- dousei_skhs
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【ある日の可愛いあいつについて】 「ほら」 「……ごめん。ありがとう」 そう言って、光忠は俺が差し出したコップを受け取った。ベッドにぐでっと横たわっていた半身を緩慢に起こして、中の水を一気に飲み干す。
2020-11-22 22:11:03ごくごくと喉が動くのを眺めるともなく眺めていると、ぷはっと息をついた光忠は、空のコップを持ったまま再びベッドに倒れ込んだ。ベッドマットにだらりと投げ出された手から、傾いたコップを預かる。
2020-11-22 22:12:47キッチンに置きに戻るか一瞬迷うが、光忠から目を離さない方がいいかもしれないと思い、コップはそのままサイドテーブルに置いた。……まあ最悪落としても、プラスチックだから大丈夫だろう。 片腕を目の上に被せて、深く息を吐く光忠。その顔も体も、火照って赤く染まっていた。
2020-11-22 22:13:30──こいつは今、かなり酔っ払っているのだ。 これでも家に帰ってきたときよりましにはなっているが、それでも心配だ。……なにか身体を冷やすものでも持ってきた方がいいだろうか。そう思いながら、様子を窺う。 「……シャワー浴びたの、やっぱりまずかったんじゃないのか」
2020-11-22 22:14:47そんな状態で風呂はやめておいたほうがいいと言ったが、外の匂いやいろんなものがついたまま寝るのだけは絶対に嫌だと言って、光忠は「十分以内のシャワーだけにする」という条件のもと、風呂場へ消えていったのだ。
2020-11-22 22:15:57そしてさっぱりしてきてこの有様。気持ちよかったあーと呑気に言って、幾分か回復した足取りで寝室に向かうや、ベッドに倒れこんだのだった。 喉が潤って一息つけたのだろうか。光忠は腕で視界を遮ったまま、普段に輪をかけて柔らかな口調で俺の問いに答えた。
2020-11-22 22:16:43「いや……シャワーかなりぬるめにしたし、ほんとにさっと洗うだけにしたし」 「でも」 「……それに、長谷部くんが脱衣所も浴室も、前もってあっためてくれてたろ。だからねえ、酔い自体はそんなにまわってないんだよ」 「説得力ないんだが」
2020-11-22 22:17:25「ひどいなあ。……あ。あと長谷部くん、僕が出てくるまでドアの外にいてくれたでしょ」 「……中で倒れでもしたらと、思って」 「ごめんね、心配かけて。……でもほんとにもう大丈夫だから」 光忠はそこでようやく、目を覆う腕を外して俺を見た。
2020-11-22 22:18:31……なるほど。確かに、さっきよりもはっきりした表情の瞳と視線がかち合った。ずいぶん酔いは醒めてきているらしい。 職場の付き合いがあるから、明日の晩ご飯は外で食べてくるね。いくぶんしょんぼりした顔の光忠がそう告げてきたのは昨夜のことだった。
2020-11-22 22:19:02落ち着いたらすぐ帰るから、長谷部くんの晩ご飯は作って行くから、連絡いれるから、もし遅くなったら我慢しないで寝てていいから、──思わず「俺は子どもか」と突っ込みたくなるような言葉たちを残して、光忠は約束の食事会に出かけて行ったのだ。
2020-11-22 22:19:40そこでは酒も出されたらしい。それはいい。酒は人間関係の潤滑剤とも言うからな。 ……しかし普段あまり飲まない (飲んでもセーブする) こいつが、ここまで酔って帰ってくるのは珍しいことだった。 まさか。俺の頭に一つの可能性がよぎる。
2020-11-22 22:20:35まさか、そこで嫌なことでもあったんだろうか。厭味ったらしいことをしつこく言われたとか、いわゆるアルハラ? というものをされたとか。……もしそうだったら、俺が光忠を守っ、 「……ねー、長谷部くん」 「! な、なんだ」
2020-11-22 22:21:15ぐるぐる巡りそうだった俺の思考は、ふくふくと弾んだ光忠の声によって遮られた。普段から──俺、もしくは稀に野菜に対してだけだと思っているが──甘い声で話す光忠だが、今の声音の甘ったるさはその数倍だった。
