kawaitoshio archive 2017

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川井俊夫 @toshiokawai1122

今度こそ今年の仕事は最後だと思いたい。鉄筋のハイツから階段で箪笥を一人で降ろして車に積む。巾は四尺、高さは六尺、三段に分かれるのだけが救いだが、実際車に載せてみるとギリギリ入らない。運転席を目一杯前まで出す必要があった。おかげで間抜けな格好で運転しなきゃならない。背中も痛い。

2017-12-25 21:28:05
川井俊夫 @toshiokawai1122

こんなもん売らんでいいだろう。サンダーを使ったとしても洗って化粧し直すのは面倒だし、天板に毛氈でも敷いて娘の雛人形でも飾ろう。抽斗にはそのまま人形を仕舞えばいい。ゴミのような子供のおもちゃの山も全部放り込める。我が家のリビングはボロい高級家具がズラリと並んでもうメチャクチャだ。

2017-12-25 21:34:51
川井俊夫 @toshiokawai1122

珍しい客だ。占い師か。新興宗教の信者と同じだ。見るからにお人好しで、純粋に自分の世界を信じている。俺の知っている創価学会員や共産党員と似たような感じだ。彼ら、彼女らは無垢でありたいのだ。真実がそこにあると信じたい。その想いが本物だからこそ騙される。

2017-12-26 13:22:36
川井俊夫 @toshiokawai1122

世界は誰かに用意されたりなんかしない。居場所と言ってもいい。その当たり前の事実が俺を疑り深い偏屈で陰気な男にした。世界は自分の五感が知覚する。理解する必要すらない。誰かの用意した真実や見せようとする景色は、幻想を共有しようという邪な思惑に過ぎない。

2017-12-26 13:29:32
川井俊夫 @toshiokawai1122

占い師は占い師の世界を生き、俺は俺の世界を生きる。彼女には俺がどう見えているのだろうか? 考える必要はない。俺には彼女が老いて自我の濁り始めた精神異常者に見える。それで充分だ。俺の相変わらずその世界、暗く不潔な肥溜めの中を泳ぐかのようで、愛憎の反吐が上着を汚しても気付かない。

2017-12-26 13:38:08
川井俊夫 @toshiokawai1122

だからなんで仕事が入るんだよ。もう今年は終わりだって言ってんだろ! オッサンが一人でやってる町のちっぽけな古道具屋を何だと思ってんだ? 俺はその商いだけじゃなく、存在自体が個人的なんだ。当たり前だろう? 俺が公の要素を一切持たない究極の私人であることに何か問題でもあるのか?

2017-12-26 17:10:24
川井俊夫 @toshiokawai1122

寒く、妙に湿った夜だな。水源が近いせいかも知れない。店は閉める。電話にも出ない。だが仕事がないってわけじゃないんだ。ネットのオークションで1月4日に初売りをするなら、今月末にはデータを作って出品しておく必要がある。国民全体が休んでいる一週間、出品物を衆目に晒すわけだ。

2017-12-27 00:01:19
川井俊夫 @toshiokawai1122

ようは夜の仕事が増えるのさ。道具に苦手も得意もない。徹底的に調べ、必要なら手入れをし、写真を撮り、確信を得て、たった数枚の写真と僅かな説明文だけで、市場の何倍もの値で品を売る。集中力が必要だし、時間もかかる。俺はカテゴリに跋扈する今どきのネット業者じゃない。ただのオッサンだ。

2017-12-27 00:05:59
川井俊夫 @toshiokawai1122

俺みたいなただのオッサンが、毎月100も200も出品し、各カテゴリで注目される高値を記録するのは容易じゃない。専門業者のような機材や人材、ケレンや謳い文句もない。ただ鮮明で正直な画像、そして俺自身がこの手で持ち主から直接譲り受けたという事実とそれ故の確信。それだけで値を吊り上げる。

2017-12-27 00:12:39
川井俊夫 @toshiokawai1122

だが夜の仕事は大歓迎だ。俺は夜が好きだ。夜だから見えるし聴こえるし感じるのだ。たった一冊の図録が、汚れた人形の輝く瞳が、錆びたカメラやミシンの部品が、何か特別なものだと気付かせてくれるのはいつも夜だ。絵画も同じ。俺は画商じゃない。有名どころ以外の絵を見るのは難しい。

2017-12-27 00:19:09
川井俊夫 @toshiokawai1122

だがそれも夜が気づかせてくれる。年鑑で1号5万以下の画家の絵など、素人の俺が知るわけがない。だがその名と画題と年鑑の評価とは全然べつの意味と価値を見つけるのだ。俺は無能だ。夜だけが、少しだけ俺に力を与えてくれる。

2017-12-27 00:22:04
川井俊夫 @toshiokawai1122

Alfred Otto Wolfgang Schulze、ペンネームはヴォルス。短命で日本ではあまり人気の出なかった正真正銘の天才画家だ。その図録と銅版画が一枚入った封筒。持ち主は既に死んでおり、遺族は歌劇のパンフレットや映画のチラシと一緒に段ボールに詰めて捨てるところだった。夜が俺にそれを見つけさせる。

