法解釈学について

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杉山博亮 @sugiyamahiroaki

1)法学部に入学して少ししたころ、法律学(法解釈学)がつまらなかった。自分が何をやっているのか、何をやろうとしているのか、が分からない。文理解釈、反対解釈、勿論解釈、縮小解釈、拡張解釈、類推解釈。どれを使えばよいのかと先生や先輩に質問しても、腑に落ちる答えが返ってこない。

2011-09-01 23:11:36
杉山博亮 @sugiyamahiroaki

2)質問しても、逆に「きみはどう考えるの?」と聞き返される。「……じゃないかと思います」と適当に答えると、「じゃ、それでいいんじゃない?」と言われる。え? そうなの? 何と無責任な。何といいかげんな。そのあげくに「法解釈学に答えはない」などと言われる始末。完全に幻滅した。

2011-09-01 23:12:01
杉山博亮 @sugiyamahiroaki

3)法解釈学が好きになったきっかけは、だれに教えられたということではなく、ふとこれは「政策学」なのではないか、と思ったこと。法律には、言葉のもつ幅がある。この幅の中で裁判所は解釈権をふるうことができる。同じ法律でも、解釈の仕方により、適用された結果はかなり違ったものになる。

2011-09-01 23:12:17
杉山博亮 @sugiyamahiroaki

4)同じ法律でも違った結果をもたらす「解釈」。ならば、そこに良し悪しはあるのか。あるだろう。いまの日本の世の中の状況に適合し、人々に幸福をもたらす「よい解釈」もあれば、そうでない解釈もあるはずだ。そして、そうした解釈の良し悪しは、個々の条文ごとに存在するはずだ。

2011-09-01 23:12:46
杉山博亮 @sugiyamahiroaki

5)法解釈学は、よい解釈を求めている。それは唯一絶対のものではないかもしれないが、そこに良し悪しは存在する。最高裁が採用している解釈が悪いと思えば批判し、良いと思えば支持し、もっと良い解釈を思いついたのならそれを論文で発表して「採用しろ」と迫る。それが法解釈学ではないか?

2011-09-01 23:13:01
杉山博亮 @sugiyamahiroaki

6)そんな風に感じるようになってから、私は法解釈学が楽しくなった。だから「法解釈学に答えはない」というのは、間違っていると私は思う。「きみがそう考えるなら、それでいいんじゃない?」というのも違うと思う。「答え」はある。ただ、それが明らかでないだけだ。だから議論している。

2011-09-01 23:13:24
杉山博亮 @sugiyamahiroaki

7)法解釈学は、音楽の演奏に似ている。同じ楽譜でも、演奏者によって違いが出る。そして、優れた演奏とそうでない演奏の違いもある。「答え」は明らかでないし、1つでないかもしれない。しかし、目指す「答え」はある。だから、みんな自由に元気にできたからよい、ということではない。

2011-09-01 23:14:00
杉山博亮 @sugiyamahiroaki

8)法解釈学が音楽と違うのは、法律には「最高裁」があり、音楽にはそれがないこと。嫌いな演奏は聴かなければよいが、嫌いな解釈でも最高裁が採れば有無を言わさず適用されてしまう。だから、演奏は「各人の好みの問題」でもよいが、法解釈はそうはいかない。だから、法解釈学はコワイ。了

2011-09-01 23:15:02