ストラグル・ウィズ・ヒュージ・プディング

村井ニボシ @niboshi2000

8月でありながら、さわやかな涼風が吹く午前のことである。私は、病院の前にある芝生のベンチに腰掛け、ノートパソコン型ノートを膝に広げていた。このノートに、雲形定規を用いて、おもしろい図形を描くのが趣味なのである。

村井ニボシ @niboshi2000

傍目にはハイテクなビジネスをしているように見えるが、実のところアナログかつ無益な作業をしている・・・そのギャップがたまらない。このノートが、かさばる上に重いのが難点だが。まっすぐではない定規を2枚、うまいこと組み合わせて、C3PO風ぬらりひょんを描いていたとき、奇妙な音が聞こえた

村井ニボシ @niboshi2000

ばしゃん、とバケツの水をぶちまけるような、いや、それにしては重すぎるような。そして、水にしては粘度が高すぎるような音。あ、いちおう言っておくけどこの話はもちろん全部ウソというか、ウソですらない思いつきだから。精神病患者の自己治療みたいなもんだから、そこんとこよろしく。

村井ニボシ @niboshi2000

音の衝撃に反射的に体が動いてしまい、ぬらりひょんのぬらっとしたラインが曲がってしまった。なんてことだ。そのことに苛立ちを覚えながら、私は音のした方を振り向いた。プリン。10メートルほど先だろうか。舗装された道の上に、巨大なプリンが置かれていた。

村井ニボシ @niboshi2000

大きい。高さは私の身長ほどもある。焦げ茶のカラメルソースがちゃんとかかっている。ちゃんとって何だ。問題にすべきはそこじゃないというか。喫緊の課題は何かというか。とにかく、老婆が巨大なプリンの下敷きになっていた。老婆の下には横断歩道が描かれていた。

村井ニボシ @niboshi2000

私は不謹慎にも、網の上で焼かれる昆布巻きの魚を想像した。いや、昆布巻きのまま焼きはしないだろうけど。現実から目を逸らすな。むりやり似ているものをひねり出して結びつけている場合ではない。老婆が横断歩道の上でプリンに潰されているのだ。これのどこが現実か。

村井ニボシ @niboshi2000

老婆を救助しなければならない。幸いにしてここは病院の前だ。巨大プリンの質量たるや、平均的な力士をも上回るだろう。老婆の貧弱な骨格は湿気たプレッツェルのようにグシャメキポキンだろうが、治療はすぐに受けられるだろう。

村井ニボシ @niboshi2000

そして不幸なことにここは病院の前だ。この老婆が通院患者や入院患者である可能性は高い。すでに深刻なダミジを受けていた老いらくの躯体に、このスイーツパンチは致命かつ過剰殺生であろう。南無三。ともあれ早く救命せねば。

村井ニボシ @niboshi2000

こういった非常事態に、衝動的に体が動かず、最初に自分ではない誰かの援助を期待してしまう・・・そんな自分の、現代人らしい性分に疚しさを感じながらも、私は周囲を見渡した。・・・誰もいない？　そんなばかな。今は夏休み、それにここは大学病院の正面玄関前だ。

村井ニボシ @niboshi2000

人が一人も歩いていないなんてことがあるだろうか。タクシーは玄関前に列をなし、塀の向こうの大通りからは、一台ならぬ自動車が行き交う音が聞こえる。車椅子だってそこら辺を動いて・・・いや、動いていない？　誰も乗っておらず、誰も押していない。そんな車椅子が、ここから４，５台も見える。

村井ニボシ @niboshi2000

さっきまでは、邪魔なほどにいたはずの人々は、全員、スタッフを呼びに病院内に入ってしまったのか？　そんなはずはない。ないけど、ともかくこの状況は、私一人でどうにかしなくてはならない。プリンはふるふると揺れている。その下の老婆はうめき声も上げず、ぴくりとも動かない。

村井ニボシ @niboshi2000

「大丈夫ですか？」　大丈夫なわけはない。しかしここは、そう言う以外にはない。声をかけつつ歩み寄り、私は老婆の両腕をとった。案外に太い。脂肪だか皮だかわからない、老婆特有のたるみが腕全体を覆っているのがわかる。

村井ニボシ @niboshi2000

このまま引くと、柔らかい表面だけが引かれて、内部の骨とかはプリンの下に置き去りになるのではないか？　そんな予感がしたが、どんな結果になろうとも、引くよりほかはない。この状況下で何もしないのは、のちのち世間の目とやらに許されないであろう、という恐怖のほうが大きかったのである。

村井ニボシ @niboshi2000

それは、とりもなおさず、「困っている人がいたら助ける」というレベルの倫理観を、私が持っているというのに等しい。倫理というのは、内面からではなく、外側から与えられるのだなあ、という感慨に浸りつつも、私は力を入れた。が、動かない。なぜだ。

村井ニボシ @niboshi2000

プリンなんて柔らかい物の代表格なわけだし、いくら重いとはいえ、抵抗はないはずなのに・・・。いや、待て、そもそもこのプリンはなぜ、重さにより自壊せずに山形を保っているのか。だいたい、ばしゃんという落下音がしたのに、そう、落下してきたはずなのに、なぜ飛び散ってはいないのか。

村井ニボシ @niboshi2000

ジャンボプリンは、「そんなことを言われましても」とでも言いたげに、すまし顔で風に震えている。老婆の手を引く。抜けない。引っ張るほどにプリンの不動が憎い。いくらなんでもおかしいと思い、老婆とプリンの接点を見てみる。と、老婆は紫色の服を着ていたのだが、服が途中から不自然に白い・・・？

村井ニボシ @niboshi2000

めんどくさくなった。終わり。風呂洗ってマーボー豆腐作ってくる。「ノートパソコン型ノート」って書きたかっただけ。あと、「プリンを持ち上げようとするんだけど、ドロドロ崩れるばかりで持ち上がらない」ってのを書きたかったんだけど、そこまで行けなかった。

村井ニボシ @niboshi2000

今日、病院に行って、巨大プリンを持ち上げようとするんだけど、それが叶わない、という情景が見えたんです。僕は大丈夫です。

村井ニボシ @niboshi2000

変なことを書きはじめて、なるべくリアルにというか、矛盾しないように書きつづけようとすると、文章がどこまでも長くなる。