2017-12-27 00:39:53
川井俊夫 @toshiokawai1122

嗚呼、雪だ。僅かだが確かに雨ではなく、雪。阪神の平地では初めてか。昼間の仕事はしばし休憩だ。夜に道具を見立てて年明けの準備を進めよう。俺は店に客が来れば適当な値を付けて道具を売ることもあるが、値付けは相場や希少性とは無関係で単に俺の好みによる。売り建ての九割は競りだ。

2017-12-27 21:22:59
川井俊夫 @toshiokawai1122

競り以外の売り方はあまり好きじゃない。と言って市場も嫌いだからネットが多い。市場の場合は誰もいない朝一番に道具を置いて帰り、競りの翌日に金だけ取りに行く。競りというのはシンプルで個人的な売買だが、大抵の場合、不正を無くすことはできない。官製談合のニュース然りだ。

2017-12-27 21:26:23
川井俊夫 @toshiokawai1122

もちろん大手の国際オークションや東京の一番上等な上市、古手の古書専門なんかは、市主のパワーで不正はある程度抑制され、秩序もある。だが俺が出入りするようなクソ市は無茶苦茶だ。出したものが伝票に付いていない、出してないものが付いている、着物なんかは下見の時に山から盗まれるのもザラだ。

2017-12-27 21:30:09
川井俊夫 @toshiokawai1122

不正は数え上げたらきりがない。荷主側のテコ入れ。入札側で事前に密談してクソ値で落とし、後で山分け。中国人なんかも最近は競らずに落札したやつに後で声をかけて直接買うことが多い。そして下見での単純な盗み、わざと一部を汚したり壊したりして値上がりを防ぐ等々。なんでもアリだ。

2017-12-27 21:34:57
川井俊夫 @toshiokawai1122

昔は全部ご法度だった。市場は出入り禁止で、街では二度と商売ができなくなる。それが中国ブームで一攫千金が当たり前になり、ハイエナ以下のハタ師の溜まり場になった。俺は新参者だが、何となくその犯人を知っている。関西だけでなく、東京の市場も全部ぶっ壊した。

2017-12-27 21:40:13
川井俊夫 @toshiokawai1122

実はネットも同じでね。骨董屋の市場とほとんど同じシステムだ。最初から親和性が高い。市場の出入りには公安委員会の鑑札が必要だが、ネットは誰でもアクセスできる。一般人が参加する競りは、普通国際オークションや一般オークションだ。主催者は皆上場企業で不正には厳しい。一応は安心だ。

2017-12-27 21:45:44
川井俊夫 @toshiokawai1122

だがネットは違う。市場以上にクソで、秩序の欠片もない。そして俺はそれは正しいと思っている。競りとは本来そういうものなのだ。限られた情報と時間の中で、全員に値付けする権利がある。気遣いやルールなど無用だ。勝手に好きな値で買えばいい。

2017-12-27 21:50:54
川井俊夫 @toshiokawai1122

これは商売や骨董屋についての話じゃない。「正価」という幻想を介して人々の精神の奥深くに刻み込まれた経済とやらの重要性や社会性、集団をできる限り小さな力でコントロールする為の魔法についての話だ。俺はその全てを否定する。そのための生き方だ。

2017-12-27 21:55:35
川井俊夫 @toshiokawai1122

今年最後の客は、昨日の占い師ではなく白杖の盲目者だった。老人だ。一目で悪党だとわかった。何も売る必要はない。無言で作業机に向かって座っていればいい。そのうち勝手に出ていった。誰が悪党かなんて簡単にわかる。俺自身が悪党なんだからな。だがやつは俺より酷い臭いだった。本物のクソだ。

2017-12-27 22:01:44
川井俊夫 @toshiokawai1122

俺は真実の探求者じゃない。単にあらゆる幻想を排除しなければならないという呪いに取り憑かれた偏執狂だ。狭い天地の狭間で同族や同類を引き裂き喰い殺す。もちろん、できる限り無視してやり過ごすけどな。それでも悪党が、邪悪が、強欲が、可憐な人間の皮を被って喉元まで迫ってくれば殺すしかない。

2017-12-27 22:08:52
川井俊夫 @toshiokawai1122

なぜ排除し、時に殺すのかは散々説明してきた。べつに理由なんてない。お前らだって草を食ったり肉や魚を食うだろう。生きる為に、獰猛で残酷な本性を隠したまま。俺も同じさ。幻想を共有し、何かに共感することを誘導、強要されることは、魂に対する殺人だ。自我を保つためには戦うしかない。

2017-12-27 22:15:48
川井俊夫 @toshiokawai1122

いい夜だ。温度、大気の密度、風の匂い、微かに降る雪。申し分ない。公営団地の屋上に頭からすっぽり黒いポンチョを被った人影が見える。幻視か。変質者か。それとも死人か。祈りとは神の喉笛を喰い千切る鋭い歯と顎の力だ。森の木々は生きている。服を着た人間の群れもまた、生きている。

2017-12-27 22:27:18
川井俊夫 @toshiokawai1122

だが死人が必ず土の中にいるとは限らない。用心することだ。山を見ろ。木々を生かしているものはなんだ? 病んで枯れた木は? その根は? 最後の種子は? 人の群れも同じだ。それはただ土に還るだけじゃない。様々な可能性を残す。幻想は危険だ。呪いで腐った四肢を引きずっていることに気付かない。

2017-12-27 22:35:24