止した。各入植者は自分の土地を受け取り、私有財産制が新世界に導入された。「働かざる者は食うべからず」。スミスは聖書を引用してそう言った。人々は働いた。そして食べられるようになった。こうして植民地は救われた。 pic.twitter.com/mRn2wgOJ9b
2020-10-07 17:46:39同じことが10年後さらに北のプリマス入植地で起きた。ここは宗教的な目的を共有する清教徒の入植地だったが、ジェイムズタウンと同じことを試みた。そしてやはり失敗した。若い指導者ウィリアム・ブラッドフォードは、共同体の失敗について「人間は神より賢いと思った」と書き残している。 pic.twitter.com/XEK7MgKtOr
2020-10-07 17:47:00彼らはすぐにコミューンを放棄して私的所有を認めた。すぐに豊作に恵まれその祝賀日は「感謝祭」と言う形で我々に受け継がれている。その後150年の間にこの酷い失敗のを通教訓じて、人間は自らの経済的結果に責任をもつべきだという叡智が入植地の中で定着した。 pic.twitter.com/2vvt51CDVy
2020-10-07 17:47:16アメリカ独立戦争は英国が入植地に課した重商主義の重荷をめぐって戦われた。 印紙条例と茶条例の2つの税がよく知られた例である。アメリカ人は英国政府が彼らの経済活動のほとんどを規制していると考えた。そして、それが気に入らなかった。 pic.twitter.com/dPvEUU106r
2020-10-07 17:47:31確かに、独立を得た後も、国の建国者たちを資本主義者と呼ぶことはできないだろう。当時、アメリカでは資本主義の思想を経済システムとして論じ始めたばかりだった。しかし、多くの有力な建国者は直感的に自由市場原理に引き寄せられた。トーマス・ジェファーソンの私有地所有権の考えが… pic.twitter.com/xw5DTXcfDq
2020-10-07 17:47:50…公有地を一般人に使えるようにした1785年の有名な土地条例を形作った。また、アレクサンダー・ハミルトンの自己責任の概念と契約尊重の考えは1791-92年の金融パニックで、米国政府がパニックを引き起こした銀行家を救済するのを断固として拒否したことに見られる。もちろん、… pic.twitter.com/Bg0NpJuSaM
2020-10-07 17:48:02…ベンジャミン・フランクリンは「プーア・リチャードの暦」に書き残した格言に基づき、出版業に生涯を捧げることで資本主義を実践した。 憲法自体、自由市場原理の核となる概念で溢れている。契約の尊重、表現の自由、政府の規制と課税する能力に対する強力な制限、そして借金返済義務の重視など。 pic.twitter.com/y1OS1KiRXu
2020-10-07 17:48:19まとめると、アメリカの自由市場原理を生み出したのは学術的イデオロギーではなく、経験に基づく知恵なのである。その結果、世界史上最も繁栄し自由な国家が生まれたのだ。 デイトン大学のラリー・シュヴァイカートによるプレイガー大学の動画でした。(了) 英文スクリプト:↓ prageru.com/video/americas…
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