2020-11-22 22:22:18いや、甘さの種類が違う。いつものやつはこう……く、口説かれているというか、そういう……なんか、そういうやつだが、今の声音は、端的に言うと「安心しきって甘えている」ものだった。
2020-11-22 22:22:44あまり聞くことのない声音に驚いたのと……おそらく、たぶん、……ときめいた、のとで、俺は思わず胸を押さえてしまった。だが光忠は構わず (というか俺がちゃんと見えているのか?) 甘えた口調で言葉をこぼす。
2020-11-22 22:23:13「僕ねえ、長谷部くんのこと好きなんだよ」 「? ……ああ」 「好き。ほんとに好き」 「……? ありがとう……?」 「ふふふ、知ってた?」 「知ってた」 「そっかあ。よかったあ」 「……ああもう光忠、やっぱりお前まだまだ酔って、」 「──長谷部くん」 「……は、」
2020-11-22 22:24:14長谷部くん。俺の名前を呼ぶ光忠の声が、低くなった。 ……ああ、この声はいけない。 反射的にそう思ったが、構える間も与えず、光忠は言葉を続けた。 「好きです。ずっと好き。──大好き」 「あ、……」 「僕のたからもの、……愛してる」 「……っ!」
2020-11-22 22:25:48顔が、身体が、一気に熱くなった。 まるで火でもつけられたようだ。 光忠のこの声はいけない。だってこれは、俺と、……俺を、求めてくれるときの声だった。 ──いきなりなんてことをしてくれたんだ! おそらく真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて、今度は俺の方が視線を伏せた。
2020-11-22 22:26:48停止していた思考がものすごい速さで回り始めた。 どうしよう、どうしよう。 両手で顔を隠しながら考える。 光忠は、醒めてきてはいるがまだ酔っ払っているのだし、無理をさせては翌日に響く。確実に響く。いやそれ以前に身体が心配だ。 ……でもじゃあダメかと言われると、俺だって、今日はその、
2020-11-22 22:30:26「み、光忠」 「…………」 「…………お?」 いや、やはり過ぎた酒の抜けない身体ではダメだ。 そう思った俺は、意を決して光忠を見やった。 するとそこには。
2020-11-22 22:30:58「…………なるほど」 すやすやと気持ちよさそうに眠る光忠の姿があった。 普段あれだけ格好に気を遣う伊達男が、今は安心しきった子どものような顔をしている。 いい感じに酒が抜けて、しんどくもなさそうだ。今まで二日酔いで困ったことはないと言っていたから、今回もたぶん大丈夫……だろう。
2020-11-22 22:31:53「……ああもう」 身の安全が一番だ。眠ってくれてよかった。よかったんだ。 そう言い聞かせながら、蹴飛ばされていた布団を光忠にかけなおしてやった。 「…………」
2020-11-22 22:32:58でも、こちらが勝手に思ったこととはいえ、半端に火がついた俺の気持ちはどうしてくれるんだ。光忠のベッドに無理矢理入り込みながら、その熱い身体にぺちりと触れる。どこへもぶつけようのないもやもやとむず痒さを、俺は、冷えた足をくっつけることで晴らしてやった。
2020-11-22 22:33:47「……俺も好きなんだが」 そうだ。 俺も光忠が好きだ。 どれだけ格好がつかなかろうが、俺はこのガタイのいい酔っぱらいが、どうにも愛しくて仕方がないのだ。 【了】
2020-11-22 22:34:04【管理人より】夜分に失礼いたします。頂戴したリクエストより、先月の逆ver.の『長谷部から見た光忠の可愛い話』をお送りしました。他リクエストもゆっくり書かせて頂くつもりです。お時間を頂戴しますがお待ち頂けますと幸いです。それでは、明日からもよい燭へし日和を! ありがとうございました。
2020-11-22 22:42:29