【この地上には】福間健二 #k2fact348

福間健二 @acasaazul

よく咲いたね。小さな花に少女は言う。姿の見えない子犬が少女に跳びかかってくる。少女は言う。助けてほしいのか。わたしは助けてもらいたくなんかない。自由になりたいだけ。行くところのない影たちのなかにもうひとりの自分がいて自分を見ている。追いつかなくては。（この地上には１）#k2fact348

福間健二 @acasaazul

記憶どおりでなくても、屋上の洗濯機とロープと空。ありましたね。でも、トンネルはどこに抜けるのかわからず、いきなりの夜の、ひとりの幽霊じゃなくて幽霊団。生と死のあいだの何を拒むために集まったのか。厨子くんにそれを聞きそびれたまま最終バスに乗ったのだ。（この地上には２）#k2fact348

福間健二 @acasaazul

人の心が読める。かえってつらくなることがあるけど、きょうは自分を気に入ってくれる人にふたり会った。わかった。いい日だった。少女は日記にそう書いた。夜のバスで運ばれていく老人の夢や美しい数学に溺れる母の心はわからなくて、切断面、困った子だと言っていいよ。（この地上には３）#k2fact348

福間健二 @acasaazul

どうしても見つからない本。仮眠のあとのダンスに沈んで灰になっていなければいいが、おそらくもうだれにも読まれない。添い寝屋になれないぼくは自分の心に言う。行きなさい。懐かしい踊り場に。すべてにきちんとしていて声がちょっと大きすぎる、生きている子に会いに。（この地上には４）#k2fact348

福間健二 @acasaazul

なぜ止まるのか。霧が晴れてやっと見えてきた穴への、鼻、耳、指による探検。慌てない鍛冶屋にもジャガイモの袋を担いでいく画家にも相槌のうまい相談員にもなれたはずだが、世の中のこと、わかるのが怖いこと、気楽じゃない種類の光り方で見えてきて明日はゼロからだ。（この地上には５）#k2fact348

福間健二 @acasaazul

なにかの父になって読みたい本を貸してもらうこと。フランドリアの黒を吸いたいだけ吸い、大学通りが見えるドトールの三階でいつまでもぼんやりしていること。なにかの母になってもだれの話も聞かず、向けられるどの表情も無視して、それでもそういうことを許されていた。（この地上には６）#k2fact348

福間健二 @acasaazul

音楽が鳴っていた。大きなテーブルがあった。詩を書いている人がいた。でも、きょうからは。冒険、あわてんぼうのプリンセスのためじゃなくたって。見事に老いた姿のその人が奥から現れてぼくの気のない握手に文句を言い、夢と現実をつなぐ作戦を練る余裕はないけれど。（この地上には７）#k2fact348

福間健二 @acasaazul

労働で痛めた膝にはやさしくない十二月の夕方の、アイスクリームボーイズ。疲労を甘い刺激でごまかしたいだけで詩に関心のない者もいるが、ちゃんと名前がある。リュウジ、ショウヘイ、ヨシヒロ、ワタル。信号、変わらない。さっき別れた少女には朝の希望が残っていた。（この地上には８）#k2fact348

福間健二 @acasaazul

おなじ苗字のちがう人を両端において、しめしめ、と大小さまざまの機械の死骸が窪みに隠され、そう、全部まちがっていたとは言わないが、おもしろいはずはなかった。当然、勝手にドアのあく夜のエスカレーターからの、不自由な位置。見張りがいることくらい知ってるよ。（この地上には９）#k2fact348

福間健二 @acasaazul

光のあたる場所も光のあたらない場所もある。ゴミの山にフンガイしながら少女は理解する。すると、ほっとしたようにうなずく老人たち、最後の注射だ。このあとは、静かで、寒い、狭い小路に降りて、どんな約束もどんな義務も思い出せない。でも、なにか言うと返事がある。（この地上には10）#k2fact348