『一度きりの大泉の話』についての個人的感想

ANA @anayuko

萩尾望都『一度きりの大泉の話』 本日発売になりました。 電子書籍も同時発売しています。 amzn.to/2OWVB3S カバーの紙質、栞の紐の色、本文の書体など、細部までこだわって作りました。 電子でも嬉しいですが、できれば美しい紙の本で持ってほしいなと思います。 bit.ly/3eFlro8 pic.twitter.com/P27axTdo7E

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エンタメ放浪者 ウディ本舗 @woody_honpo

萩尾望都の『一度きりの大泉の話』を一気に読了する。 萩尾望都が決裂以後は竹宮惠子の作品を一切読んだことがないという、その傷の深さに衝撃を受ける。 萩尾望都にとって大泉は、漫画に理解のない両親から逃れて得たアジールだった。そこを理不尽に追放された瞬間に、時は止まってしまったのだろう。

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『銀の三角』のように。

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萩尾望都はずっと自分のことを描いて来た作家だった。 萩尾望都その人が、萩尾望都の漫画で描いて来た主人公のような人だったのだ。（両親にスポイルされて自信がなく、鋭い感受性と冷戦な観察力を持ちながら、対人関係で強く自己主張することができず、自己嫌悪のループに苦しむ）

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「何をやっても人に負けたことがない」「ナルシスト」を自認する、美人で明るく有能な竹宮惠子と、彼女に比べて私は何もできない…といいながら、その才能で竹宮を嫉妬させてしまう無自覚の天才萩尾望都。 本当に姫川亜弓と北島マヤのようだ。しかし、この亜弓はマヤは幸福なライバルになれなかった。

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すでに漫画家として成功し、両親に漫画家を反対されていた萩尾望都を未来へと導いた竹宮惠子。「こんないい人に出会えて私は幸福だ」と思っていた萩尾望都は、竹宮惠子からの理解不能の拒絶（萩尾にとっては）を受け止めることができない。その傷は竹宮惠子にとっては過去だが、萩尾望都には今なのだ。

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萩尾望都が山岸涼子に相談し『ある時、「嫉妬という感情についてよくわからないのよ」と山岸先生に話したら、「ええ、萩尾さんにはわからないと思うわ」とあっさりと言われました。』という。 無自覚の天才萩尾望都は、山岸涼子がそう言った理由を、よく理解できなかったのではないか？ それが悲劇だ。

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『一度きりの大泉の話』に登場する漫画家たちは、萩尾望都を始めとして、自らの作品の登場人物そのもののようで、「作品は人を表す」のだなぁ…と感じる。 山岸涼子も、彼女の作品に出て来るような、冷静に全てを見通してしまう巫女のような雰囲気の人物として登場する。

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「なぜ父は私の仕事（漫画）を最後まで反対していたのだろう？」そして、それなのになぜ、他人に娘の仕事を自慢したのだろう？という疑問が頭から離れない萩尾望都に対して、山岸涼子は巫女の託宣のように「萩尾さん、お父さんはね、あなたが羨ましかったの、あなたになりたかったの」と言い始める。

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一見、「大泉での断絶」を描いた本筋とは無関係のようだが、これは本書で投げかけられた「疑問」に対する解答にもなっているのではないだろうか？ そして、このエピソードを書いた萩尾望都自身は、そのことに自覚的ではないように思えることも、複雑な感慨を呼ぶ。

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『一度きりの大泉の話』に感情移入して竹宮惠子を過小評価する人もいるようだが、竹宮惠子は日本のマンガ史に残る、少女漫画を変えた一人である。「少女漫画革命」を志し実際にそれを実現したのだ。 しかし、その竹宮惠子をして嫉妬の闇に落としてしまった才能が萩尾望都…だと捉えなければならない。

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『一度きりの大泉の話』は「萩尾望都の立ち位置」を宣言した攻撃的な本でもある。 「少年愛は分からない」とBLの始祖であることを否定し「漫画はこうあるべきと思わない」と少女漫画革命を否定し（それらは竹宮惠子の業績だとする）「原作漫画にこだわりはない」と70年代的作家主義をも否定している。

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私は私の作品を描くだけ… 自分に自信を持てない萩尾望都だが、創作については強い自負を持っている。だからこそ彼女にとって「盗作疑惑」は絶対に許せないことだったろう。 本書には、過去作のスケッチが収録されているが、これは読者サービスではなく「証拠」ではないか？それに気づくと慄然とする。

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『一度きりの大泉の話』は「表現の欲求」から生まれたものではなく、「大泉サロン・ビジネスから身を守るため」という現実的必要性から書かれたものだから、それを基に、読者にあれこれと知った風な感想を言われる（私がやったように）のは、萩尾望都にとって迷惑かつ不快なことかもしれない…と思う。

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そう罪悪感を覚えながら、つい語ってしまうのだけれど… それほどの衝撃だった。

エンタメ放浪者 ウディ本舗 @woody_honpo

『一度きりの大泉の話』で驚くのは、その徹底した「拒絶」であり、その背後から聞こえる叫び声だ。 萩尾望都にとって、それは昔の癒えた傷ではなく、昨日受けた傷のように生々しく血を吹き出している。 おそらく萩尾望都の中で、あの瞬間が、今でも何度でもリプレイされているのだろう。50年経っても。

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『一度きりの大泉の話』との関連で重要な萩尾望都作品は『銀の三角』と『残酷な神が支配する』でしょうね。

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『残酷な神が支配する』は当初の予定より、かなり連載が長くなったのではないかと思う。読んでいて、作者の萩尾望都自身が迷路（どうしたら主人公を救済できるのか？）に入り込んだような印象を受けた。未だに過去の傷を浄化できない萩尾望都の苦悩が主人公の苦悩にオーバーラップするような気がする。

エンタメ放浪者 ウディ本舗 @woody_honpo

『残酷な神が支配する』の原型は『メッシュ』の『謝肉祭』だろう。主人公を追い詰めるグレッグとルシアンのキャラクターが重なり、主人公が彼らの暴力性に対する、ある種の「理解」に辿り着くラストが同じだからだ。この『残酷な神が支配する』のラストは最初から決まっていたのだろう。

エンタメ放浪者 ウディ本舗 @woody_honpo

しかし、このラストは当初の予定より複雑で深い内容となった『残酷な神が支配する』を受け止めきれていないと思う。ジェルミのあまりにも辛く長い旅の結論としては、あのラストは少し軽く感じられる。 萩尾望都本人が救済されていないのに、ジェルミに形だけの救済を与えようとした無理を感じさせる。

エンタメ放浪者 ウディ本舗 @woody_honpo

萩尾望都は男同士のSEXを官能的に（つまり肯定的に）描かない…という気はしていた。萩尾望都の世界では、それは常に懲罰的な（又は殺伐とした）行為として描かれる。『残酷な神が支配する』だけでなく『マージナル』のようなSFでもそうだ。味気ない日常としては描くけれど「欲望の肯定」を感じない。

エンタメ放浪者 ウディ本舗 @woody_honpo

萩尾望都の中では少年愛（男同士のSEX）は、大泉での「竹宮惠子との断絶」というトラウマと結びついて、ネガティブなものになってしまっているのではないか？という気がする。 『一度きりの大泉の話』の中で、盛んに「少年愛はわからない」と繰り返しているのも、トラウマを感じさせる。

エンタメ放浪者 ウディ本舗 @woody_honpo

『残酷な神が支配する』当時のインタビューで「少年愛みたいなものでご飯を食べて来たところがあるので、一度きちんとそれに向き合う必要があると思っている」という趣旨の発言をしていた記憶がある。 それがあの作品ですからね。 『残酷な神が支配する』そのものが萩尾望都のセラピーなのではないか。

エンタメ放浪者 ウディ本舗 @woody_honpo

そして、『残酷な神が支配する』を最後まで読むと「セラピーしきれてない」という感じがするんですよね。