シー・ノー・イーヴル・ニンジャ #3
おお、おお、これこそがザイバツ・グランドマスターの一人たる彼のおそるべきカラテ、バリキ・ジツ!対象のエネルギーを異常な速度で引き出し、爆発させるジツなのだ!「無駄ではない、君の死は無駄では無いぞ、クラミドサウルス=サン!」イグゾーションは懐のマキモノを撫でる……!
2011-07-28 22:44:44フェー、フェアオー、フェー。鑑賞的なアコーデオン音をBGMに、繰り返しの再生でノイズまみれとなった映像が流れている。等間隔であぐらをかいた囚人達は、ある程度くつろいで、手元のスナックやチャを口にしながらそれを眺めている。今日は月に一度の映画レクリエーション日である。
2011-07-30 15:27:21レクリエーションや体操は囚人のフラストレーションを解消し暴動を防ぐうえで実際重要である。その意味で、プリズンといえど、ある程度の権利保証はあるのだ。……「アカチャン。おっきくね」「オマエサン」「働くよ」発車直前の新幹線のホームで、赤子を抱えた女と屈強な男が最後の別れを惜しむ。
2011-07-30 15:32:19「グフッ、ウフッ」フジキドは隣のジャイゴを見た。ジャイゴは笑っているのではない。嗚咽しているのだ。「ウウー」「あいつ、カカアと子供が塀の外にいるからな。ど真ん中よ」隣のベツリキがフジキドに耳打ちした。「カミさん律儀なもんだぜ、まだ五年はお勤めが残ってるのに、毎週手紙が来るんだと」
2011-07-30 15:41:11「そうか」フジキドは無表情にバイオ米ウエハースを食べた。「……家族はいい」映画は走り去る新幹線の画で幕を閉じ、スタッフロールが流れ出す。「ウオッ、ウオーッ」「うるせえよ!」他の囚人の誰かがジャイゴを咎める。「ウオーッ」
2011-07-30 15:46:33ゼンダは無言でモグモグとお相撲チョコを咀嚼していた。彼もまた妻と別れている、そして彼の場合は死別である。一週間である程度リンドウの面々と打ち解けたゼンダであるが、いまだ、暗い瞳には、読み取り難い闇を秘めているのだった。
2011-07-30 16:28:53「そんでよ、モリタ=サン」ベツリキがフジキドに耳打ちした。「どう……だった」フジキドは答える代わりに、バイオ米ダンゴを差し出した。「食べろ」「いや、おい……」フジキドは無言でさらに促した。ベツリキは何かを悟り、ダンゴを口に入れて噛んだ。ガリ、と硬い音。ベツリキは目を見開いた。
2011-07-30 17:47:23「マジでやりやがった」ベツリキは呻いた。ダンゴの中に入っていたのは小さな鍵である。フジキドはベツリキを瞬きせず凝視する。彼は鍵をアメのように舐めながら頷いた。「わ、わかってら。大丈夫だよ。あんたを騙そうなんて思ってねえ。マジで感謝だぜ。怖い顔で見ねえでくれよ」「……で、どうだ?」
2011-07-30 17:50:22「いねぇ」ベツリキは言った。「いや、待ってくれ。ウミノって奴はいねぇんだ。本当だ!だが、おかしい奴がいる。おかしいってのは二重の意味だな、考えてみりゃ」「……」「問題行動を起こしてばっかりだ。独房に入り浸ってる奴がいるンだよ。出てきちゃあ、また戻る。……で、俺は思ったのさ」
2011-07-30 18:13:16フジキドは目を細めた。ベツリキは一層声のトーンを低くした。「……察しがつくかい?そいつ、何でそんな独房に行きたがるんだ、って考えるわな。当然、独房懲罰はホテルなんかじゃねえ。引きこもりたい奴が快適でいられるような場所じゃねえぜ。実際キツイ。なのにそいつは……」
2011-07-30 18:50:11フジキドはほぼ確信した。追っ手を逃れるためにプリズンへ自ら入って行ったのなら、さらなる「安全」を求めて独房を求めるのも自然だ。ウミノという人間がいないのであれば、即ち偽名。独房のその男をまず目指すべきであろう。
2011-07-30 19:01:34「マツリ!アソビ!ヨイサ!ホイサ!」映画プログラムは二本立てだ。タイコを叩く大量のスモトリが映し出され、画面に「大きい勝負」とタイトルが表示される。「ウオオー!」ジャイゴがまた号泣した。「しょうがねェな。今度はスモトリ時代を思い出してンだな。ど真ん中よ」ベツリキが呟く。
2011-07-30 19:10:07あまり時間は残されていないやも知れぬ……フジキドは沈思黙考した。囚人と信頼関係を築き上げ、情報を収集するのに一週間。鼻の聞く囚人が同室にいたのは僥倖だった。ベツリキが欲したのはボイラー室の鍵だ。なぜ?……ベツリキは大胆にも、脱獄を計画しているのだ!
