赤いリボンと白衣の教師

長月笹良 @sasa_sep

sasa_sep さんは 【帰宅後すぐ/化学準備室で/なごり雪/汗だくになる】 をキーワードにお話を書いてください。 http://t.co/1Hi1Lg6l #twblnovel

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#twblnovel　サクラサク季節の名残り雪。化学準備室の秘め事を見てしまった。卒業生の赤いリボンと、白衣の教師。泥の水溜まりを蹴たてて駆け通し、汗だくで部屋に飛び込む。先生は分厚い眼鏡を外したぼんやりした目でガラス越しに俺を見、薄く笑った。卒業まで１年、この動悸を抱えたまま？

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#twblnovel ベランダづたいに旧校舎３階の端。雪でも卒業式の日でも練習に余念のない強豪のエースをそこから眺めるのが日課。窓の内側に何があるとか、今日まで意識したこともないのに、散らかった机の上で制服の下敷きになっているのが誰かわかった。眼鏡なしの、別人の顔をした化学教師。

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#twblnovel はだけた首筋に顔を埋めた制服は夢中の様子。重なった胸の隙間に卒業生のリボンが見える。顎を仰のかせたサハラの顔がこっちを向いて、秘事を覗かれながら覗いた方の後ろめたさを見透かすみたいに笑った。別にネタにして脅そうなんて思わない。卒業まで恙無く過ごしたいだけだ。

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#twblnovel 新年度を迎え、佐原が副担任になった。太いフレームの眼鏡に隠れて、『あの時』の気配は横顔からも窺えない。理系を志望してる俺は化学の成績が重要で、進路指導を仰ぐ立場にある。騒ぐつもりは無いが、気にならないと言っても嘘だ。歳が近いせいか割合人気がある、先生の秘密。

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#twblnovel 偏差値が無理めでも、狙うからには。いいぞ中郷、狙えよ。実験器具を扱うように茶っ葉を計る手の繊細さと裏腹に、ラフなノリと言葉遣い。多分その辺が佐原の人気の所以。湯呑みに口をつけながらつい室内に目が行く。ベランダには通ったが、馴染みの薄い準備室。目撃した現場。

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#twblnovel 佐原は眼鏡を外して湯気で曇ったレンズを拭う。相当近視が強いのか、素顔の方が目が大きく若い印象になる。先生って、コンタクトは？合わないんだ。試しに、と顔を覗き込む俺に、じっと眉を寄せる。…無理、輪郭しか判らん。やっぱりだ、窓の外にいた俺の顔は見られてはいない。

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#twblnovel アラタ！背後から声と同時にタックル。お前危ない、人違いしたら。毎日見てたから新太は間違わないよ。１年生の教室で後ろの席に座った小柄な奴は、毎時間俺の背中に隠れて寝ていた。勉強忙しいのか？県予選の応援来るだろ？俺をベランダに通わせた和樹が、矢継ぎ早に喋ってる。

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#twblnovel ２年生エースの力投で県のベスト４に進んだ去年の夏以降、他校生まで野球部のフェンスに張りつくようになった。適度にばかで愛されるカズキは男の友達も多いが、女にももてだした。当人はどこ吹く風で、進路別でクラスが分かれても何かと懐いてくる。俺は和樹を見ていたかった。

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#twblnovel 開け放した窓から、甲高い金属バットの音と太い声。あいつら頑張るなあ。永里、調子いいみたいですよ。仲いいのか。１年の時に同じクラスで。へえ、ナカザトとナガサト？そうそう、紛らわしい。思わず破顔すると、レンズの奥の目が細まる。皮肉げな笑み。あの日と同じような。

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#twblnovel 卒業式の日の、あれはおまえだな。握った秘密を向こうから暴かれる。何のことですか。とぼけんな、俺の目がどのくらい悪いかカマかけただろ。素直じゃない子は内申に響くぞ？…あの、俺、誰にも。わかってるよ、で、永里に秘密にすればいいんだな。握り返された。何て狡い大人。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 他校の制服が群がっている野球部のグラウンドの横を通ると、がしゃん、とフェンスが鳴った。グローブを脇に挟んだ和樹が網目に手を掛けている。練習に集中しろよ。ブルペン行くとこ、帰んの？予備校。佐原に知られてまで、ひらひらしたスカートに優越感とか、安すぎて笑える。

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#twblnovel 和樹はとにかく手の届かないヒーローなので、よく喋ってる俺の方がとっつきやすいと思われるらしい。見ず知らずの女に突然呼び止められて、永里君にお願いしますと手紙を押し付けられたりする。俺はどうするかというと、和樹にそのまま渡す。困った顔をするのを、内心喜んでる。

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#twblnovel 昼休みの化学準備室は戸が開け放され扇風機が回っていた。職員室の方が冷房効いてるのに。冷え性なんだよ。じじくせ。秘密を共有して以来口が悪い俺を、佐原は特に咎めない。昼飯食ったのか。早弁。ああ、腹減るって若いな。湯飲みには熱いお茶。そっちは枯れすぎじゃないのか。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 佐原は弁当を脇に退けて模試の答案を検めた。基礎問でミスするなよ、応用は後だ。はい、ところで美味しそうな唐揚げですね。そこ敬語かよ。呆れながらも箱ごと差し出してくれる。お前、男の手作りとか平気なのか。えっこれ作ったの？指を舐める俺に、僅かに目を見開いて笑った。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel　あの人、こんな旨いもの食ってんの。訊くついでに卵焼きを口に入れる。あの人って誰だ。ここで、ほら。ああ、別れたよ、とっくに。一瞬喉につかえた。…え？進学で県外出て、彼女できてそのまま。そんな、まだ何ヵ月しか。そういうもんだ、中郷だって、第一志望通れば東京だろ。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel つまらん話は終わりだと佐原は顔を背ける。珍しく苛ついた様子、首筋を汗が伝って、開いた襟から覗く鎖骨に落ちた。まだ乾いてない傷に触ったのだと知る。そいつの卒業まで待ってたんじゃないんですか。そいつとか言うなよ、先輩だぞ。肩を揺らして、もう普段の調子を装ってる。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 正しい手順を踏めば正しい結果が得られる。実験の授業で白衣の佐原は言った。卒業式の日、あの制服の顔は見なかったが、きつく抱き締めた腕は懸命だった。きっと待ち侘びたのだと感じた。あの時、佐原は何に笑ったのか。遠くから和樹を眺める俺の陰を見て、皮肉げに哀しそうに。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 彼女がいたことも無いではないが、下校も休日も一緒が義務みたいで億劫になった辺りでふられる。俺は、周りも見えなくなる程のめり込んだ相手に飽きる気持ちはわからない。いくら待っても離れたら忘れる、そういうものだ。言って棄てた佐原は、あの時もう諦めていたのだろうか。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 昼飯足りなくて先生に貰ったと母親に言ったら、弁当箱が２つになった。残った方を下げて昼休みに佐原の処に向かう。あんたまだ大きくなるのって言われた、顛末を話すと、小さい頃は可愛かったんだなと笑う。昨日露わになった感情は影をひそめ、押しても引いても動きそうにない。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 野球部は夏大会を順調に勝ち上がっている。我が校は１回戦から全校応援だが、夏休みに入ると３年生は自由参加になる。予備校の模試で日曜の試合は行けないと言うと、和樹は勝ってくるぜと電話の向こうで請け負った。野球部にいられるのは新太のお陰だからさ、次は来てくれよな。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel スポーツ特進がある私立ならまだしも、公立校は部活が勉学に優先しない。毎日の朝練で授業中寝ていた和樹はテストで赤を並べ、留年したら退部だと泣きつかれたのが俺だった。１問５点の問題を一夜漬けで覚え込ませる策で追試を乗り切り、以来の恩人扱い。和樹に他意は何もない。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 中郷、評価上がってるな。模試のスコア表に佐原は目を細める。窓の外の金属バットの音は絶えた。勝てばベスト４の手強い私立相手に、自分を鼓舞する為に強気でいたエースは、ごめん、格好悪いなと泣いた。俺のいない間に和樹の夏は終わり、俺は志望校のC判定を手に入れた。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 甲子園に連れて行けなくてごめん、でもずっと好きだった。和樹は引退した野球部の女子マネに頭を下げた。実は両思いだったのに変に遠慮していた二人。日焼けした小柄なショートカットで、和樹と並ぶと兄妹みたいだと思うと同時に胸に涌いた黒い感情が、自分のものとは思えない。

長月笹良 @sasa_sep

#twblnovel 寝取ってやればいいと思ったんだ、最悪だよ。他にこんな話をできる相手はいない。佐原は手元に目を落としたまま、大学行って彼女作れと言った。お前は勘違いしてるよ。何が。女と付き合えるならそうしろ。和樹が好きなのに？お前ら位の年にはあるんだよ、憧れを履き違えるんだ。