転生したらミミックだったが誰も開けに来ない件(積み)【2】
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前回の話
本編
自分がどんな風に死んだかをつらつら思い出せば、 診療内科で処方してもらった強めの薬を飲んですぐ車の運転をして事故を起こしたのだ。服用したあとハンドルを握るのは禁止ではなかったが、十分に注意を要する、という類のものだった。
2022-05-08 21:00:07いずれもほとんど無臭だが、体臭と同じくかすかに麝香のようだった。 綺麗好き。用を足したり狩りで汚れたあとは、体を柔軟に折り曲げ捩り、ざらざらした長い舌で指先から股まで丁寧に舐め清めていた。
2022-05-08 02:50:15猫と違って水は恐れなかった。 一方で猫そっくりに箱に身をこすりつけ、ふざけて、あるいは本気で?噛みつきひっかいてきた。箱の上にまたがってくることもあれば、そばで丸くなることもあり、よく箱の中で眠ることもあった。半分蓋を開けておく方が落ち着くようだった。
2022-05-08 02:52:40星空の肌を持つ娘は丸きりの獣ではなく、それどころか優雅に歌うように話し、話すように歌った。 虫や苔からは学べない発音と複雑な文法を操った。初め咀嚼するのに苦労したが、二つは呑み込めた。 「レナア」 それが少女の名前だった。 「カルパゴ」 それが自分に与えられた名前だった。
2022-05-08 02:57:22前世の言葉の空箱(カラバコ)とそっくりの響きだなと思った。実際似たような意味らしい。 でも空箱ではない。宝の箱だ。中に入れる宝もちゃんともうあるのだ。
2022-05-08 02:58:56親会社が取引先に納入した機材に不具合が見つかり、担当者がいないので以前に同型機の取り扱い経験がある自分に鉢が回って来たという流れだ。 休日出勤だったように思うが。もう慣れっこだった。精神衛生が悪化してくると、拒絶が難しくなってくる。
2022-05-08 21:03:04ガードレールにまっすぐ突っ込んだはずで、ほかの車を巻き込んだ記憶はないが、二次被害は出たかもしれない。だがもう確かめようはない。 今は箱の中にいる。 目が覚めて、というか蘇ってからずっとだ。 箱は棺桶というには短い。昔の家にあった着物などを入れる櫃ぐらいだろうか。
2022-05-08 21:06:48人間の体、のようなものはもうないように思う。かといって箱そのものになったという風には感じられない。 箱の中身が自分だ。だがその中身が何なのかというと、うまく説明できない。 もやもやした幽霊かといえばそうではなく、見たり嗅いだり聞いたり触ったりできる器官は備えている。
2022-05-08 21:08:21だが完全な血肉や骨を備えているのかといえば、またそうでもないのだ。 目や耳や鼻や手や足にあたるものは、必要だと感じた際に自然とあらわれ、用が済んでもう使わなくなり忘れてしまうと、消えるというか、ひっこんでしまう。
2022-05-08 21:11:12もちろんそうやって呼び出す部品も、人間と同じではなく、例えば目からは懐中電灯のような光が出るし、手足は昆虫のような殻におおわれて節がある。今のところものを掴んだり操ったりするための細かい仕事のできる指を作るのには成功していない。
2022-05-08 21:12:56ただし数の方は融通が利く。十本以上の足を同時にあまりもつれさせずに動かして、大急ぎで横走りできる。 恐らくだが前世にいたどんな運動選手よりも速いのではないかと思う。 まっすぐ前に走るとなるとあまりうまくないが。
2022-05-08 21:14:35何かを食べたり飲んだり排便したりといった欲求は覚えない。これはまあ前世で精神衛生が悪化した際もそうだったが、麻痺しているといよりは本当に必要がないように思える。 ありがたい。正直人間として死ぬ直前まで飲み食いも用足しも、生物としての機能はかなり苦痛になっていた。
2022-05-08 21:17:11もし神仏というものがいるとして、経文ひとつろくに唱えられない不信心ものでも魂を救ってやろうとしたのだとしたら、実にぴったりな来世を与えてくれた訳だ。
2022-05-08 21:19:41もっとも一切はいずれ変わるかもしれない。心療内科の先生はそう言っていた。気長に治療してゆけば、また食べたり飲んだりに楽しみを感じられるようになるだろうと。
2022-05-08 21:20:38何とも計りかねる。箱の中の自分がどういいう存在なのかをよく知らないのだ。 ただし箱そのものについてはだいぶわかった。見たり嗅いだり聞いたり叩いたりなぞったりして。 鉄か何か金属の頑丈な枠がはまっている。表面に七宝というか硝子質の釉(うわぐすり)がかかっている。
2022-05-08 21:24:17内側には木板が嵌め込んであって、漆あるいは膠で固めてある。ただ打つと硬い岩のような響きがあって、はじめは前世でよく公園などの柵に使われている擬木かと思ったが、どうもそうではなく化石というか、そういうものへの置換が進んでいる風だ。
2022-05-08 21:27:06箱を作ったのはきわめて高い化学、材料工学、冶金学の水準を持つ文明だろうと思う。もっとも前世で大学に通っていた頃に興味を持って本で読んだ際は、中世や古代と区分されるような時代でも、驚くような技術が発達していた。
2022-05-08 21:29:02箱がどんな人々の手になるものかを想像するのはそう簡単ではない。 いずれにせよ、箱が安置してあった隠し部屋にある壁の絵や文字、さらに生きた記録媒体の役割をしていた虫や苔から読み取った限りでは、少なくとも作られてから八百年?周期?が経過している。
2022-05-08 21:31:57あまり難しく考えすぎないことにした。 何せ今の自分は箱暮らしだ。 学者でもなければ技師でもない。 せいぜいが宝を大切に収めておくのが役割だろう。 そして宝ならもう見つけた。
2022-05-08 21:34:05箱の中に納まったまま、節足をうごめかして、開かれた隠し部屋の周囲に少しずつ行動範囲を広げ、見つけた生きものを誘い込んだ。 鰭蛇、岩石そっくりに擬態した蛞蝓らしき生きもの、あめんぼのように壁面から少し浮いて滑るように動く足の長い毛むくじゃらの昆虫、すばやく這う粘菌。
2022-05-08 02:23:45