モパイ・マスト・ダイ 前編

日本語版公式ファンサイト「ネオサイタマ電脳IRC空間」 http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「どうぞどうぞ、安心してお捨てください。私はピンズにしか興味がありません。オムラマンならば皆そうですよ」左の北家席にはオムラ社カチグミ・サラリマン。「私も主にソーズにしか興味がありません。緑が好きなもので」右の南家席にはヨロシ社カチグミ・サラリマン。 12

2021-05-06 22:24:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「……」イチロー・モリタは目深に被ったハンチング帽の下から、左右二人の目つきを伺った。どちらも油断ならぬプロ級の腕前。だが、真の敵はこの二人ではなかった。イチロー・モリタの対面東家には……クレアボヤンスと名乗るカジノ支配人……明らかにニンジャが座っているのだ。 13

2021-05-06 22:27:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「……」クレアボヤンスは目元に薄笑いを浮かべたまま、無言のうちにイチロー・モリタの打牌を牽制する。……スターン!イチロー・モリタは意を決し、危険牌を捨てた。一瞬、シシオドシが打たれたかのように、雀卓の周囲に無音空間が形成される。貪欲なる目が、危険牌の文字に注がれる。 14

2021-05-06 22:30:00
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打牌は「キ」。字牌である。「何だ字牌か」「期待はずれですね」オムラマンとヨロシマンがため息をつく。だが。「それ……」クレアボヤンスが人差し指を立て、宣言した。一瞬、雀卓のアトモスフィアが凍りついた。イチロー・モリタの首元に、見えぬドス・ダガーの刃が突きつけらたかのようであった。15

2021-05-06 22:33:00
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「カンです」カンであった。アガリではない。イチロー・モリタは息をつく。クレアボヤンスは、今しがたイチロー・モリタによって捨てられたばかりの字牌を、無慈悲に掴み取った。そして自らの側にこれ見よがしに引き寄せながら、己の手牌3枚を表返し、4枚にして組み合わせた。 16

2021-05-06 22:36:00
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カチャリ。クレアボヤンスの右手に表返された「キ」「リ」「ス」「テ」の四文字特殊総会牌が並べられた。総会牌は実際全て花牌であり、これだけでクレアボヤンスのアガリ時の点数は最低16倍が約束される。このままアガリすれば、場の256倍と合わさり、天文学的な数字に達するだろう。 17

2021-05-06 22:39:00
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イチロー・モリタの心臓は早鐘を打った。この状況で数十万点級のダメージが入れば、彼は心停止を起こすに違いない。そして……それだけではなかった。カンは手番を狂わせる。モリタとクレアボヤンスの間にいたヨロシマンの手番はスキップされ、北家のオムラマンが牌を引くこととなるのだ。 18

2021-05-06 22:42:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ダッ、ダッ、ダッ、ダッ。当然ながら、イチロー・モリタに回ってくるのはカス牌。逆に、次の手巡でイチロー・モリタが引くはずであった重要牌は……あろうことか、クレアボヤンスの手牌に……組み込まれてしまった。 19

2021-05-06 22:45:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(((なんてこと……。またしても役満積み込みがカンで乱されてしまったわ。まるで、敵はすべての牌をお見通しのようね。いったいどんな卑劣な手段を使っているのかしら……)))ナンシー・リーのIRC通信音声が、骨伝導インカムでイチロー・モリタの耳にのみ伝わる。 20

2021-05-06 22:48:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(((それに、ラオモト・カンが今日このカジノを訪れるという情報も、どうやら食わせ物だったみたい。もうここで粘り続ける必要も無くなったわね。だから……無事に逃げて……お願い)))ナンシー・リーからイチロー・モリタへの最後の言葉は、悲痛であった。 21

2021-05-06 22:51:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

実際、彼女の心配は杞憂などではない。マージョンはショーギと同様、ニューロンを酷使する危険な頭脳スポーツである。プロ同士の対局時にはたびたび死者が出る。レート無制限の違法地下マージョンともなれば、そのニューロン崩壊による死傷率は劇的に跳ね上がるのだ。たとえ、ニンジャといえども。 22

2021-05-06 22:54:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

加えて、イチロー・モリタの点棒は残り100点。ナンシーによるハッキング支援も失敗した今となっては、絶体絶命に等しい状況である。だが……イチロー・モリタは未だ諦めていない。彼は店の奥に設置された監視カメラを一瞥した。その先にナンシー・リーがいるはずだ。 23

