ブレヒト『アンティゴネ』の邦訳について
- MasahiroKitano
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B926-7 "An keiner Stelle fand ich gutes Feuer an. Nur Rauch Wälzte sich tranig auf" T「その火のどこにもよい兆しは見えぬ。/ただ、脂くさい煙だけが輪を描いて…」Iもほぼ同じ。ソフォクレスでは火の中に良い兆しが見えないではなく「炎が上がらない」ことを問題にしているように見える。
2021-12-30 23:48:07ただし、ブレヒトはここはヘルダーリン訳を利用していない。多分、「幸先良き炎はどこからも上がらぬ。」かなあ。
2021-12-30 23:49:43B931 "Dies wär der zeichenlosen Orgien tödliche Erklärung" T「これこそは、ゆえなき乱痴気騒ぎへの死の宣告」I「これは神の前兆も産まない狂喜乱舞をやめよという戒めではないか」 ここはヘルダーリン訳に従っている(Dies wärなし)。 ここはとても面倒な箇所
2021-12-30 23:54:13S 1013 "φθίνοντ’ ἀσήμων ὀργίων μαντεύματα" 「徴なきオルギアの空しきお告げ」 このオルギアはギリシア語では生贄を用いた供儀のことで、テイレシアスのやった占い。それが何の兆しも示さず、それゆえお告げが「空しい」ことを示す。ただしヘルダーリンがOrgien, tödlicheと訳している。
2021-12-31 00:03:25ドイツ語ではOrgieは「(とりわけバッコスの)狂宴」的なニュアンスを持つので、直前の鳥たちの狂宴かしら。ソフォクレス通りの意味かもしれない。ブレヒトの文脈では国中でなされているバッコス舞踊と取るのが自然だけれど、芝居の文脈といまいち合わない。問題は狂喜乱舞なの?
2021-12-31 00:11:00直後にあるように、「死のお告げ」の原因は祭壇と炉が「非業の死を遂げし子で腹を満たせし犬と鳥とで穢されて」いるからで、ディオニュソス舞踊のせいではない。
2021-12-31 00:15:45私は属格を対格的とみなして「吉兆なき狂宴への死のお告げ」としたけれど、結局悩んだ末に谷川先生と同じになった。ソフォクレスとの大きな違いは、ここですでにテイレシアスが断定的に判断を下していることである。
2021-12-31 11:22:54B946-7 "So steck dir Elektrum ein von Sardes",T, Iともに「サルディスの琥珀」どちらも注がついていてT「サルディスはリュディアの首都で、古代には黄金や琥珀の産地」Iは「黄金の産地」とだけ。 あんなところで琥珀取れるの?
2021-12-31 11:32:52Elektrumは「琥珀金」で金と銀との自然合金。琥珀は植物樹脂の化石。ドイツ語だとBernstein。白金とか白銀とかの訳語だとまだ貴金属っぽいけれどなぜか「琥珀」。ブレヒトはヘルダーリンのKauft(買う)をsteckt...ein (入れる、くすねる)に変えている。
2021-12-31 11:55:45B1010テイレシアス "Mißwirtschaft schreit nach Großen, findet keine" T「政治の乱れは偉大な人物をよび求めるが/偉大な人物などおりゃあせん」I「失敗を償う偉大な人物が求められても偉人は見つからない」 Mißwirtschaftは「政治の乱れ」や失敗一般なのかしら。Großenは人なのかしら。
2021-12-31 12:31:27ここはCも"Misrule cries out for great men and finds none."と「失政」と「偉人」 Maの "mismanagement cries for greatness and finds: none."がいいように思う。「財政の失敗は巨大な儲けを求めて喚くが、見出されるものは「なし」だ」 アルゴス遠征が鉄鉱石資源を求めてだったことの当て擦り。
2021-12-31 12:35:08B1011 "Krieg geht aus sich heraus und bricht das Bein" T「戦さは自分で仕掛ければ、自分の足を折るばかり」I「戦争を勝手にしかければ自分の足を折る。」herausgehen aus sichは熟語で「陽気になる」とか「羽目を外す」ではないかしら。Ma "War escalates and breaks its leg.'
