岩手医大教授でヒトゲノム計画の生き字引の清水厚志先生のヒトゲノム計画についての振り返りコメント

T2T(ヒトゲノムの、染色体の末端から末端まで完全に解読する)計画の完成によせて、ゼロから始まったヒトゲノム国際コンソーシアムの苦闘について、実際にかかわっていた清水先生による振り返り。ご本人から承諾をいただいています。
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そもそも遺伝情報がデオキシリボ核酸=DNAによって伝達されることの実験的根拠や、DNAの二重らせん構造の解明、セントラルドグマの定義など初期の成果

厚志 @atsushi_ngs

数日前にヒトゲノム完全配列の論文が公開されました。 昔々にヒトゲノム計画でポスドクとしてヒトゲノム配列を決定していたのでT2Tの発表は研究に参加できなかったのは残念ですが、その成果を素直にお祝いしたいと思います。 せっかくなので歴史を振り返ります。 1/n #History_of_HGP_T2T

2022-04-05 17:11:07
厚志 @atsushi_ngs

講義の抜粋なのでめっちゃ古い話から。 1928年にグリフィスらが病原性のないR型の肺連鎖球菌と死んだ病原性のあるS型の肺連鎖球菌の実験から細胞には何かしらの形質を変えるような因子があることを見つけました。 2/n #History_of_HGP_T2T

2022-04-05 17:14:33
厚志 @atsushi_ngs

1945年にはエイブリーらが肺炎球菌から抽出したタンパク質とRNAとDNAを使って実験を行い、形質転換物質はDNAであることを証明しました。 3/n #History_of_HGP_T2T

2022-04-05 17:16:01
厚志 @atsushi_ngs

1952年にハーシーとチェイスがT2バクテリオファージのDNAとタンパク質を放射性同位体で標識し、DNAが遺伝物質であることを証明しました。70年前にはDNAが生き物の設計図であることがわかっていたのですね。 4/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:18:20
厚志 @atsushi_ngs

1953年にはワトソンとクリックがロザリンド・フランクリンのX線結晶構造解析の結果からDNA2重らせん構造を提唱しました。このあたり知りたい方は「photograph 51」をぜひ。 5/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:20:17
厚志 @atsushi_ngs

1957年にはクリックがセントラルドグマを提唱しています。「核酸からタンパク質へは情報が伝わるが逆は無い」、です。DNA->RNA->タンパク質は「シークエンス仮説」なのでお間違いなく。 6/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:22:13
厚志 @atsushi_ngs

1968年にはコラーナらによりコドン暗号表が完成しました。ATGが開始コドンとメチオニンのあれです。 TAA、TAG、TGAのストップコドンの3つはOchre、Amber、Opalと分けると通っぽいです。 7/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:26:02

遺伝暗号解読はコラーナもそうですがニーレンバーグも大きな仕事をしています。

厚志 @atsushi_ngs

1970年代にはサンガー、マキサム、ギルバートらによりDNAの配列決定法が発明されました。サンガーはタンパク質の配列決定と合わせてノーベル化学賞を唯一2度受賞してます。 8/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:27:59
厚志 @atsushi_ngs

1979年にGenbankの前身Los Alamos Sequence Databaseが設立されました。今でも使われているDNAデータベースの始まりです。 9/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:29:20

ヒトゲノム計画の開始・HUGOの設立

厚志 @atsushi_ngs

さて、いよいよ。 1984年11月にカリフォルニア大学サンタクルス校学長のシンスハイマーによりヒトゲノム計画が発案されました。多数の研究者が行う大規模な研究の経験があったので当時荒唐無稽といわれても実現性と重要性を理解していたのですね。 10/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:31:25
厚志 @atsushi_ngs

1985年5月にはシンスハイマーによりヒトゲノム計画初の会合が開催されました。トピックは「Can We Sequence the Human Genome?」 11/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:33:32
厚志 @atsushi_ngs

ただ、巨大な研究には膨大な予算が必要です。そこでデリシらが予算獲得に動きます。米国国立衛生研究所からはもらえず、デリシの勤務先の米国エネルギー省からいただけることになりました。日本なら厚労省からもらえず東京電力からもらえたような感じ。 12/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:36:34
厚志 @atsushi_ngs

1988年にヒトゲノム解析機構(HUGO)が創設されました。僕のお師匠の故清水信義先生やTMM計画のPSを務めた榊佳之先生らがバリバリ現役でした。 13/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:38:38

本格的なヒトゲノム計画の開始。ヒトゲノム地図の確立

厚志 @atsushi_ngs

1991年にワトソンを代表に15年で完成を目指すヒトゲノム計画が始まりました。この時に当時の技術で解読可能な真正クロマチン領域を対象としました。 14/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:40:28
厚志 @atsushi_ngs

ところが1992年にはヒトゲノム計画の代表がコリンズに変更になりました。このあたりは色々ありましたがまたいつか。 15/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:42:25
厚志 @atsushi_ngs

1994年にヒトゲノムの遺伝子地図が完成しました。当時はどの染色体のどのあたりを配列決定するか、となりのクローンはどれかなど全くわからなかったので、迷わないようにまず地図を作ったのです。 16/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:44:48

ヒトゲノムはだれのものか

厚志 @atsushi_ngs

1996年にバミューダ島で第1回国際戦略会議が開催されました。僕らの年代だとワクワクするバミューダトライアングルです。この時にヒトゲノムは人類皆のものであるとの考えから得たデータはすぐ共有する、データシェアリングの精神で進めることになりました。 17/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:47:07
厚志 @atsushi_ngs

一方で1998年にベンターがベンチャー企業であるCelera社でヒトゲノムを3年で解読すると発表しました。アカデミアグループは2016年完成予定でしたので焦りました。 18/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:48:50

ドラフト版ヒトゲノム解読(初めの一歩の様相)

厚志 @atsushi_ngs

1999年12月に日・英・米の研究グループが初のヒト染色体の配列解読の発表を行いました。22番染色体でした。ところでヒトの染色体は大きさ順に1番から番号がついてますが実は後から21番の方が小さいことがわかりました。 19/n #History_of_HGP_T2

2022-04-05 17:51:00
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