夏休みとくべつ放送 異世界寿司、龍太!
ダンジョン特設会場の松明の光に映るのは、2人の姿とまな板。すなわち、異世界寿司職人龍太と『死の寿司聖、リッチ』。観覧席からは、勝負の緊張感に耐えきれず漏れ出る、呻きのような人々のざわめきが聞こえる...
2021-08-01 17:34:00先にリッチが提示したのは、死と生の寿司。すなわちマグロをアンデットとして使役し、死してなお冷たい海流の中で泳がせ、熟成させた究極と冒涜のトロマグロであった。
2021-08-01 17:34:27これには審査員の一人である、大魔術師マーリンも大満足。マーリンが真の寿司、すなわち寿司のイデアを垣間見た時に鳴らすと言われる手拍子が出かかり、会場は大興奮に包まれた。
2021-08-01 17:34:38「死と生の狭間を渡る存在であるからそこ示せた、究極(イデア)に極めて近い寿司。果たして龍太クンは、どんな寿司でこれに対抗するのか...」
2021-08-01 17:35:57会場がざわめく中、龍太の寿司が提示される。寿司開示!! (レッツ、プレゼンテーション!! ) 「僕の寿司は...これです!!」
2021-08-01 17:36:10「こ、これは! なんの変哲も無いイカの寿司と...、まさか...!!」 「そう、僕の寿司は、イカの寿司と、生鶏レバーの寿司です!」
2021-08-01 17:36:44生鶏レバー! あまりに意外な食材に、会場はおろか、リッチやマーリンすら絶句する。それもそのはず。読者の皆さまもご存知の通り、寿司に生鶏レバーは禁忌! たとえ異世界でも、鳥の消化器官に存在する魔の細菌、カンピロバクターはいかんともし難い...そのはずだが...!?
2021-08-01 17:37:49「り、龍太くん。君も知っていると思うが、生鶏レバーはカンピロバクターが...」「はい! 知っています。しかし、僕の寿司にはカンピロバクターはついていません。安心して食べてください。」
2021-08-01 17:38:29ざわめく審査員たち。安全を確認するため、生物魔道士の長老による《生物検知》が実施された。そして、確かに龍太の生鶏レバー寿司には、カンピロバクターがいないことが確認された。
2021-08-01 17:38:48「こうして安心して食べれると、生鶏レバーの美味しさがまた際立つのう...。」「こっちのイカの寿司もすごいぞ! まったく味が落ちていない! 究極とも言える鮮度だ!」「真のイカの味だ!」それぞれの味の対比に興奮する審査員達!
2021-08-01 17:40:33「龍太くん、そろそろ種明かしをしてくれるかい。一体どうやってこの寿司を作ったんだい?」 「はい、それは...」「それは我から説明しよう...」
2021-08-01 17:40:55『死の寿司聖、リッチ』は、空間をひとにらみすると、「おるのだろう! 『デス』!!」と叫んだ。すると次元が断裂し、死の不安を具体化したかのような黒い靄が現れる。彼こそは先代死の寿司聖、空間と死の魔道士、デス!
2021-08-01 17:41:56「ひさしぶりだな...。デスよ...。まさかこんな小僧を傀儡にするとはな...。」 「それは違うぞ、リッチよ。儂は力を貸しただけ...。全てはこの小僧の企て...。」
2021-08-01 17:42:46「鶏レバー寿司は《死の言葉》だな...」 「はい。そうです。《死の言葉》は対象を殺すだけでなく、中にいる細菌や微生物も死滅させます。なので、デスさんに鶏を《死の言葉》で殺してもらい、そこからレバーを取り出しました。」
2021-08-01 17:43:35「そしてイカの寿司は《次元断裂》か...」 「はい。イカはまだ生きています。デスさんの《次元断裂》で、海を泳ぐイカの身の部分の空間をシャリの上に出しました。イカは鮮度が命のネタです。空気にも、職人にも一瞬たりとも触れないことで、一番新鮮なイカを食べてもらえると考えて作りました。」
2021-08-01 17:44:57「しかし、なぜ、我との試合にデスの力を借りた...。我とデスが仲違いしたことを知ってのことか!!!」死そのものが咆哮を上げたかのようなリッチの怒り! 観客席の数名の命が即座に奪われる! しかし、数多の魚介類の死を乗り越えた龍太には無効! そして、凛とした目で、彼は返す! 「それは違います!」
2021-08-01 17:46:30「リッチさんの死と生を混ぜたアンデッド寿司は、素晴らしいものだと思います。あんな形でマグロを熟成させるなんて、僕の世界では考えもしませんでした。そして、リッチさんを超える寿司を三日三晩飲まず食わずで考え続け、死にかけて、そこでデスさんに会いました。」
2021-08-01 17:47:40「あの時はそのまま連れ去ろうと思ったぞ...」 「彼岸でデスさんとお話して、僕も数多の生と死を見てきたことに気がついたんです。」
2021-08-01 17:48:17「すなわち、魚介類の生と死か...。貴様の周りに今も漂っておるわい...。」 「僕ら寿司職人は、最初から生と死を背負っているんです。だとしたら、寿司職人ができることは、背負った生と死を混ぜるのではなく、それぞれを見つめて、明確に提示することだと考えたんです。」
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