メイキングオブ『「悪」と戦う』 No.13

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高橋源一郎 @takagengen

今日の予告編・1…こんばんわ。メイキングオブ『「悪」と戦う』も、今夜でお終いです。今日、本が店頭に並び始めたばかりなのに、ずいぶんたくさんの方から「読んだ」というお返事がありました。速いなあ。ほんとうは、静かにして、みなさんの読書の邪魔にならない方がいいのかもしれませんね。

2010-05-13 23:41:41
高橋源一郎 @takagengen

予告編2…こうやって出版の日に向かって一日一日期待を高めてゆくのは(いちばん楽しみにしているのは作者のぼくなんですから)、もしかしたら、昔を思い出しているからかもしれません。本を読み始めた頃、みんな「ああ、『洪水はわが魂に及び』の発売まであと何日だろう」なんて思っていたものでした

2010-05-13 23:47:49
高橋源一郎 @takagengen

予告編3…『「悪」と戦う』について必要なことはもう書いてしまいました。だから、今晩は、小説家はなぜ小説を書こうとするのか、をお話しするつもりです。たぶん、長くはならないでしょう。とてもシンプルなことだから。そして、最後は、ぼくの好きな詩人のことばを「全文引用」したいと思っています

2010-05-13 23:52:30
高橋源一郎 @takagengen

予告編4…いままでも一度、ル=グインを「全文引用」しましたね。ここで話されるのはぼくのことばじゃなくなったかまわない。もう言いましたよね。ぼくは、ことばが、この公共空間の海に贅沢に放流されるのを眺めるのが好きなのです。ある意味で、それは小説という形でしていることでもあるのですが。

2010-05-13 23:55:34
高橋源一郎 @takagengen

予告編5…では、あと数分ですね。24時に、お会いしましょ。

2010-05-13 23:56:42
高橋源一郎 @takagengen

メイキングオブ『「悪」と戦う』13の1…小説家は、ただ小説を書きたいから書くのです。ほとんどの小説家はそうであるように、ぼくもそうにちがいありません。けれど、少しだけ異なった言い方をできるような気がする時もあります。それは要するに、過去に贈られたものを未来へ贈りたいということです

2010-05-14 00:02:39
高橋源一郎 @takagengen

メイキング13の2…それは別に「ぼく」である必要もないのです。一つの暗い部屋で、ひとりの人間が死の恐怖に怯えている。誰も彼を慰めることはできず、彼は、自分はこのまま狂って死ぬのではないかとおののく。けれど、それはすべて彼の内側で起こっていることで、誰もそれを理解できないのです。

2010-05-14 00:06:46
高橋源一郎 @takagengen

メイキング13の3…けれど、ある時、その彼の「内側」にことばが贈り届けられる。誰も知らないはずの、「内側」の扉を、外からなにかが押し広げて。そして、初めて、彼に安堵の夜が訪れるのです。およそ、小説のことば、文学のことばは、そのようなものであるべきだ、とぼくは考えているのです。

2010-05-14 00:10:46
高橋源一郎 @takagengen

メイキング13の4…死の恐怖に囚われた少年の、内側の堅い壁をこじあける、強い力。壁を壊し、震える少年を抱きとめることのできることば。ぼくもまた、そんなことばによって、救出されたひとりでした。だから、り願わくば、ぼくのか細いことばが、ばらばらに飛び散り、遥か未来どこかにいるはずの…

2010-05-14 00:17:19
高橋源一郎 @takagengen

メイキング13の5…少年の助けになることができますように…誰かに贈られたものによってぼくは生きた、だからぼくも、そのようなものを贈ることができるようになりたい、ぼくが小説を書きたいと思いつづけてきた最大の理由は、それなのかもしれません。『「悪」と戦う』がそんな小説でありますように

2010-05-14 00:21:02
高橋源一郎 @takagengen

メイキング13の6…これから先は「全文引用」です。でも、とても有名なことばでもありますね。リルケの「若き詩人への手紙」です。本屋に行けば文庫もある。でも、いいでしょう。路上演奏では他人の曲だって歌うのです。それに、いまや、誰でも知っているようなものではないのかもしれませんしね。

2010-05-14 00:26:11
高橋源一郎 @takagengen

13の7「あなたは、自分の詩がいいものなのかとわたしに尋ねます。わたしに尋ねる前は他の人たちに尋ねました。あなたは詩を雑誌に送り、他人の詩と比較なさった。そして、あなたの試作が編集者に拒まれると、不安を感じるのです。だから、わたしはそういうことを一切を止めるよう言おうと思います」

2010-05-14 00:32:01
高橋源一郎 @takagengen

13の8「あなたは外部を見ているのです。それは何よりもまず、いましてはならないことなのです。誰も、あなたを助けることはできません。誰も、決して。ただ一つ、方法があるだけです。深く考えなさい。あなたのもっとも深い場所で。あなたに書けと命ずる根拠があるかを。それがあなたの心の最も…」

2010-05-14 00:38:38
高橋源一郎 @takagengen

メイキング13の9「深いところで根を張り伸ばしているかどうかを調べなさい。書くことを拒まれたら、死ぬしかないと言えるかどうか、白状してごらんなさい。なによりもまず、夜の最も静かな時間に、ほんとうに書かずにはいられないのか、と自分に尋ねなさい。心のなかを掘って深い返事を探しなさい」

2010-05-14 00:42:41
高橋源一郎 @takagengen

13の10「そして、もしその返事が『イエス』なら、もしあなたがこの真剣な問いに、『ぼくは書かずにはいられない』と力強く返事をすることができるなら、あなたの生活をその必然性に従い建てなさい。あなたの生活は、その最もつまらない、最も取るに足りない瞬間にいたるまで、そのやみがたい心の」

2010-05-14 00:47:24
高橋源一郎 @takagengen

13の11「動きのしるしになり、証言にならなければなりません。自然に近づきなさい。、あなたが見、体験し、愛し、失うものを、最初の人間のようになって言いあらわす努力をなさい。恋愛詩を書いてはなりません。最初は、よく知れわたった月並みな形式はお避けなさい、そういうものこそ…」

2010-05-14 00:51:07
高橋源一郎 @takagengen

13の12「むずかしいものなのです。たくさんの輝かしい作品がある場所で独自なものを産み出すには、大きな成熟した力が必要です。だから、一般的な主題を避けて、あなた自身の日常生活が提供する主題を選びなさい。自分の悲しみや望み、あぶくのような思い、そして見知らぬものへの信仰を描きなさい

2010-05-14 00:56:02
高橋源一郎 @takagengen

13の13「これらすべてのことを、心からの静かな謙遜と誠実をこめて、描きなさい。そして、自分の心を言いあらわすためには、あなたの周囲の事物、あなたの夢の形、あなた自身の思い出を使いなさい。もし自分の日常が貧しく見えるなら、日常を非難しないで、自分を非難なさい。自分は優れた詩人…」

2010-05-14 01:00:00
高橋源一郎 @takagengen

13の14「…ではないから、日常の豊かさを呼び出すことができないのだ、と白状しなさい。創造する人には、貧しさというものも、貧しくてどうでもよいというような場所もないのです。もしあなたが牢獄につながれて、牢獄の壁が世の中のざわめきをすこしもあなたの五感に伝えることができなくとも」

2010-05-14 01:03:17
高橋源一郎 @takagengen

13の15「あなたには、あなたの幼年時代という、。貴重な、王者のような富、この思い出の宝庫があるではありませんか。そこへあなたの注意をお向けなさい。このはるかな過去の沈んだ感動を浮きあがらせるようにお努めなさい。そうすれば、あなたの個性は強くなるでしょう。あなたの孤独は広くなり」

2010-05-14 01:05:39
高橋源一郎 @takagengen

13の16「それはまるで、明るい住まいのようで、他の人々が起こす騒音はその住まいの遠くを通りすぎるだけでしょう……そして、この内部への転向から、自分の世界への沈潜から、詩が生まれ出るとするならば、あなたは、それがよい詩かどうか、と誰かに尋ねてみようとは考えないでしょう」

2010-05-14 01:09:56
高橋源一郎 @takagengen

13の17「あなたはまた、雑誌に、こうしたあなたの作品に興味を持たせようと試みたりもしないでしょう。なぜなら、あなたはこれらの作品を、あなたが生まれながらに持っているもの、あなたの生命の一片であり声であると考えるようになるはずだからです」

2010-05-14 01:12:48
高橋源一郎 @takagengen

13の18「芸術作品は、必然の結果になるものならば、よいものです。芸術作品が、いまわたしが述べたような場所からやって来たものであるかどうか、それを見るのが、芸術作品の判断で、それ以外に判断する基準はないのです。それゆえわたしはあなたにこう忠告するほかなかったのです、つまり……」

2010-05-14 01:16:13
高橋源一郎 @takagengen

13の19「深く考えなさい、あなたの生活が生まれてくる深みを吟味なさい。その時、あなたは、あなたの生活のみなもとで、創造しないではいられないかどうかという問いの返事を見いだすでしょう。その返事を、聞こえるがままに、解釈をしないで、受け取りなさい。もしかしたら、その時、あなたは…」

2010-05-14 01:19:02
高橋源一郎 @takagengen

13の20「芸術家とい天職を授かっていたことに気づくかもしれません。そのときは、その運命を引受けなさい、そして外部から来るかもしれない報酬のことは、けっして問題にしないで、その運命を、運命の重さと大きさとを、耐え忍びなさい」

2010-05-14 01:21:42