10周年のSPコンテンツ!
28
Opi @Opi
4月ということもあって、ちょっと新人教育のことについて書いてみる。というか、コーチングのことについて書いてみる。まあ、25のときに会社を立ち上げたときには、まさか上司になることであったり、マネージメントなんていうものに縁があるとは思ってもみなかった。
Opi @Opi
もともとうちはディレクションの会社で、若いうちなんてのは俺が俺がっていう人間ばかりが集まっているので、会社運営とか組織運営なんて考えたこともなかった。まあ、若気の至りというか、「自分たちが活動できればいい」なんて考えていたんだよね。
Opi @Opi
立ち上げメンバーは5人だったけれど、絶妙なバランスだったので、無意識に役割分担ができていて、特に組織のルールだとかを考えずに済んだ。職域があきらかに違う人間が集まっていたので、相互の調整だけしてればよかった。あとは個人個人のスキルがそれなりにあったのも大きい。
Opi @Opi
ポイントはやはり、同じ職域の人間が後発で入ってきて、いわゆる「新人」が入ってきたときに、初めて組織というものを意識するようになる。今まではあうんの呼吸でやっていたのが、その呼吸が通用しなくなってくるときがその瞬間だったように思う。
Opi @Opi
最初はみようみまねでやっていたわけだけれど、正直言って、マンツーマンだと、いろいろなんとかなってしまう部分がある。これに気づいたのはずいぶん経ってから。ちなみに今もこの「ニコイチ」という考え方は組織運営上のキモにもなっている。
Opi @Opi
ただ、最初のうちは、そのニコイチというところがいろいろが教育の不手際をカバーしちゃっているということに気づいていなかったので、部下が2人、3人と増えていくにしたがって、創業メンバーのストレスが目に見えて増えていった。まあ、他人に勝つことばかり考えている人間なわけで。
Opi @Opi
そういう流れで、5年くらい経ってみると、気がついたら人数は20人以上になっているのに、戦闘力は創業メンバー5人のときとそんなに代わり映えしていないことにに気がついて、ちょっとびっくりしたんだよね。売り上げ的にも踊り場でなった時期。
Opi @Opi
もちろん、会社が成長していくなかでの踊り場ってのは絶対にあると思うのだけれど、今となっては結局、教育という部分がおろそかだったから、に尽きると思う。教育に不慣れなスタッフが管理職になり、現場戦闘力が落ち、そして新世代が低い戦闘力で戦うの構図。
Opi @Opi
この時期というのは、すこぶる取引先の評判が悪くなる。取引先に取ってみれば、できていたことが、端的にできなくなっているわけで。取引先の要求というのは、ゆるやかに高くなっていく(=それに合わせて担当者も成長していく)のだけれど、新世代はいきなり高いレベルの結果を出す必要がある。
Opi @Opi
ここに不幸があるのだけれど、先行世代は仕事の中で育っていった部分もあるので、自分のスキルが知らず知らずのうちに上がっているのに気付かずに、新人が先輩と同じクオリティの仕事をしていても、取引先も先輩もクオリティが低いと感じてしまうのが悲劇。
Opi @Opi
ま、そんなこともあって、30過ぎてから、本格的に教育に関心がいくようになる。つまり、下を育てないといつまで経っても自分がラクにならないことに気づくからなんだけど(笑)。
Opi @Opi
ちょうど自分がそういう興味を持ち始めたときにコーチングが流行っていて、けっこう突っ込んで本で勉強したり、実践してみたりした。関心が強い時期だったので、僕のなかでもずいぶん強い印象があるトピックでもある。
Opi @Opi
やってみて、最初に思ったことは、ものすごい権力を手にした感だった。いや、これは正確な言い方ではなくて、後から「あれは権力的な感覚だな」と再認識したという方が正しい。
Opi @Opi
ある程度、きちんとやると、面白いように他人が動くようになる。正直、これで教育を極めたんじゃないか(これは後になって大きな間違いとわかる)と感じた。
Opi @Opi
コーチングの怖いところは、コーチ側も、受けている側も、それが権力関係だということに気づいていないところ。いわば、見せかけの多幸感みたいなものが、双方に生まれてしまうことに無自覚に浸ってしまう。これは正直自分もそうだったと白状せざるを得ない。
Opi @Opi
ちょっと前のTWは日本語がヘンだったな。まあ、いいか。コーチングの問題点はふたつあって、ひとつは、本来、その人間にないスペックを、強制的に出させてしまうこと。もうひとつは、本来的な意味での自由を奪ってしまうことにある。
Opi @Opi
ひとつめの問題点。火事場のバカ力という言葉がある通り、人間は精神状態が高ぶると、けっこういろいろできる。クリエイティブの仕事だと、そういう力をどうだすかというのもけっこう大事。ただ、その力だけに頼ると、「本来身につきべき体力、仕事力」が身につかないまま、仕事を続けるようになる。
Opi @Opi
もちろん、コーチングにもさまざまなレイヤーがあるので一概には言えないのだけれど、ただひとつあるのは、コーチングに頼ると、コミュニケーションの自家中毒に陥るということ。
Opi @Opi
これは逆の観点から見ると、本来悩んでしかるべき局面、あるいは凹んでしかるべき局面のときに、仕事の進行に押されて、コーチング的な解決に指導者側も受け手側も流されがちという問題がある。
Opi @Opi
本来のコーチングは、社外コーチの方が健康的に機能するのだけれど、今度は、社外によるマネージメントという別の問題が発生してくる。ちなみにちょっとこれは別の問題になるので割愛。
Opi @Opi
そうすると、長い目で見たときに、本来ティーチングや試行錯誤で獲得すべき能力が獲得されず、気がつくと「スーパーサブ」の人材が出来上がってしまうことが多い。もちろん、上下関係は様々だけど、おおよそそういう流れになることが多い。
Opi @Opi
今、スーパーサブという言葉を使ったけれど、これが二つ目の大きな問題。コーチングは基本的に同意ベースでモノゴトが進んでいくので、部下側も「自分の主体的な行動」によってアクションをしていると思い込んでいる。
Opi @Opi
しかしながら、上司側が本当にフラットな立場でコーチできるかというと、そういうことは不可能で、結局は今ある仕事にとって望ましい行為に「誘導」してしまう。コーチングの怖いところはこの誘導に、上司部下とも無自覚なところ。
Opi @Opi
実は、しばらくのうちは、主体的な自由として「上司と意見が違う」ということを担保しておいた方がよい。本来、立っているステージが違うのだから、見えている景色は異なっていないとならない。そういう意味で、上司部下の関係は一定の抑圧関係があった方がいい。
Opi @Opi
この抑圧関係は、別に暴力やハラスメントを許容するという意味ではなく、「意見の違い」を担保しつつ、上司の命令に従う経験が必要だということ、コーチングはこの摩擦をさけるのが、実は一番の問題点。
残りを読む(43)

コメント

Opi @Opi 2010年4月28日
@kenokabeさんのコメントを追加しました。
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする