ストレイトロード:ルート140(52周目)
- Rista_Bakeya
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論文の著者がいるという採掘場は、怪物の巣穴に近い危険な山中にあった。各地で厄介者扱いされた人々が集められているらしい。「出会った頃のあなたみたい」藍の素直な感想に反論できない。黙々と働く彼らの多くは日銭の為に何かを諦めた目をしている。だから反撃の機会を窺う者はすぐ見分けがついた。
2020-10-19 19:00:11どんな旅でも予定にない出来事はつきものだが、藍の場合はたびたび本人が意図的にそれをねじ込む。その経験を踏まえ、今度の旅程には多少ゆとりを持たせたはずだったが、気づけば厳しい道順に書き換えられていた。「少しでもたくさん情報が欲しいの」彼女に悪意はない。退屈な時間を嫌っているだけだ。
2020-10-20 18:53:25未完成の論文から導かれた結論に藍が溜め息をつく。「この路線で探すのは無理ね」いつになく弱気な発言だが、背中に諦めの気配がない。「そうでしょうか」論文の分析と解説を担った私の書き込みに、違う筆跡が添えられた。誰かに会話を聞かれている。「そうよ。方針変えるわ」静かな夜にうなずき合う。
2020-10-21 21:33:24バッターボックスに空振りの音だけが響く。「まだ勝負する気?」投球マシンの後ろから藍が顔を出した。得意げに言うが、彼女はプログラムが出した乱数に従ってボタンを押しただけだ。人の思考を挟まないからか、相手は次の球種を読めず苦労しているようだ。「続ける!」双方を見た私は硬貨を投入した。
2020-10-22 18:59:04私達を運ぶ車も最初は量産品ばかりで構成されていただろう。修理の度に交換される部品が足りなくても正規品はもう入手できない。廃車からの再利用や他車種からの流用で対応しきれない物は、一から造ってもらうしかなくなる。「で、また走れそうなの?」藍は結果しか聞いてこない。コストさえ考えない。
2020-10-23 18:41:18密かに予約した高級ホテルでも、長旅の途中でやっと見つけた安宿でも、藍は同じ便利さを要求する。ルームサービスがなければ私に用意させる。「外でたくさん緊張してる分、これくらいはないと」藍がフルーツサンドを手に笑う。野宿の経験を積んでいれば我慢を知らないはずはない。意図的なわがままだ。
2020-10-24 19:02:35上り坂の手前で板を振る人がいた。相乗りを求める仕草に見えたが、傍らには後部座席に載らない荷物があった。藍が板に書かれた文字を音読した。「これ運ぶの手伝って、だって」荷車を私達の自動車に連結し、急な坂を引き上げる間、彼は徒歩でついてきた。布にくるまれた荷物の側を離れたくないらしい。
2020-10-25 19:03:26軽い装備の人々がビル跡の撤去作業に従事していた。近隣の廃村から彼らを集めた案内人は対価が、業者は逃げない労働力が欲しかっただけで、権利も尊厳も二の次だ。意識の古い時代に遡ったように錯覚したが、藍の一言で現在を思い出した。「目先の利益でも稼がないと次がないって思ってるのよ、みんな」
2020-10-26 18:47:37餞別と称して押しつけられた籠に不審物はなかったが、焼き菓子の下に紙切れが隠れていた。割引券だった。「お菓子買ったお店のかな」印字内容は店名と特典くらいで、裏に秘密の手紙もないと藍が言う。「これ持って戻って来てね、ってこと?」お節介な住民ばかりだった町が車窓の中で小さくなっていく。
2020-10-27 18:51:50先程から車内が静かだと思ったら、藍が携帯端末を睨み、何か入力しては消していた。出発前に受信したメールの内容に引っ掛かりを覚えたらしい。「この絵が何かわかる?」絵文字の変換なら私より余程詳しいはず、とはただの先入観だった。滑走路を表す記号など彼女の時代には不要な存在と言ってもいい。
2020-10-28 18:45:11騒乱の渦中から救出した旅行者を故郷へ送り届ける途中、藍が奇妙なことを言った。「あなたが畑にいる」分身の特徴を聞いた本物が叫んだ。男装した妻が夫に成り代わり働いているらしい。通信を介した仕事で画面越しの姿や声を加工していた話は珍しくないが、生身で実行するとは。「しかも大活躍みたい」
2020-10-29 18:51:04物々しい装備の一団とすれ違った後、近くで狂犬病が発生したと聞いて納得した。古くから人類とその相棒を脅かしてきた病について藍と話していたら、急に彼女が難しい顔で立ち止まった。「動物が持ってる病気っていろいろあるけど」魔女の頭上を大きな翼竜が通り過ぎる。「かかるのかな。今のあの子も」
2020-10-30 18:48:00