スレイト・オブ・ニンジャ(2022年5月Twitter掲載分)
5月10日
【北米、アリゾナ・フェニックスの荒野】
初出:2019年6月26日
惑星自体が共鳴振動しているかのようなメガスゴサ級クアドラ・エンジン音の唸り。西海岸アリゾナ・フェニックスの荒野に、オムラ・エンパイアの浮遊要塞が巨大な影を落とす。
2022-05-10 12:00:43ファオー、ファオオオオーーーーーーーー。それを切り裂くように、雄壮なるキャニオンの上で電子法螺貝が吹き鳴らされた。法螺貝の側面LEDインジケータは赤に振り切り、やがて無意識下にハイクを詠みたくなるほど美しくなだらかなグラデーションを描きながら、蛍光グリーンへと減衰してゆく。
2022-05-10 12:03:26すると満を持して、コマンド・グンバイを持ったタイローが席を立ち、小高いキャニオンの縁に向かって歩を進めた。電子法螺貝を持ったハタモトが、その場で片膝立ちになってタイローを迎えた。ハタモトの全身を覆うように、長く勇壮な影が落ちる。タイローのパワード武者鎧は四メートル超ある。
2022-05-10 12:06:00タイローは電子音で咳払いし、眼下の荒野を見た。そこには最新鋭のパワード鎧を纏った頑強無比なるオムラ・エンパイアの正社員が1000 名。整然と十数個のマトリクス方陣を組んで整列していた。幾多のオムラ部署旗が掲げられ、粉じみたフェニックスの風にはためく。なんたる壮観か。まるで江戸時代だ。
2022-05-10 12:09:00タイローが手を叩き、アシガルたちを指差し、呼びかけた。「……オムラ!」「「「「ダカラ!」」」」アシガルたちの声と拍手と熱気が大地を揺らした。その指先は、偉大なるタイローを指していた。「オムラ!」タイローが再び呼びかけた。「「「「イチバン!」」」」アシガルが一斉にバンザイで返した。
2022-05-10 12:12:00「オムラ!」「「「「ダカラ!」」」」「オムラ!」「「「「イチバン!」」」」「オムラ!」「「「「ダカラ!」」」」「オムラ!」「「「「イチバン!」」」」「オムラ!」「「「「ダカラ!」」」」「オムラ!」「「「「イチバン!」」」」「オムラ!」「「「「ダカラ!」」」」「オムラ!」……
2022-05-10 12:15:00オムラ・エンパイア西海岸支社設立記念日のこの儀式は、実に30分近くにもわたって続けられ、中にはスーツ冷却機能を敢えてオフにしたがため、熱中症で倒れる者もいた。ニンジャも非ニンジャも、誰もが汗だくになり、心地よい一体感を感じていた。
2022-05-10 12:18:00自らがオムラの一員であること。連綿と続くオムラの歴史の一部であること。オムラ因子を持つ選ばれし戦士であること。世界最高水準年収のイノベーティブ・インダストリー企業に勤めていること。それら全てが、彼らの揺るぎなき誇りであった。
2022-05-10 12:21:005月11日
【ネオサイタマ 情報屋の店】
初出:2019年11月21日
『準備中』のピザ屋に入ってきたのは、いかついレザーLEDブルゾンを着たサングラスのガイジンだった。「よう」とガイジンは声をかけた。タキは気づかず、分厚いカーディガンに寝癖まみれの頭でUNIXに向かい、コーヒーを飲んでいた。
2022-05-11 12:01:49「ンンー」タキはIRCヘッドフォンをかけたまま、タイプを続ける。東欧ドメインの遺棄サーバーで発見した旧世紀プログラム。だいぶ硬い防壁。進捗バーを見ながら、オイラン・グラビア雑誌をめくる。「たまんねえな、宝の山だぜ」天井に這わせた回線とファイアウォールはバチバチと火花を散らしている。
2022-05-11 12:05:44「いい店だ。なつかしいネオサイタマの匂いがするよ。ファイアウォールの焦げる匂いだ」客のガイジンは鼻歌を歌い、店の冷蔵庫を開けてケモビールを取ると、カウンターの上に素子トークンと古い硬貨をドンと置いた。その音で、ようやくタキが気づいた。「オイ!?何だアンタ、シェリフか!?」
2022-05-11 12:09:31「シェリフ? いいや、俺はただの前後するアウトローさ」ガイジンは両手を広げて見せた。「クソ忙しい時に、変なガイジンが来やがった……」タキはカウンターに置かれた素子トークンと小銭を回収しながら溜息をついた。PINGが途切れ、敵の防壁が張り直された。またやり直しだ。
2022-05-11 12:12:04ガイジンはケモビールの蓋を歯で開け、一口飲んで眉をひそめ、自己紹介した。「俺の名前はジェイクだ。アンタもガイジンだろ? 仲良くしようぜ」「オレはハーフガイジンだ。『準備中』の漢字も読める」「俺も読めるさ。そういう流儀の店かと思ったんだ」「ハン?」
2022-05-11 12:14:37「この店じゃ『特別なものを売ってる』って聞いたからな。そういう店は年中『準備中』だ。そうだろ?」ジェイクは一番上等なソファー席に腰を落ち着け、自分の家のようにくつろぎ、ケモビールを半分飲んで喉を潤した。どうやら出て行く気はないようだ。しかも『俺は知っている』みたいな顔をしている。
2022-05-11 12:17:00本物のアウトローなら、キモンの認証店エンブレムに真っ先に気づくはずなのに。どうせウカツな旅行者か何かだろう。タキは途方に暮れ、頭をかいた。「特別なもの?エッチ・サービスなら三軒隣に行ってくれ。うちは真面目なピザ屋なんだよ!」「そんなら」ジェイクは肩をすくめた。
2022-05-11 12:20:00「ピザのメニューをくれ。ワサビ抜きはできるか?」「わかった、わかった。いいか、オレは今めちゃくちゃ忙しいんだ。あの冷凍庫にあるやつを、どれでも温めて食っといてくれ!」タキはヘッドセットを付け直し、IRCの再接続を試みながら言った。「うちはセルフスタイルなんだ!」
2022-05-11 12:23:005月12日
【ムギコの仕事部屋】
初出:2020年3月19日