2022年(令和4年)10月
『チ。地球の運動について』というマンガが人気のようです.コミック売り場で平積みになっていたりします.近世の地動説をテーマにしていますが,科学史的にはありえない話ばかり.近世の政治史,宗教史からも突っ込みどころ満載ではないかと思います.
2022-10-02 19:15:041543年刊行のコペルニクス『天球回転論』は,72年も後の1615年に「不穏当な箇所を訂正するまで閲読中止」という形でカトリック教会の禁書目録に載りました.その5年後に公表された訂正はわずか2頁.500頁超のこの大著は実質的に問題なしと判断されたわけです.
2022-10-02 19:15:0470年も経ってから地動説が攻撃されたのは,ガリレオが地動説は計算上の仮説でなく実在的なものだというキャンペーンを張ったからです.地動説禁止に動いた人々は,コペルニクスの計算を理解する意志も能力もない,天文学の部外者だったと言っていいでしょう.
2022-10-02 19:15:051633年のガリレオ裁判は,裁判の常ですが,教皇庁の過去の決定や判例,証拠文書をめぐる,法学的ないわばホコリ臭い議論から成り立っていて,絶賛販売中のマンガの世界は空想でしかありません.
2022-10-02 19:15:05一つだけ具体的に突っ込んでおくと,膨大な観測記録や文献が重要であったと思わせる場面がマンガにありますが,コペルニクスは,惑星の軌道決定に天動説を完成したプトレマイオスの著作『アルマゲスト』の観測記録を利用しています.書庫一杯の文献や記録なんて存在しなかったし不要でした.
2022-10-02 19:15:06科学史上の研究成果が,文学作品でねじまげて利用されるのは今に始まったことではありません.10年ほど前に評判になった小説『天地明察』では,その参考文献としてあげられた著作の著者がはっきり異議を唱えています.今でも「ここが違うよ『天地明察』」で検索できます.
2022-10-02 19:15:06コペルニクスの著作は『完訳 天球回転論』(高橋憲一訳)でその全文を詳しい解説とともに日本語で読むことができます.科学史の研究者としては,いつものこととはいえ,研究成果がどうしてここまで踏みにじられなくてはならないのか,残念な思いです.
2022-10-02 19:15:06
前のツイートに怒り狂っている人もいるようなので,ちょっと火に油を注いでみましょう.この時代に,今の科学に相当する営為に関心を持つ人はほんのわずかでした.そのことがこの作品では無視されています.
2022-10-03 22:09:15軍事技術に関係しない限り,近代以前の権力者は「科学」などに興味はありませんでした.だから迫害されることもありえない.地動説を探究するから迫害されるという枠組自体がありえない.ジョルダーノ・ブルーノが焚刑に処せられたのは数多くの宗教上の異端学説の故でした.地動説はほんのおまけ.
2022-10-03 22:09:16地動説が目の敵にされたきっかけは,フィレンツェ大公国のお抱え学者ガリレオ(そこそこ有名人)が,「本当に」地球が動いているというキャンペーンを(よせばいいのに)始めたことにあります.しかしこれだけだったら問題にならなかったはずです
2022-10-03 22:09:16たまたまカトリック教会は,プロテスタントとの宗教的+政治的闘争中だったので,聖書を俗人のガリレオが勝手に解釈することが不都合でした.「チ。」の設定では,無名の人が地動説を立証しようとして命の危険にさらされる.これはありえない.迫害しても権力者にメリットがないから.
2022-10-03 22:09:16だから科学史だけでなく,近世の政治史,宗教史からも突っ込みどころ満載というわけです.歴史に題材をとった文学は必ずしも事実通りでなくてもいい.でも設定の大枠が妄想的だとその世界に入っていけません.どうせなら資料が欠落しているすき間を埋めるような作品を楽しみたい.
2022-10-03 22:09:17
エウクレイデス(ユークリッド)、アルキメデス。
(参考 : ヨーロッパ科学史)
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