2021.09.26 青天を衝け(28)「篤太夫と八百万の神」放送後の桐野作人先生による解説ツイート

3
桐野作人 @kirinosakujin

昨夜の大河ドラマ「青天を衝け」。明治2年(1869)、新政府への出仕を求められた渋沢栄一。当初は辞退したが、最終的に引き受けたのは、同年9月に旧主徳川慶喜が謹慎を解かれたことも大きいか。慶喜のことを大久保一翁や渋沢が「さきさま」と呼んでいたが、「前様」=前将軍という意味。#青天を衝け

2021-09-27 09:35:46
桐野作人 @kirinosakujin

今回は、渋沢と大隈重信のやりとりが一番面白かった。渋沢が大蔵省租税司正に任命され、改正掛長を兼務。もっとも正確には民部省租税司正でではないか。明治2年8月、民部省と大蔵省は合併し、大蔵省の七司のうち、租税司など四司が民部省に移管。渋沢が出仕したのは合併後の11月だった。#青天を衝け

2021-09-27 09:35:46
桐野作人 @kirinosakujin

この民部省と大蔵省の合併は国民と関わりの深い庶政や地方行政の統一性、実行性を高めようとする目的があった。ドラマでも1回だけだが「民蔵省」という言葉が出てきた。伊藤だったか。民蔵卿は松平春嶽だったが、事実上のトップは両省大輔を兼ねる大隈重信。だから渋沢との接点が生じた。#青天を衝け

2021-09-27 09:35:47
桐野作人 @kirinosakujin

渋沢の役職、租税司は民部・大蔵両省に属し、局・寮の次の役所。その正は長官。いわゆる実務官僚で寮や司クラスに優秀な旧幕臣が登用された。ドラマにも初登場した前島密も静岡藩士で、翌3年、政府に出仕し、駅逓寮頭に任命されている。なお、前島密は幕末期、薩摩藩洋学校開成所に勤務。#青天を衝け

2021-09-27 09:35:47
桐野作人 @kirinosakujin

「民蔵省」は新政府内でも行政の多くを所管する巨大官庁だった。大隈をトップに、伊藤博文、井上馨もいて、背後に木戸孝允が控えていた。長州閥の牙城。彼らは新政府内でも急進的な改革派で、西洋化事業推進の財源確保のため、府県からの税収を増やそうとしたので地方からの不満が高じた。#青天を衝け

2021-09-27 09:35:47
桐野作人 @kirinosakujin

それに危機感を感じたのが漸進派の大久保利通、広沢真臣、副島種臣、佐佐木高行などで民蔵分離を主張し、明治3年7月に分離に至る。造幣寮や渋沢の属する租税司など六司は大蔵省管轄となった。出仕した当時の渋沢は民蔵分離か否かの水面下の政争下にあった。#青天を衝け

2021-09-27 09:35:48
桐野作人 @kirinosakujin

昨夜の大河ドラマ「青天を衝け」。渋沢の政府出仕のいきさつ。前回、五代様が旧幕府に渋沢栄一という人物がいることを知り、民部公子徳川昭武の滞欧費用として1万5000両を工面したことに驚いた一件。渋沢自伝『雨夜譚』にも民部公子の旅館の貸料や家具、什器などの売却益などだったと。#青天を衝け

2021-09-27 10:34:47
桐野作人 @kirinosakujin

渋沢の新政府出仕を推挙したのは、意外だが、当時、民部卿と大蔵卿を兼ねていた伊達宗城(伊予宇和島藩前藩主)らしい。宗城に切り出したのは、美濃の豪農出身で幕臣(撒兵隊差図役頭取)となった郷純造だと、渋沢は自伝『雨夜譚』で語っている。しかし、郷とは面識はなかったという。#青天を衝け

2021-09-27 10:34:47
桐野作人 @kirinosakujin

大久保一翁(忠寛)はなかなかの人物だが、歴代大河ドラマでも無視されたり、さほど目立たないことが多いが、幕府倒壊後の静岡藩の指導者として登場するのは珍しく初めてではないだろうか。ドラマのなかで、政府出仕を拒絶する渋沢を大久保が説得する場面があったが、これも事実のようだ。#青天を衝け

2021-09-27 10:34:48
桐野作人 @kirinosakujin

「もし断ったならば、政府の人々が徳川は朝廷に帰伏しているように見せかけて、何事か陰謀を企てているのではあるまいかと疑念を抱かれないとも限らない。ここはたって太政官のお召し出しを受けてくれといわれた」という。藩の人に言われたとあるが、ドラマでは大久保の言葉とした。#青天を衝け

