竜の恩返し ある男が薪を売りに行った帰り、エンシェントドラゴンが罠にかかっているのを見つけ
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「もし見事竜罠の壊れた柱を除いてくれたあかつきには、その恩に報い、黄金の褥でも、肉のやわらかな乙女でも、望むがままに与えられようぞ。何より竜は人にとっては禍のもと。いつまでもこの地にいてはたまるまい」 「ま、まあそれなりに人気はあるようですが」 「ふむ?」
2022-05-15 23:45:10観光資源としてね。 「村の方はあれで竜で潤っているようですが…」 「ほほう。人とは面白いもの。薪売りどのも同じお気持ちか?」 「はは…まあそりゃ角だの羽だのたいそう立派だとは思いますが…」
2022-05-15 23:46:42「では竜をずっと罠につないでおきたいと」 「さて…それは…」 いや超怖いんだけど。 「まあどこかよそを飛んでいてもらえる方がありがたいですが…」 「退治したいとは思わぬか?」 「いやあ…ちょっと…そういうのはこっちの考えることじゃ」
2022-05-15 23:48:40「え、じゃあ話しますと…えー…いや竜はたいそう立派ですが、ずっといてもらっては困るし、かといって退治だのなんだの大暴れでめちゃくちゃになるのも困りますし…叶うなら近所がまる焼けにならず村もこのあたりの森も無事に、なかったことになってほしいのが下々の気持ちですね…」
2022-05-15 23:54:13「あいわかった。では是非にも竜罠のこわれた柱を除かねばならぬ。あなたにお願いするしかないのだ」 「…はあ…それでまる焼けにならずに済みますか…」 「…我が刃にかけて誓おう」 「…はあ…いや…ちょっと」 ロングソードにかけて誓うのはあんまり。
2022-05-15 23:55:58「剣は好まぬか。では何ならよい」 「…えー…じゃあ…」 神様もなあ。放浪の騎士に信心なんてあるのやら。 このお武家さんが一番大切なものって何かね。 「竜」 「竜…とな?…………ふむ。竜の何に賭けて誓うとするか」 「…えー…」 何でしょうな。何でも良いが。 「じゃあ翼で」
2022-05-15 23:59:27女騎士の瞳がきらっと光った。 「翼か。あなたは竜の翼がお好みか」 「まあ…空を飛ぶんでしょうし…」 牙だの爪だの角だのはぶっそうすぎるし。
2022-05-16 00:00:45「……………よかろう。竜の翼にかけて誓う。あなたが竜罠の柱を除いたあかつきには、この地も民も竜の禍に遭うことはないと」 「はあ…」 「では引き受けてくれるな」 あれ?追い込まれたよねこれ?
2022-05-16 00:02:00薪売りは鑿を懐にとぼとぼとストーンサークルへ向かう。 逃げたいが。ロングソード。ファイアブレス。 ロングソード。ファイアブレス。 ロングソード。ファイアブレス。 死か。さもなくば死か。
2022-05-16 00:04:03「案ずるな。あなたが柱に近づくあいだ、私が竜を眠らせよう」 「…はあ…」 「竜狩りの技よ。いかにとしふりた長虫とて、抗えぬ」 「…はあ…」 別に信じないけど向こうの手にはロングソードがね。あるから。
2022-05-16 00:06:09女騎士は兜を脱ぎ、甲冑の胴も外して、てくてくと途中までついてきて、ある地点でぴたっと止まる。 それ以上は射程範囲なんやろなあ。 こっちとしてもそこで帰りたいんだけど。 ロングソードがね…
2022-05-16 00:07:48女騎士がたからかに歌いだす。思ったより低く豊かな声だ。歌詞は耳慣れぬ言葉。美しく厳かで、聞いているだけで頭がぐらつき、足元がふらつく。 エンシェントドラゴンにはさらに効果抜群で爆睡。 すごいね。じゃあもう全部ひとりでいいんじゃないかな。
2022-05-16 00:09:11とは、思うが。 ファイアブレスの脅威が薄れた今、最大の危機はロングソードなんだよなあ。腰痛めたとか嘘だし、逃げたら絶対追い付かれて斬られるよね。
2022-05-16 00:10:07「こんなクソみたいな石の柱のそばに生まれ育ったばっかりに…」 悔し涙を浮かべながら、どでかいきらきらした鱗の山がとぐろを巻くストーンサークルに近づく。山はゆるやかな呼吸とともに上下に動いてんだよなあ。 熱風みたいな息がなんかごーって時々火も混じっとるやんけ。 「死ぬ死ぬ…」
2022-05-16 00:12:49真北から右回りに三本目。これだ。やっとの思いでたどりつく。外向きに傾いでいる。探すべき文字は、えーと渡された羊皮紙のきれはしと照らし合わせて、 あの女騎士様は騎士のくせに文字が読めるんだなあ。すごいなあ。しかしこの文字なんか教会で司祭様が読んでる祈祷書のやつと違うな。まあいいか。
2022-05-16 00:14:22こまかい区別なんかつかんし。あったあったこれだ。小人の鑿を近づけるとパチパチと火花のような光が弾ける。 こわ。 帰りたい。だがロングソード。ええいままよ。 ていっ。かつーん。バシッ。ビカッ。バボーンッ。
2022-05-16 00:15:46傾いだ柱がばりばりと稲妻を帯びて震えている。エンシェントドラゴンは完全に目を覚ましている。 そして恐ろしくも美しい頭が空に向かってのび、顎を開いて、吠え猛った。いや歌い始めた。 人とは違うが、言葉だ。ひとつひとつの音のかたちはまったく似たところはないが、言葉だとわかる。なぜって。
2022-05-16 00:19:27女騎士の歌とそっくりだからだ。 エンシェントドラゴンの歌が続くにつれ、稲妻と鳴動は傾いた柱から両隣の柱へ、さらにその隣の柱へと伝染してゆき、ついにはすべての柱を雷電がゆきかい、轟きとともに一斉に爆ぜ飛んだ。 巨大な欠片が投石器のように虚空をすっとんでゆく。
2022-05-16 00:21:32薪売りは耳に指をつっこんで地面に伏せた。 すぐ上をなんかやばい風圧がすぎてゆく。 この地と民は竜の禍から免れるとか完全に嘘じゃんな。
2022-05-16 00:22:18黄金と青銅の巨大な喇叭が吹き鳴らされるような、大地の芯までもを震わすかちどきが、あたりにこだまする。 つい顔を上げると、エンシェントドラゴンが翼を広げ、後ろ足で立ちあがっていた。 最悪なことに目がある。夏の森の午後の木陰よりも深く暗い緑。
2022-05-16 00:24:11だが竜の大首はよそを向く。再び女騎士の歌が高らかに響き渡るから。それは最前よりいっそう低く深く強くなっている。 恐ろしい長虫の頭はゆっくりと下がり、両腕を拡げた甲冑の乙女に近づき、そっと押し付けられる。
2022-05-16 00:27:12