差別と闘い続けたウイルス研究者:共生ウイルス学の展開 第一回
- shingonkichi
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㉖〈系統樹による原型仮説の検討〉ある時院生と私との間で次のような問答が始まりました。院生「人類の祖先は原型調節領域を持つJCVに感染していたかしら」私「JCVの分子系統樹を作れば答えは出るね。但し、『原型仮説を系統樹解析により検討する』というテーマの方が面白いね」こんな会話が基になり
2023-03-22 12:37:33㉗ 進化学的な手法を用いて原型仮説を検討する研究が始まりました。〈原型仮説とは〉以下では「JCV版の原型仮説」を「原型仮説」と言います。同仮説は以下の5項目から成り立っています。⑴ ヒト集団の中で循環しているJCV(原型JCV)は、高度に保存された調節領域(原型調節領域)を持つ。⑵ PML患者
2023-03-22 12:37:34㉘ の脳に由来するJCV(PML型JCV)は多様な調節領域(PML型調節領域)を持つ。⑶ PML型調節領域は原型調節領域から欠失と重複または欠失のみによって作られる。⑷ 上記の変化はJCVがヒトに持続感染している間に起きる。⑸ PML型JCVはヒト集団に戻らず、患者と共に生涯を終える。⑴~⑶を裏付けるデータは
2023-03-22 12:37:34㉙ 既に示しました(図2と図3)。今回は⑷と⑸を系統樹解析で確かめようとしました。〈原型クローンとPML型クローンの収集〉北村先生のご尽力で、免疫抑制を受けていない日本人、台湾人、ドイツ人、オランダ人の尿が収集され、医科研のメンバーによって尿から全長JCV DNAクローンが樹立されました。
2023-03-22 12:37:34㉚ PML患者の脳由来の全長JCV DNAクローンは北大の長嶋教授のグループが樹立したもの(Tokyo-1、Sap-1)、彼らと私たちが共同して樹立したもの(NY-1B)、合計3クローンが利用可能でした。アメリカ人PML患者の脳由来の全長JCV DNAクローンは3クローン(Mad-8、Mad-11、Her-1)が米国のFrisque博士
2023-03-22 12:37:35㉛ から分与されました。系統樹解析に用いた全14クローンを表1に示しました。〈系統樹による原型仮説の検証〉以下ではクローンを株と言い換えますが、暫くしてからクローンに戻ります。Mad-1株(M1と略記。他の株も表1に示した略称で表す)のVP1遺伝子(1,065塩基対)の塩基配列は日本DNAデータ pic.twitter.com/rnS76tpy1j
2023-03-22 12:37:35㉜ バンク(DDBJ)から得ました。他の株のVP1遺伝子の塩基配列は北里大学から派遣された修士課程の院生、飯田孝子さんが決定しました。14株のVP1遺伝子の塩基配列を用いて、UPGMA法(非加重結合法の略称)により分子系統樹(図4)を作成しました。系統樹の特徴は以下の通り。⑴ 健常人と非免疫抑制 pic.twitter.com/G484rhar32
2023-03-22 12:37:36㉝ 患者の尿由来の原型株も、PML患者の脳由来のPML型株も、二つの型(A型とB型)に分かれた。⑵ A型では(G3、N1、NY)、(M1、G2、M11)が、B型では(N4、M8)、(S1、MY、T1)がそれぞれグループ(クラスター)を形成した。各グループは原型株もPML型株も含んだ。〈系統樹解析の結論〉⑴ VP1遺伝子を
2023-03-22 12:37:36㉞ マーカーとした系統樹解析によって、PML型株は起源が多発生的であると結論した。この結論は「PML型JCVはヒトに持続感染している間に原型JCVから作られる」と言う原型仮説の第四項を支持する。⑵ 同系統樹解析によって、PML型株が独自の系統をつくらないことが示された。このことは「PML型JCVは
2023-03-22 12:37:36㉟ ヒト集団に戻らず、患者と共に生涯を終える」と言う原型仮説の第五項を支持する。〈PNAS誌に論文を投稿〉上記の知見を基に、私は進化学的にPML型JCVの起源を検討した論文を執筆し、論文を米国科学アカデミー会員、大野乾先生(カリフォルニア在住)へ送り、米国科学アカデミーの機関誌(PNAS誌)へ
2023-03-22 12:37:37㊱ の投稿をお願いしました。大野先生は論文(特に要旨と序論)に加筆した上で、疫学の専門家と系統樹解析の専門家に審査を依頼しました。両専門家は私たちの論文に高い評価を与えてくれました。但し、系統樹解析の専門家から、系統樹解析は別の方法でも行うべきだと言うコメントが寄せられました。
2023-03-22 12:37:37㊲ しかし、この専門家は、「データを近隣結合法で解析してみたが、結果はUPGMA法を用いた著者らの結果と同じだった」とコメントしてくれました。そのため、私たち自身は近隣結合法による解析を行わず、「データを示さず」と言う形で専門家が得た結論を改訂稿に記載させて頂きました。程なく大野先生
2023-03-22 12:37:38㊳ から「論文は専門家の審査を“堂々と”パスした」という知らせが届きました。論文情報は以下の通りです。Iida T et al.1993. Origin of JC polyomavirus variants associated with progressive multifocal leukoencephalopathy. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5062-5065。〈原型仮説の評価と新分野
2023-03-22 12:37:38㊴ の開拓〉原型仮説は多くのJCV研究者に支持されましたが、アメリカのE.O. Major博士は「紙に描いた仮説にすぎない」とFields Virology(著名なウイルス学の参考書)で強弁し続けました。しかし、2013年発刊の同参考書にはそのような記載は消えて、原型仮説は世界中のJCV研究者によって事実として認め
2023-03-22 12:37:38㊵ られました。ところで図4の系統樹はもう一つ別の興味深いことを示唆していました。A型の全部の株とB型の一部の株(N4とM8)はヨーロッパまたは米国の人々から得られ、B型の株の多くはアジアの人々から得られました。このことは、JCVの進化はヒト集団の分化と密接に関係があることを示していると
2023-03-22 12:37:39㊶ 思われました。私と北村医師は「JCVの進化とヒト集団の関係」を解明することを決意し、世界各地からの尿の収集を始めました。 第二回へ続く
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