芥川の『蜘蛛の糸』を今読むと「救われるに値する人だけ救う社会」を風刺したようにも読める?
- matorunrun1
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先日、某インタヴューで『蜘蛛の糸』の話になって、あれは、釈迦にしては「条件付き救済」の態度が慈悲からはほど遠く、寧ろ芥川が「救われるに値する人だけを救う」という社会(国家)を風刺したのではないか、と言われ、考えさせられた。芥川の意図はともかく、今なら確かにそう読めそう。
2021-09-11 15:05:41小説家。1975年生。小説『マチネの終わりに』、『ある男』、新書『私とは何か 「個人」から「分人」へ』など。小説『本心』(文藝春秋社)5/26刊行!メールレター k-hirano.com/mailmagazine/ インスタ instagram.com/hiranok/
そういう読み方もあるのか
こういう見方もあるんですね。面白いな。 私はとても好きな作品。最後の一文が美しくて。 twitter.com/hiranok/status…
2021-09-12 09:00:12そういう読みもあったか。 新鮮。 じゃが、腑に落ちる。 twitter.com/hiranok/status…
2021-09-12 10:10:51条件付き救済と慈悲か。人生ってそんなものとして受け入れていたな。でも、芥川龍之介の思惑を考えると思考に入ってしまうな。 twitter.com/hiranok/status…
2021-09-12 08:41:31@hiranok 「救われるに値する人」って、誰が決めて、誰を選ぶんでしょうね。 少なくとも私ではないなと感じる言葉ですね。 当てはまる人はこの世にいるのでしょうか。 誰もいないような…。
2021-09-11 20:42:16@hiranok 今の時代に読めば、例え お伽話でも、いろんな解釈が出来そうな話ありますね? 芥川龍之介に聞いてみたいです。
2021-09-11 15:31:22さまざまな角度からの解釈が集まる
釈迦の気まぐれな救済行為。失敗した後は少し悲しんでその後は何事もなく平穏に時が流れる極楽。私は皮肉だと読んでます。 twitter.com/hiranok/status…
2021-09-12 12:17:54@hiranok 「条件付き救済」、確かに。山下牧子さんと言う作曲家がソプラノとクラリネットでモノオペラ作品にしており、朗読で参加したことがありますが、読んでて「無」を感じるのは釈迦の「思い付き」だからだと思ってました。救済をしてもしなくても釈迦の日常は変わらない無情でした
2021-09-11 15:33:34@hiranok 小さい頃から疑問に思っているとこです。お釈迦様って気まぐれなんかな?なんで蜘蛛の糸なのか?善的な行為をしてきた人はもっといるのでは?なんでカンダタだけ?いまだに理不尽だと思っています。
2021-09-11 21:33:1930年程前、高校の国語教師がこの釈迦の態度はおかしい、蜘蛛の糸は浅い作品といっていたのを思い出した。 twitter.com/hiranok/status…
2021-09-12 07:03:14@hiranok その作品は色々あって、トラウマの一つになっています。確かにあのお釈迦様の行動には凄く疑問を感じて、その辺りの内容改変を小学生の時に発表会でやらかしてしまいました。そういう解釈には気付きませんでした。でも、あれが児童向けだったとは渋い。
2021-09-11 16:38:31😯あのお釈迦さんはどこか冷たい審判者のようで、仏教の仏の慈悲とは違う感触がある。 子ども向けの物語だが、いろんな読み方ができるんだなあ。 twitter.com/hiranok/status…
2021-09-11 20:24:24平野さんありがとう かつて中学の先生(実習生)が似たことを言ってたのを思い出しました 「条件付き救済って仏にしてはセコいよね(笑)」 あれから40年。。。 社会に対する風刺だったのか なるほど、確かに twitter.com/hiranok/status…
2021-09-12 08:18:53子どもの頃に読んだ時は「我欲が強い者は救われない」って程度にしか読んでなかったけど、今読み返すとそもそも何でお釈迦様はカンタダを選んだんだ…?道の上を這っていた蜘蛛を踏み殺そうとしたのを思い止まっただけよ? twitter.com/hiranok/status…
2021-09-11 17:40:22確かに子供の頃に蜘蛛の糸の話を聞いて、救済や愛よりも恐怖や支配を感じた記憶がある。 twitter.com/hiranok/status…
2021-09-11 22:50:39@hiranok 美大志望の高校生の娘は、「生きる希望の糸に必死にしがみつくのは、人間(生き物)としての当然の姿で、むしろ美しい。それを知りながら糸を垂らし“醜い”という釈迦こそ醜い」と言っておりました…
2021-09-11 16:31:46無条件の救済をいうのは、阿弥陀如来であり、また極楽浄土の教主は仏教では阿弥陀如来であることを考えると、『蜘蛛の糸』では芥川が極楽浄土から糸を垂らすのを、悪人こそ救うという阿弥陀如来ではなく、あえて釈迦にされていると考えるとおもしろいです。 twitter.com/hiranok/status…
2021-09-11 15:48:36あの時、カンダタが自分が落ちることは厭わず、出来るだけ多くの人を助けるような行動に出ていたら、お釈迦様はきっと糸を太くしてくれたのだと、ずっと思っていたが… twitter.com/hiranok/status…
2021-09-11 20:06:45@hiranok @mowlee 釈迦の立場か、カンタダの立場かに依って見方が違うでしょう。
2021-09-11 22:13:55『蜘蛛の糸』は釈迦が救うべき命を選別してるのでなく、カンダタ本人が選択・決定している。 ストーリー上は、過去に蜘蛛の命を助けたことを思い出し、釈迦は糸を垂れるが、本当は常に糸を垂れている。 常に救いの糸は目の前にあるが、それが目に入るかどうかは、私たちが決定している。 twitter.com/hiranok/status…
2021-09-12 02:39:20