怪談(Kwaidan)

坂とは、現(うつし)世と隠(かくり)世の境の事だとか。 紀伊国坂は、江戸で最も長い坂だったそうです。
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♍≠様♍ @XavierCohen

ぎりぎりと石臼で粉を挽き、お水でさっくりまとめたら、まるめてはこね、こねてはのばし、のばしてはまたまるめ、またこねて、またのばす。かまどではお出汁のなべが、ほわりと湯気を立てています。かつぶしとこんぶのいい匂い。ふうと息をつき、むじなはひたいの汗をぬぐいました。 #twnovel

2011-08-18 09:23:04
♍≠様♍ @XavierCohen

「それじゃ本末転倒だよ」と妖たちは言いました。「ぼくたちの役目はにんげんを嚇かすことで、美味いそばを食わしてやることじゃないんだよ」あざ笑う仲間たちに「そんな役目なんてあるものか」と文句を言いながら、「そばが美味くなきゃ」とむじなは思いました。「話にならんのさ」 #twnovel

2011-08-18 09:37:08
♍≠様♍ @XavierCohen

「そいつはこんな顔でしたかい」たまに気が向いた時にだけ、にんげんを嚇かしました。それよりも、そばを切る包丁が何かのはずみでカタリと大きな音をたてた時の奴らのあわてっぷりときたら。「あはは」とむじなは心の中で笑いました。「そうやって震えながら食うそばは格別だろう」 #twnovel

2011-08-18 12:51:49
♍≠様♍ @XavierCohen

ある日、赤毛の書生が屋台にやってきてたずねました。「ご亭主、この辺りに顔の無いそば屋が出るって話を聞いたんだが」むじなは書生のなれなれしい態度がカンにさわったので、ひとつこっぴどく懲らしめてやろうと決めました。「さあて」とゆっくりと振り向きながら「知りませんね」 #twnovel

2011-08-18 12:58:04
♍≠様♍ @XavierCohen

「そうかい、それは残念だな。わざわざこんな処まで出張ってきたのに」赤毛の書生はそう言うと、あとはもくもくとそばをすすり「ご亭主、美味かったぞ」と小銭を置いて立ち去りました。むじなはきりきりと歯ぎしりをして悔しがりました。「書生め、ひくりともしやがらなかったぞ」 #twnovel

2011-08-18 13:05:53
♍≠様♍ @XavierCohen

これでは正に本末転倒、妖たちのあざけりが苦々しく思い出されます。にんげん共が恐れなくなったら、俺はもうむじなでは無い。がっくりとひざをつき覗きこんだ洗い桶の中で、そば屋の亭主が人の良さそうな愛想笑いを浮かべながら、ぽろぽろと涙を流しているのでした。 #twnovel

2011-08-18 13:45:14
♍≠様♍ @XavierCohen

「ご亭主、いい面になったな」あわただしい昼餉時も過ぎた頃、赤毛の書生がふらりと入って来るなり言ったのです。「おめえ、何かしやがったな」かつてむじなであった何者かは一寸凄んで見せたのですが、書生は素知らぬ顔で答えました。「ご亭主は自ら望むものになったのでは」と。 #twnovel

2011-08-18 13:56:27
♍≠様♍ @XavierCohen

「これが」しかし「俺が望んだものか」赤毛の書生は答えません。ただあの時と同じように「ご亭主、美味かったぞ」と言って立ち去ろうとしたその時、「ああ、そうかも知れんな」とのつぺらぼうの口がぱっくりと耳までさけて、書生をばりばりと噛みくだいてしまいました。「お前もな」 #twnovel

2011-08-18 16:52:02
♍≠様♍ @XavierCohen

“そして私は真珠を奪い、我が父の家に還るべく向きを変えた。私は穢れた不浄の衣服を脱ぎ、それを彼等の国に残して、我が故郷の光、東方へと向かった。” 「真珠の歌」 『使徒トマスの行伝』

2011-08-18 16:56:13