2021-09-27 10:34:48
桐野作人 @kirinosakujin

渋沢が大隈重信の築地邸に押しかけて出仕を辞退したいと申し入れたところ、大隈から渾身の説得を受けて、ついに受諾した顛末がなかなか面白かった。とくに大隈が政府に結集する有能な人物たちを「八百万の神」云々と喩えた一件、これも事実のようで、ドラマでほぼ忠実に再現されていた。#青天を衝け

2021-09-27 10:34:49
桐野作人 @kirinosakujin

出仕を辞退したいという渋沢に対して、大隈は突然「八百万の神達、神計りに計りたまへ、という文句を知っているかと尋ね、渋沢が祝詞なら知っていると答えた。大隈は「今の日本は幕府を倒して王政に復した。しかし、それだけでは我らの任務を全うしたとはいえない。(続く #青天を衝け

2021-09-27 10:34:49
桐野作人 @kirinosakujin

さらに進んで、新しい日本を建設するのが吾々の任務である。だから、今の新政府の計画に参与している者はすなわち八百万の神達である。(中略)君もその賢才の一人として採用されたのだ。すなわち八百万の神たちの一柱である」云々。わかったようなわからぬようは話だが、(続く #青天を衝け

2021-09-27 10:34:49
桐野作人 @kirinosakujin

大隈が続けて「君の仕事は静岡県の一部に限られている。そんな小さなものではない日本という一国を料理するため極めて大きな仕事のためにぜひ骨を折ってもらいたい」と諄々と説いたという。これが渋沢には殺し文句になったのだろう。事前に渋沢は大隈が一代の談論家で、(続く #青天を衝け

2021-09-27 10:34:50
桐野作人 @kirinosakujin

その舌端に巻き込まれてしまうと聞いていたが、まんまと巻き込まれたという次第。 大倉孝二演じる大隈重信は軽躁な感じがするが、コミカルに演じていて面白い。そもそも大隈が大河ドラマでこれほど正面から描かれたことはなかったのでないだろうか。都の西北の方々の感慨やいかん? #青天を衝け

2021-09-27 10:34:50
桐野作人 @kirinosakujin

そういえば、数年前の朝の連ドラ「あさが来た」では、大隈重信を高橋英樹が演じていたのを思い出した。こちらは重厚すぎたが。いずれにせよ、大隈は渋沢だけでなく、五代様ともつながる重要人物だから、今後の展開が楽しみです。#青天を衝け

2021-09-27 10:34:50
桐野作人 @kirinosakujin

昨夜の大河ドラマ「青天を衝け」渋沢篤大夫、改名の事。渋沢が慶喜に篤大夫から栄一に改名すると伝えていた。ただ、事情を少し端折ってあるようだ。実際は明治2年7月、渋沢は篤大夫から篤太郎と改名している。それは渋沢の意思もあっただろうが、背景には新政府からの通達があった模様。#青天を衝け

2021-09-27 10:59:08
桐野作人 @kirinosakujin

明治2年7月8日、行政官達に『今般官位御改正に付、従来の百官ならびに受領被廃候事』とある。旧来の官職や受領(〇〇守の国司名)などはすべて廃止となり、大夫、衛門、兵衛などの名乗りも禁止されたらしい。 #青天を衝け

2021-09-27 10:59:09
桐野作人 @kirinosakujin

そもそも論だが、渋沢の名乗りの変遷は、幼名が市三郎、12歳頃、諱を美雄、成人して通称栄一郎。諱が栄一だった。ややこしい。その後、一橋家に仕えて篤大夫。明治になってから篤太郎と改名。篤太郎も通称であり、諱は成人後、栄一だったか。だから、篤大夫→栄一はちょっと違うかも。#青天を衝け

2021-09-27 10:59:09
桐野作人 @kirinosakujin

おお、面白そうな展示だな。 #青天を衝け twitter.com/morokoshoten/s…

2021-09-27 13:10:01
mellow morrow @morokoshoten

#青天を衝け 「大隈重信と渋沢栄一展」。本庄早稲田の杜ミュージアム(早稲田大学本庄キャンパス)でぴったしの展覧会が開催中です。11/14まで。 蓮田市五郎の桜田門外の変の絵、慶喜・海舟・東湖・西郷の書、大隈宛の渋沢の書簡、大隈の義足やステッキ、任大蔵大輔の辞令など。10/12から展示替えあり。 pic.twitter.com/z2XXRlrH6S

2021-09-26 21:30:08