2021-05-06 22:57:00
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(まだやれる。いや、やらねばならぬのだ)の意味を込め、イチロー・モリタは小さく首を横に振った。ここで勝負を降りるわけにはゆかない。現在の彼は、精神戦でクレアボヤンスに圧倒されている。仮に、ここでこのまま卓を砕き、クレアボヤンスにカラテ勝負を挑んだとしても……敗北するであろう。 24

2021-05-06 23:00:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ダッ、ダッ、ダッ、ダッ。再び、無言の打牌時間が訪れた。ダッ、ダッ、ダッ、ダッ。不可避のクライマックスに向け、四人の雀士は黙々と牌を引き、捨てる。ダッ、ダッ、ダッ、ダッ。 25

2021-05-06 23:03:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「先程の直結サラリマンだが」不意に、クレアボヤンスが口を開いた。その意図は明らか。さらなる精神的揺さぶりに掛かっているのだ。「あの様子を見るに、家まで抵当に入れてマージョンに臨んだのだろう。家族もいるというのに、愚かなこと。だがその捨て鉢さもまた好ましいとは思わないかね……?」26

2021-05-06 23:06:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ダッ、ダッ、ダッ、ダッ。イチロー・モリタはこれを無視し打牌を続けた。「私にはわかるよ。イチロー・モリタ=サンとやら。君もその類いだろう?」ダッダッ、ダッ、ダッ。「可愛い子供の学資ローンすら種銭に変えてきたと言わんばかりの、鬼気迫る目をしている。奥さんにも話していないんだろう?」27

2021-05-06 23:09:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ダッ、ダッ、ダッ、ダッ。「いやいや、私はそういう怖い目をした男が大好きなんだよ。より正確に言うならば……」ダッ、ダッ、ダッ、ダッ。「そのような雀士が、致命的な破滅の、最後の一歩を踏み出す瞬間がね……!」クレアボヤンスは、残忍極まる目でイチロー・モリタを見た。 28

2021-05-06 23:12:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「……」イチロー・モリタはツモ牌を見て怒りに手を震わせ、ハンチング帽をさらに目深に被った。ダッ、ダッ、ダッ、ダッ。 29

2021-05-06 23:15:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(((ククク……!)))その様を見て、クレアボヤンスは胸の内でほくそ笑んだ。この精神的揺さぶりは確実に効いている。(((私はどんな対局でも決して手を抜かない。勝負を挑んできた雀士は、廃人となるまで徹底的にもてなす。それがこのクレアボヤンスの矜恃であり、無上の喜びなのだ……!))) 30

2021-05-06 23:18:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ダッダッダッダッ。打牌速度が加速する。ダッダッダッダッ。場の残り牌が少ない。オムラマンとヨロシマンは既に聴牌(テン・パイ)し、餓えたサメのような目つきで各人の捨牌に目を光らせている。「ムウーッ……」イチロー・モリタは懸命に手牌を入れ替え、アガリを目指そうと足掻いているようだ。 31

2021-05-06 23:21:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

だが、その全ての努力は無駄である。何故ならこの先に、彼らのアガリ牌は残っていないのだから。四人の中で唯一人、クレアボヤンスにはそれが解っていた。(((どれほど足掻こうと、無駄なこと……!何故ならば……!)))クレアボヤンスは、裏返された牌の山に手を伸ばす。キュンキュンキュンキュン! 32

2021-05-06 23:24:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

おお……見よ!裏返された牌山に触れるクレアボヤンスの人差指と中指からは、イルカめいたソナー音波が密かに発せられているではないか!ソナー音波は牌を貫通し、雀卓面と接する表面を正確無比に透視スキャンして、彼の脳裏へと投影するのだ!ナムアミダブツ!これは極悪非道のモパイ行為である! 33

2021-05-06 23:27:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(((ククククク!我がソナー・モパイ・ジツにかかれば、全ての雀卓はヌーディスト・ビーチにも等しい!)))ナムサン!盤面は最初から完全にクレアボヤンスによって支配されていたのだ!果たして、イチロー・モリタの運命や如何に!? 34

2021-05-06 23:30:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

【モパイ・マスト・ダイ】(前編終わり、明日の後編に続く)

2021-05-06 23:33:00