2021-12-31 13:01:47ブロックハウスのherausgehenの項目には”aus s i c h - (fig.) seine Schüchternheit überwinden, lebhaft, lustig werden”ってある。Maのescalatesがブレヒトの文脈にピッタリくる。
2021-12-31 13:04:27B1053-5 "hieltst uns vom Halse Unsere Feinde allhier, unterm thebanischen Dach Räuberisch Volk" コロスがクレオンを支持してきた理由を語る箇所。T「あなたが、私らの首ねっこを、しっかりおさえておられたからだ。国中の敵を…テバイの盗人のような民衆どもを」Iはuns vom Halse省略?
2021-12-31 13:48:38首根っこを押さえるはデジタル大辞泉だと「相手の弱点や急所をつかんで動きがとれないようにする。」ちょっと意味がとれない ここではクレオンが敵から私たちの首を護ってくれたと言ってるのではないかしら。 C "you kept off our throats Our enemies here" Ma "you kept the enemy from our throats"
2021-12-31 13:56:37B1069-70 "dir vertrauend Mit den Berichtern und stopften das Ohr zu Fürchtend die Furcht." T「恐れにふるえながらも耳に栓をしてきた」I「恐れをいだきながらも、耳に栓をしていました」 これは冗語法なの?文字通り通り「恐怖を恐れて」ではないのかしら。
2021-12-31 14:13:05嫌な話を聞くと怖くなるので、そのことを恐れて、そういう話をするやつから耳を閉ざしてきたのではないのかなぁ。C "stopped our ears Fearful of fear" Ma "we closed our ears, fearing fear" #ブレヒト #アンティゴネ
2021-12-31 14:15:37B1083-5"Freilich hatte die Schwester ein Recht, den Bruder zu bergen./ Freilich hatte der Feldherr ein Recht, den Verräter zu züchtigen./ Nackicht geltend gemacht, stürzt uns Recht und Recht in den Abgrund. T「妹には当然、兄を弔う権利はあったのです。」Iも「権利」 正義じゃない?
2021-12-31 14:25:39recht haben はそちらだと「正しい」 コロス「確かに妹が兄を埋葬するのは正しい。」クレオン「確かに、指揮官が裏切り者を罰するのは正しい。」コロス「そのままぶつかれば、二つの正義は我らを深淵に突き落とす」 ここでは「権利」の有無など問題になっていないのではないか。
2021-12-31 14:31:09次の二行 ク「戦争は新しい正義(neues Recht)を作り出す」 コ「だが古いので生きるのだlebt von dem alten」も「正義」としたら意味が通るけれど、「権利」だと通らない。
2021-12-31 14:34:10英語のrightも両方の意味があるので英訳には頼りにくいけれど、Ma "the sister was right to bury her brother" は「正しい」ってとってる。
2021-12-31 14:41:281085の"Nackicht geltend gemacht, stürzt uns Recht und Recht in den Abgrund." T「権利、権利と権利をむきだしで通用させれば、私らには、どちらの権利も地に堕ちてしまいます。」I「権利ばかりを振りまわせば我々は破滅し、権利も地に落ちてしまいます」 権利が地に落ちるかどうかがここで問題?
2021-12-31 14:43:56前半は「(二つの正義を)剥き出しのまま当てはめれば」だと思う。 後半は「正義と正義(=二つの正義)が我々を深淵に突き落とす」
2021-12-31 14:47:26B1190-1 "Geist der Freude, der du von den Wassern / Welche Kadmos liebte, aller Stolz bist" T「カドモスが愛した娘セメレの/自慢の息子であった喜びの霊バッカスよ」I「カドモスの愛した血族のうちで/最も誇り高きもの、歓喜の神バッカスよ」Iは血族に「原文は「水」の複数」との注記。
2021-12-31 19:46:41ソフォクレス(S1115-6)の Καδμείας νύμφας ἄγαλμαをヘルダーリンが "der du von den Wassern, welche Kadmos/ Geliebet/ der Stolz bist,"(H275)と訳したのをほぼそのまま用いた。ヘルダーリンはカドモスの娘セメレを指していたνύμφας(若妻)を「水」の意味で理解したのだろう。
2021-12-31 20:05:13