「ゼロ想」風に語る まどか☆マギカ論 ~まどマギは、2010年代の新しい想像力足り得たか?~
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punisher_D
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僕はこの自説・まどマギ論の冒頭で、「魔法少女が死人なのはそこに未来がない=目的(願い)がないからだ」と述べた。 ここでいう「未来」とは「希望」とも言い換えられる。まどかのした願いとは、まさにその希望を魔法少女たちに与えること。 魔法少女たちを「生き返らせる」という願いなのだ。
2011-09-18 17:02:42![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「希望を抱くのが間違いだなんて言われたら、私、そんなのは違うって、何度でもそう言い返せます。きっといつまでも言い張れます」
2011-09-18 17:02:55![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
このまどかの願いがけっして「魔法少女を幸せにして!」だとか「この世から不幸を無くして!」といった願いではないといった点は、かなり重要だ。 もし、ここでそんな願いをしてしまったら、それはクリームヒルトと同じ=抑圧的な母性そのものとなってしまう。
2011-09-18 17:03:11![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
まどかの願いは人類補完計画の否定であり、かつ既存の作品でしばしば存在した抑圧的な母性の否定でもある。 まどかは死人である魔法少女が「生きて行く」ための環境を整えた。まどかは彼女たちの「背中を押した」だけである。
2011-09-18 17:03:34![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
しかし、まどかは言う「ママはさ、私がいい子に育ったって、言ってくれたよね。嘘もつかない、悪いこともしないって」 「今でもそう信じてくれる? 私を正しいと思ってくれる?」
2011-09-18 17:04:25![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
その言葉を聞いた絢子は「絶対に下手打ったりしないな? 誰かの嘘に踊らされてねぇな?」と釘を刺したうえで、まどかの背中を押して送り出すのだ。 母性の抑圧から、自分の娘であるまどかを解放したのである。
2011-09-18 17:04:44![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
鹿目絢子とは、まどかが獲得すべき母性の象徴。それは娘の背中押す母であり、自立した存在。だからこそ、まどかの家庭構成とはああなのである。
2011-09-18 17:05:29![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
同じように、まどかはほむらの自立を促している。ほむらは「まどかを守る」という在り方に、己の全てを傾けている。それは、まどかという存在に対する依存だ。 しかしそれでは、万が一まどかを救うことが出来ても、ほむらはその後の目的=願いを見失い、他の魔法少女同様に「死人」になってしまう。
2011-09-18 23:37:26![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
まどかを「所有」しようとはしないほむらは、例えワルプルギスの夜に勝利してもまどかを失うことになる。 つまり(可能性の上で)ほむらがまどかを救うコトは出来ても、まどかがほむらが救うことは絶対に出来ないのである。
2011-09-18 23:37:44![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
だからこそ、まどかは不可能を可能にするために「生きる」でも「死ぬ」でもない、もう一つの選択肢「概念化」を選択した。 しかし、まどかの概念化とは、まどかという肉を持った存在の消失を意味する。 それに、ほむらは耐えられるのか? そんなほむらを「生き残らせる」ために、まどかは言うのだ。
2011-09-18 23:38:12![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「これからの私はね、いつでもどこにでもいるの。だから見えなくても聞こえなくても、私はほむらちゃんの傍にいるよ」 だから、暁美ほむらは鹿目まどかを失うワケではない。そして、
2011-09-18 23:38:41![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
また会えるという約束を交わすことで、ほむらに新たな目標=生きる意味(希望)を与えたのだ。 他の魔法少女たちにしたように、魔法少女の母として環境を整え、ほむらの背中を押したのである。
2011-09-18 23:39:07![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
こうして、暁美ほむらはまどかへの依存からの脱却を余儀なくされ、改変された世界で「また会える」という約束を守るために自立への道を踏み出したのである。 「交わした約束忘れないよ 目を閉じ確かめる 押し寄せた闇 振り払って進むよ」 OPである「コネクト」の冒頭の歌詞そのままに。
2011-09-18 23:39:27![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
しかし、90年代に似たようなアプローチで同じく二人の少女の絆と自立を描いた作品があった。 その作品はある意味で、まどか☆マギカ以上の「絶対運命黙示録」。そう、「少女革命ウテナ」である。
2011-09-18 23:40:02![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「たとえ2人離ればなれになっても 私は世界を変える」 これは少女革命ウテナのOPである「輪舞-revolution」の最後の歌詞である。 この歌詞のように、まさに鹿目まどかは「世界を変えた」。
2011-09-19 00:36:05![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「卵の殻を破らねば、雛鳥は生まれずに死んでいく。我らが雛だ。卵は世界だ。世界の殻を破らねば、我らは生まれずに死んでいく。世界の殻を破壊せよ。世界を革命する為に」
2011-09-19 00:36:22![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
これはウテナのなかに度々登場する台詞だが、元ネタはヘルマン・ヘッセの「デミアン」だと言われる。 卵を世界になぞらえているが、キュウべえの正体こそ、その卵を孵す存在「インキュベーター=孵卵器」なのである。
2011-09-19 00:36:35![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
他にも「薔薇の花嫁」がときに「魔女」と呼ばれること。ウロボロスの円環=ループ構造の象徴など、まどか☆マギカに通ずるモチーフが幾つかあり、非常に興味深い。
2011-09-19 00:36:53