2011-07-30 22:04:24ベツリキには半年にわたって練り上げた脱獄計画がある。入所したばかりのフジキドであるが、持ち前のニンジャ洞察力を持ってすれば、日々の服役でベツリキが隠しきれずにいる不自然さを察知するのは容易であった。フジキドは容赦無いプレッシャーで彼の計画に割って入り、取引を持ちかけたのである。
2011-07-30 22:08:26フジキドは看守詰所からボイラー室の鍵を取ってくる。ベツリキはウミノの所在を探し出す。それが交換条件であった。フジキドはあっさりと鍵ミッションを成功させた。ニンジャだからだ。
2011-07-30 22:14:24地下のボイラー室に侵入したベツリキがどのような手段でプリズンの外を目指すか、フジキドにはさほど興味がない。おそらくそこから下水かアンダーガイオンへでも抜けるのだろう。ベツリキはあと三年で出所だ。だが彼には秘密のカネの隠し場所があり、放置はできぬという事だった。
2011-07-30 22:18:37「独房棟へつながる渡り廊下は一つだ」ベツリキは言った。「どうすんだよ。どうやって行くつもりだ?」「気にするな」フジキドは無感情に答える。「オヌシらの迷惑にならんように、やる」「知らねえぜ」
2011-07-30 22:45:52プリズンの玄関に現れた男がIDを係官に提示するまでもなく、その佇まいは十分に威厳に満ちたものであり、男が非常に丁重に扱わねばならぬ来客であるという事は明らかであった。対応した係官は失禁をこらえた。それはあるいは、遺伝子に刻み込まれたニンジャへの畏れか。
2011-07-31 00:13:26男はニンジャ装束姿で現れたわけではない。紳士然とした隙の無いスーツ姿である。だが、彼の名状しがたい威圧感……ニンジャ性とでも言うべき迫力は、一般人への擬態で隠しきれるものではない。白金色の虹彩と暗黒の瞳孔が係官を射抜く。「ドーモ。キョート中央署のコジマです」男はIDを提示した。
2011-07-31 00:26:25「こちらに収監されているトオヤマ・デンジとの面会を希望します」「アイ……エエ……」係官はゆっくりと失禁しながらコジマのIDと令状を見た。「た、確かに確認致しました」息も絶え絶えに、係官は「出さない」と書かれたシャッタードアを開いた。「この先は別の者が案内します……」「ありがとう」
2011-07-31 00:31:32かくして、イグゾーションは堂々と正面からプリズンへ侵入した。IDと令状は当然、偽装されたものである。コジマというデッカーも存在しない。ザイバツ・シャドーギルドにとって、キョートの治安システムなど児童の積み木にも等しい。だが仮に偽装が見破られたとしても、係官は彼を咎めず通すだろう。
2011-07-31 00:39:59例えば読者の皆さんが警官だとして。竜巻の信号無視を咎め、行く手に立ちはだかるだろうか?そんなことをしてバラバラに引き裂かれて死ぬ事に、果たして何の意味があろう?正義はあるか?勇気は?否。ただの蛮勇、無意味、犬死である。ザイバツのグランドマスター・ニンジャとはそういう存在なのだ。
2011-07-31 00:47:09