「欲望のエデュケーション」と「HOUSE VISION」by @haraken_tokyo

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原研哉 @haraken_tokyo

10月20に岩波新書「日本のデザインー美意識がつくる未来」が発売になります。二年間、岩波の「図書」に連載していた「欲望のエデュケーション」をまとめたものです。

2011-10-15 19:06:34
原研哉 @haraken_tokyo

デザインは「欲望のエデュケーション」であるという考え方は大事なことだと思うのだけれど、タイトルとしては難しいのと「日本のデザイン」について書いているのでこれでいこうと。副題の「美意識がつくる未来」は、日本の伝統についての本ではないという、いわば成分表示のようなもの。

2011-10-15 19:11:53
原研哉 @haraken_tokyo

「デザインのデザイン」は、デザインそのものについての論説だったが、「日本のデザイン」は、これからの活動のロードマップのようなものとして書いた。実践編であると同時に未来篇。

2011-10-15 19:14:34
原研哉 @haraken_tokyo

「日本のデザイン」(岩波新書)の発売記念のイベントを、青山ブックセンターで、2011年10月30日(日)13:00~(開場12:30~)でやります。久々に、本を書いた、という手応えの本です。発売は来週の木曜日。どきどきします。よろしくお願いします。

2011-10-15 19:23:33
原研哉 @haraken_tokyo

「欲望」という言葉は「希望」に言いかえてもいいと時々思うが、人間を衝動的に突き動かしているものがあり、それはやはり「欲する」もの。デザインは「欲望」のエデュケーションではないか。エデュケーションは「教育」というより潜在しているものを呼び起こすというニュアンス。

2011-10-15 19:28:16
原研哉 @haraken_tokyo

紙の本を書くというのは、推敲を重ねると言うことに意味があるように思われる。「考える」というのは、ブロックを積んだり、編み物を編むようにできあがるだけではなく、考え直し、たどり直し、問い直し、相応しい言葉を見つけ直していくような作業でもある。

2011-10-15 19:31:05
原研哉 @haraken_tokyo

20日発売の岩波新書「日本のデザイン」は、自著だが自分で装丁できない初めての本。もどかしさもあるが委ねてしまう気楽さもある。

2011-10-15 22:57:04
原研哉 @haraken_tokyo

「HOUSE VISION」も、いわば「住まい」に関する欲望のエデュケーション。これまで不動産屋のチラシが「家」の教科書であった。2DKも3LDKもここから教わった。しかし、家の作り方に関する「新しい常識」が流通し始めると欲望のかたちが変わってくる。

2011-10-15 23:06:54
原研哉 @haraken_tokyo

リテラシーとは文字の読み書き能力だが、「住宅リテラシー」つまり、家づくりに関するリテラシーが高まり始めている。これは勿論、自分で設計するようなことではない。建築家や専門家に、どんな家が欲しいかをちゃんと説明でき、実現できる能力。

2011-10-15 23:09:39
原研哉 @haraken_tokyo

日本は画一的なサラリーマンの国ではなくなった。生活のあり方も驚くほど多様になった。そういう人たちが、皆同じような家に住んでいるのは不自然。自分の暮らしのかたちを上手探す。それは決して難しいことではない。目をつぶって自分のへそを指せばいい。

2011-10-15 23:12:18
原研哉 @haraken_tokyo

右肩上がりの経済成長の時代には、住宅産業は金融業の一種であった。住宅を供給する側も買う側も家を「不動産」と考えていた。建築家もデザイナーも住宅にはほとんど触れなかった。こういう状況下では、創造性は足手まといだったのだ。

2011-10-15 23:15:50
原研哉 @haraken_tokyo

水平経済の時代になって、「住まい」はようやく「家」として認知され始めた。つまりそれぞれの暮らしに対応した品質を備えているかどうかが、吟味され始めたのである。

2011-10-15 23:17:38
原研哉 @haraken_tokyo

水平経済の時代になって、「住まい」はようやく「家」として認知され始めた。つまりそれぞれの暮らしに対応した品質を備えているかどうかが、吟味され始めたのである。

2011-10-15 23:17:38
原研哉 @haraken_tokyo

外で食事の大半をすませてくる人に大きなキッチンは不要である。逆に、食に旺盛な興味のある料理好き、パーティ好きにとって、既存の台所はみすぼらしい。ベンツを買うようにキッチンを買えばいい。しかし、これまではみな同じ家に住んでいた。

2011-10-15 23:20:33
原研哉 @haraken_tokyo

家には寝に帰るだけ、という人もいるかもしれない。図書館も、銭湯も、コンビニも、食堂も、有効に使って「家」の概念を都市機能の中に拡張する人もいるかもしれない。

2011-10-15 23:23:56
原研哉 @haraken_tokyo

防音壁、防音床を巡らせて、グランドピアノをどかんと置いて弾き暮らす人もいるかもしれない。図書館のように、壁という壁を本棚にして、読み放題に本を読み原稿を書き暮らす人もいるかもしれない。

2011-10-15 23:26:32
原研哉 @haraken_tokyo

風炉好きで、スパのような家に住み、湯や水に親しむ生活を送りたい人もいるかもしれない。そういえば、人類もかつては両生類であった。

2011-10-15 23:28:23
原研哉 @haraken_tokyo

欲望のかたちは変化する。潜在しているものが、呼び起こされてかたちをなす。住宅リテラシーが向上することで、全く新しい住まいのかたちが求められるようになる。

2011-10-15 23:32:56
原研哉 @haraken_tokyo

一方で、日本には伝統と美意識という途方もない資源もある。どうしてこれを今まで使わなかったの、というような、先祖ゆずりのお宝を、そろそろ蔵から出して、ほこりをはらって眺めてみてはどうか。

2011-10-15 23:34:58
原研哉 @haraken_tokyo

杉本博司による吉田五十八風、数寄屋的マンションのリノベーションを見たことがあるが、木造で伝統的で、しかも現代美術的に切れ味のいい住居なども案外と面白いと思う。建築家はやらないだろうけど。

2011-10-15 23:38:27
原研哉 @haraken_tokyo

家族のかたちもコミュニティのかたちも、通信のかたちも、こころのつながり方も変わった。四十年前の平均世帯構成人数は4.5人。現在は2.6人。世帯構成人数の1位は一人、二位は二人。ふたつを合わせると60%以上。

2011-10-15 23:41:31
原研哉 @haraken_tokyo

田舎暮らしがひととき流行ったが、今後の社会を展望してみると「都市」の可能性を再度検証してみる必要性に気付く。都市の暮らしを再考してみる必要がある。

2011-10-15 23:43:34
原研哉 @haraken_tokyo

変わった家に住もうと提案しているのではない。相応しい家を普通に作り上げる住宅リテラシーが、今まで欠如していただけ。日本人の生活者達の中には、既に水準の高い住宅への希求が潜在している。

2011-10-15 23:45:46
原研哉 @haraken_tokyo

土壌を肥やし、そこに種を蒔いて、充実した実を収穫する。これが産業の基本。日本には充実した「家」を収穫するきわめて良質な土壌がすでにある。ここを少し耕せばいい。

2011-10-15 23:48:06
原研哉 @haraken_tokyo

一方で、家を買うのは、35歳くらいの「家族の始まり」がきっかけと考えがちだが、(それはそれであるが)、五十歳以上の、経験も豊富で目も利く大人たちが人生を仕上げていく家もあるはずだ。コルビジェが最後によく暮らしたのは小さな小屋。

2011-10-15 23:55:06