異様な静けさが消え失せ、〈霞〉は頭のすぐ後ろで物音がするのに気が付いた。普段は感じない熱気も。振り返ると、艤装が赤々と燃えているのが見えた。その炎の向こうに、鳥の巣のようにねじくれた鉄塊も。
2021-06-18 18:03:40〈霞〉は自分が何を見ているのか、すぐにはわからなかった。妖精達が操っていた機銃座のうち、左舷のひとつが台座ごともぎ取られているのだ。それがあった艤装構造物の外板は裂け、煙が漏れだしている。炎はそこから垂れるように下に伸びて、足元まで続いていた。途中にあった魚雷発射管も包みながら。
2021-06-18 18:04:11〈吹雪〉の沈没報告書が〈霞〉の脳裏によぎった。その内容は、戦闘の経緯を除いては異論が挟まれたことはない。それが示すのは、艦娘用の魚雷もやはり、加熱すれば爆発すると言うことだ。
2021-06-18 18:04:40妖精達が消火海水のホースを引っ張っているのが目に映った。彼女達が筒先を向けている先に何が格納されているのか、〈霞〉は雷に打たれたように思い出した。
2021-06-18 18:05:15「水は使うな!」 無補給での護衛行動を行うための追加の燃料タンク。それだけで全力戦闘を一回は行えるだけの量が入っていたものだ。優先して消費していた筈だが、どうやらまだ残っていたらしい。
2021-06-18 18:06:22〈霞〉の叫びを聞いて、妖精達はおたおたとし始めた。正規の搭載物品でないから、どうすれば良いかわからないのだ。〈霞〉もこの状況に合わせた対処要領を組んでいなかった。
2021-06-18 18:06:32「油火災だ、消火剤を使え!」 妖精達は理解した。彼女達は自分で考えられなくても、誰かが代わりに考えてやればよく動く。
2021-06-18 18:06:59「魚雷も……」 捨てろと言いかけて、やめた。その為の装置は全て自分の手元にもあるし、妖精の手も有限だからだ。それにこれは、駆逐艦娘である自分の手でやるべきことだった。
2021-06-18 18:07:27〈霞〉は駆逐艦娘だった。連合艦隊で戦った駆逐艦娘だった。ありとあらゆる状況で、魚雷と共に過ごしてきた。その扱いは一から十まで知っている。ずらりと並んだ戦艦級の深海棲艦の戦列に切り込んで、雷撃したこともあった。
2021-06-18 18:08:16栄光の日々を思い出しかけ、止めて、しかし手は止まらずに動いた。全ての酸素魚雷の信管を無効化し、機関を無効化し、発射管が旋回し発射位置につく。そして発砲電鍵を引き、発射。
2021-06-18 18:09:19もはや動くことの無い魚雷が、圧縮空気で射出されていく。どぽん!一本目の魚雷が海に飛び込み、沈んでいった。どぽん!二本目、水泳の飛び込み選手のように。だが浮いてくることはない。三本目、四本目。これで全部。
2021-06-18 18:09:42