マリみてのワンシーンみたいな

まるで『パラソルをさして』の加東景さんの大家さんみたいなおばあちゃんに出会った話
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のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

さっき出くわした尊い出来事を虚実混ぜて小説にいたしますわ。 1/n 「百貨店はどちらかしら」 典子は丸の内の交差点で斜め下から話しかけられた。彼女の身長は158センチだから、その声を主はおそらく140センチあるかないか。 声の方に目をやると、老女が旅行カートを手に微笑んでいた。

2023-03-10 12:00:42
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

2/n (私に道聞く?金髪のいかにもヤンキーって感じよ?) そう思いつつ、典子は「うーん」と唸った。後方の自由通路をまっすぐ行って、突き当たりを右に曲がれば大丸です。簡潔にそう伝えてもよかったけれど、この人の多い東京駅で老女を1人にするのは不安だ。 「お連れしてもいいですか?」

2023-03-10 12:02:51
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

3/n 典子はとっさに老女に提案した。 すると老女は「いいのかしら……」と躊躇う。考えてみれば無理もない、ターミナル駅である東京駅で暇している奴なんかほぼいないのだから。 老女の戸惑いを押し切るように、「私、暇なんで」と典子は迫った。遠慮させないように、体はすでに八重洲側を向いている。

2023-03-10 12:05:22
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

4/n 典子の意思を察した老女がついてくる。 駅の段差に差し掛かり、典子は無言で老女のキャリーを持ち上げた。 老女の警戒が解けたのを、彼女も察する。 八重洲との自由通路を歩きながら、ぎこちなく典子は話しかけた。 「どちらからいらしたんですか」

2023-03-10 12:07:16
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

5/n 「仙台からね、来たのよ。東京駅も昔と変わっちゃって、困ってしまったわ」 丁寧な言葉遣いをする人だ、と典子は感じる。 東京の言葉を完璧に使いこなしているから、きっともともと東京にいた人なのだろう。 嫁入りで仙台に行った人なのだろうか。 「仙台の、何区ですか」 何の気なしに聞く典子。

2023-03-10 12:09:40
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

6/n お詳しいのね、と言わんばかりに「青葉区よ」と老女が答える。 「青葉区ですか。一番栄えているところですね」 「あなた!仙台にいらしたことあって?」 典子は地図を眺めるのが趣味だから知っているだけで、東北地方に行ったことはない。 「いえ……ただ、若林区に友人が住んでいまして」

2023-03-10 12:11:26
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

7/n 「あら、お友達は仙台駅の近くなのねぇ。いいわね、いつでも東京に行けて」 老女の声に少しだけ寂しさの色が滲んでいるように思えた。 典子は返す言葉が見つからなくて、黒塀横丁の前を通り過ぎる。 「……仙台、美味しいものいっぱいありますよね」 言うに事欠いて、食べ物の話題を振る。

2023-03-10 12:14:32
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

「そうねえ、牛タンを食べにいらっしゃる方が多いわ」 「私は仙台に行ったら、ずんだが食べてみたいです」 ずんだ、と聞いて老女の声がはずんだ。 「美味しいわよねえ、ずんだ!今は冷凍できるから便利なのよ」 しかしそのあと急に、彼女の声が沈む。 「……50年前も言ったのよ、食べにいらしてって」

2023-03-10 12:16:24
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

9/n 典子は50年前の老女を想像した。 女学校を卒業して、就職した頃だろうか。老女の喋り方はとても上品だから、どこかのお嬢様学校の出身かもしれない。 それから、典子は老女の格好を改めて見る。 仕立てのいいジャケットにスカート、シルクのスカーフ。誰かに会いに行く格好だ。

2023-03-10 12:18:53
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

10/n 不躾だと知りながらも、典子はぽろっと質問をこぼしてしまう。 「お久しぶりに会われるんですか」 老女はハッとしてから、目尻の皺を深くした。マスクを二重にしていてもわかる、はにかんでいるのだ。 おそらく大丸へはその人に渡す手土産を買うのだろうな、と典子は考えた。 もう大丸は目の前。

2023-03-10 12:21:47
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

11/n 典子はあえて、老女をお菓子売り場の目の前の入り口に連れて行った。 「ここから先はお店の方に聞いた方が早いと思います」 老女に向かって一礼すると、彼女が典子を呼び止めた。 「お待ちになって、お礼にずんだを送りたいの」 見返りがほしくて親切をしたのではない典子は、面食らう。

2023-03-10 12:24:06
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

12/n 「住所を教えてくださいな、もちろん悪用なんてしないわ」 恐縮だな、と典子が遠慮の言葉を口にしようとするのを、老女が止める。 「だって貴女、ずんだ食べたいっておっしゃってたもの。あの人は食べに来てくれなかったから、あなたには食べさせたいわ」 畳み掛けられた言葉に押し切られる。

2023-03-10 12:26:00
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

13/n 典子は鞄からノートを取り出し、万年筆で住所と名前を書いた。そのページを破って、老女に手渡す。 「送っても気にしないでほしいのだけれど、美味しかったらぜひ仙台に来て」 マスクの下で微笑む老女に、典子は彼女がその言葉を言いたい人は別の人だろうと感じた。 「それは……」

2023-03-10 12:27:57
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

14/n (足腰が元気なうちに、本当にあなたが仙台へ来てほしいと思ってる人に向けて言ってくださいよ) 典子はそう言いかけたが、言葉を飲み込む。 「はい、美味しいずんだを送っていただけたら、必ず食べに行きます」 典子と言います、とノートを受け取った老女に名乗りながら、未来の旅を約束した。

2023-03-10 12:30:27
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

15/n 老女が典子のお世辞にも美しいとは言えない字を見ながら、「おんなじ響きね、あの人と」とつぶやく。 そっか、と典子は心の中で返事をした。 あえて明確に老女の言葉に触れることなく、典子は「いいお買い物ができますように」と丸の内方面を向き直した。 これ以上立ち入るわけにはいかないから。

2023-03-10 12:33:47
のんのこ a.k.a 因幡篠 @nokosaaannn

16/終 もときた道を辿りながら、典子は老女が東京でいい思い出を作ってくれることを願った。 (私も同じ思いをすることがあるだろうか?きっと今の人は「自分と同じ思いをする人なんて、今後いないほうがいい」と思っているだろうけど) だったら、と典子は歩を早めて、仕事場に向かった。

2023-03-10 12:37:12