ライトノベル作家・扇智史のつぶやき小説『リンナチューン』

バーチャル後方見守り女／扇智史 @o_g_s_t_

　みんな、ぼくの顔は知らなくても鈴名の顔は知っている。そのログがいきなり現れれば、亡霊かと見まがうだろう。でも、こんなに顔色の良くて幸せそうな亡霊なんて、いるわけないじゃないか。 #rinna

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　ぼくは駆け出した。引きずられるように湯河も走り出す。 　そしてその後ろには、鈴名が、無数の鈴名が片っ端から再生される。 『風見～』『積理ちゃーん！』『風見～』『屋上？』『お絵かき？』『あんパン食べよ～』 #rinna

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「何だよこれ！」「何、幽霊？」「なわけないだろ、ログだよログ」「こんなめちゃくちゃいっぱいのログ！」 『置いてかないで～』「ひ、呪われる！」『風見～』『呪われる！』「誰よいじんないでよ！」『どこ遊びに行こっか～』「来ないで！」 #rinna

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　爆発するように『祟りだ！』廊下が混沌であふれかえる。 　悲鳴が上がる。誰かが転ぶ。スマートフォンが飛んでいく。ログと人とが混じり合い、制服のスカートは乱れ、弁当箱も飛んでいく。 #rinna

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『成仏してよ！』『あんパン食べよ～』鈴名のログと「誰だよこんなことしたの！」男子の叫びと『呪い！』その叫びを撮影したログと『風見～』 #rinna

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　そのすべての間を『おはよ～』混乱の隙間を縫って『これから移動教室～』ぼくと湯河は走り抜ける。足音に驚いた生徒が道を空ける。と、その向こうに背を向けてぼうっと突っ立つ女生徒、 「危な！」 #rinna

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　叫んで身を翻すと『髪伸びたね～』生徒の右腕がノイズを発して消える。ログだ。 『なーんだ、びっくりしちゃうな～』 「……あはは」 　息が切れそうなのに、のどの奥から笑いが迸る。 「あはははははは！」 #rinna

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「風見……？」 　気味悪そうにぼくを見る湯河をしり目に『そう、瓶が開かなくて！』疾走と笑い声は止まらない「あははは！」 　ぼくらが校舎を縦に駆け下りれば「あはははは！」三階から一階まで『昨日さ～』至る所に鈴名が満ちる『おはよ～』 #rinna

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『風見～』『いっしょに』「あははは！」『ペリエと』『エスプレッソと』『チューリップが咲くよ～』「あはははは！」 #rinna

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　彼女の歌が『りんごの花は』ぼくと彼女であわせて紡ぐ「あははははは！」鈴名の歌が『白くて』校舎中に満ちて『ふわふわ～』 #rinna

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「ね、ねえ風見」湯河の声が『ケーキ食べて』鈴名の声と重なって「大丈夫？」『お花がいっぱい～』ぼくはお腹の底から「すごい楽しい！」 #rinna

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『風見～』『積理ちゃ～ん』「あははは」『みんな～』「あははは」『おはよ～』『エスプレッソって～』『こないだ～』『風見～』『風見～』『たーまーごーやーきー』『風見～』『風見～』『かｚｚｚｚみ～』『かかｋｋｋｋｚｚｚｚｚｚ』『ｋｋｋｋｋｋｋｋｋ』「ら、ラグってるよ？」 #rinna

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「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは！」 『ｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋｋ』 #rinna

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「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは！」 　ぼくは高らかに笑いながら、裏口から飛び出す。 #rinna

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『ｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｓｋ』 　瞬間、爆発するような音が響いたかと思うと、 #rinna

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『　　　　』 　ふっ、と、消えた。 #rinna

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「はー……」 「……ネット、ちょっとだけ落ちたみたい。ログサービスは完全ダウン」 　ぐったりとするぼくの横で、湯河もぜえはあ言いながら携帯の画面を確かめる。ぼくの眼鏡の片隅にも、４０４の赤い文字。 「ったく、何したかったの？」 「はー、はあ……」 #rinna

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　無茶な全力疾走をしたせいで、しばらく息が整わない。初秋の草の匂いを感じながら、ぼくはどうにか呼吸を落ち着け、一言、 「……さあ」 「さあ、って」 「何となく、だよ」 　首を振り振り、ぼくはとつとつと、真っ赤になった頭の中から言葉を探り出す。 #rinna

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「頭痛くて、むしゃくしゃして、いらいらして、だから、つい」 「つい、じゃすまないよ、これ」 　眉を吊り上げた彼女の視線を、ぼくは軽くのけぞって避ける。湯河は唇を尖らせながら、ふっと、かすかに相好を崩した。 #rinna

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「でも、まあ、久しぶりに楽しそうな風見が見れたからいいか」 「そうだね、ぼくもこんなに笑ったの久しぶりだ」 　湯河もぼくも、何か救われたのだろう。だったら、それでいい。 #rinna

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「校舎の方、大騒ぎだね」 　真昼の太陽の陰、薄暗い校舎の壁を見上げる。ぼくらのいる裏庭からは、内部の喧噪はざわざわと聞こえるばかりで内情ははっきりしない。断片的に届く単語は「幽霊」とか「祟り」とか不穏なものばかり。 #rinna

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「これじゃ、鈴名、悪霊みたいにされちゃわない？」 「……逆だよ」 「何が？」 「今までが悪霊みたいなものだったじゃんか。ぼくや湯河に取り憑いてさ」 　ぼくがそう言うと、湯河はきょとんとした。それから力なく笑って、 「それじゃ、これで悪霊退散できたのかな？」 #rinna

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「……どうかな。何か、別のものになったのかも」 　霊は霊らしく、ずっとぼくに憑依していればいいと思っていた。でも、それじゃだめだ。祟って呪って、みんなが忘れないようになればいい。 #rinna

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　ぼくは、紅潮した自分の頬を押さえて、大きく息を吐く。うっすらと汗をかいた体が、じんわりと冷えていく。うなじに涼しい風を感じて、ぼくは肩をすくめた。 「……湯河、鏡貸して。髪、めちゃくちゃやばいことになってない？」 #rinna

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　ぼくの問いかけに、湯河は顔をしかめ、 「風見、鏡も持ってないの？　前々から思ってたけど、風見って女子力低いよね」 「だから鈴名に惚れられたんじゃないかな」 「……殴りたい」 　荒んだ目でぼくをにらみながらも、湯河は鏡を貸してくれた。 #rinna