茂木健一郎(@kenichiromogi)さんの「笑いの政治学」

脳科学者・茂木健一郎さんの8月22日の連続ツイート。 これまで何度か議論してきた「笑い」について、少し異なる角度から
コラム おやじギャグ 認識革命 至上の笑い わせ 政治力学 自虐 茂木健一郎
7
茂木健一郎 @kenichiromogi
「連続ツイート」をお届けします。文章は、その場で組み立てながら即興的に書いています! 今朝は、これまでも何度か議論してきたテーマについて、少し異なる角度から!
茂木健一郎 @kenichiromogi
わせ(1)「笑い」については、これまでも何度か議論してきたが、今朝は「笑いの政治学」について考えてみたいと思う。BBCで「リトル・ブリテン」をつくったルーカスとウォリアムズが日本に来た時のこと。彼らと話していて、面白いことがいくつかあった。
茂木健一郎 @kenichiromogi
わせ(2)ルーカスは巨体で、はげていて、ゲイだが、子どもの頃から、笑われるくらいならば、その前にこちらから先手をとって笑わせてしまおう、と思っていたのだという。いつ笑われるか、とびくびくしている状態から、積極的に笑わせる姿勢へ。オセロゲームのように人生が逆転する。
茂木健一郎 @kenichiromogi
わせ(3)さまざまな笑いのうち、至上のものは、自分の欠点や至らぬところを笑いにするものだが、そこには人間関係の政治力学が働いている。弱者や、虐げられているものが、逆に強者となり、支配者となる。笑いは、流血なき認識革命であり、社会変革なのだ。
茂木健一郎 @kenichiromogi
わせ(4)誰が誰を笑わせるか。そこには、笑いのポリティックスがある。子どもが純真にやる分にはもともと何の罪もない「おやじギャク」が白眼視されるに至った背景には、政治力学がある。そのことを、かつて『エチカの鏡』のスタジオでタモリさんたちと話した。
茂木健一郎 @kenichiromogi
わせ(5)なぜ、おやじギャグは白眼視されるのか。だじゃれをいうのは、大抵その場での年上、上役である。もともと権力を持っている人間が、その場の「笑い」を支配する。その生のエネルギー分配の偽善性に、人々が反応する。一方でお追従笑いの波も、日本中に広がる。
茂木健一郎 @kenichiromogi
わせ(6)ある調査によれば、男性が何かを言って、女性が笑っている時には好意を持っている確率が高いが、逆は必ずしも真ではない。ここに女性のお笑い芸人の苦しさの真因がある。そして、男女というジェンダーの間の政治力学がある。
茂木健一郎 @kenichiromogi
わせ(7)リトル・ブリテンのルーカスとウォリアムズの話に戻る。伝統的に王室をも笑いの対象にする英国だが、ダイアナ妃の事故死の後は、しばらく王室ネタがやりにくかったという。文化の辺境を探る笑いのアスリートは、社会の政治的状況の微妙な変化の上で波乗りしなければならない。
茂木健一郎 @kenichiromogi
わせ(8)「ぼくたちは笑いを目指しているのであって、社会批評をしているのではない。」『リトル・ブリテン』のルーカスとウォリアムズはそう言った。タブーに挑戦し、あぶないところに突っ込んでいくのは最上の笑いだが、それも、笑いという綱渡りの生産物があってこそである。
茂木健一郎 @kenichiromogi
わせ(9)世の中に政治闘争はつきものだが、笑いは、人を幸せにし、何よりも自らの欠点をメタ認知し、社会のタブーを解きほぐす点において良質のバトル・フィールド。ベルクソンが「笑い」を哲学し、ニーチェが「喜劇の時代」の到来を予言したのも、慧眼だったと言えるだろう。
茂木健一郎 @kenichiromogi
以上、「笑いの政治学」についての連続ツイートでした。

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする