リスク比較とリスクホメオスタシス理論についての井戸端会議

主婦同士の会話です。せっかくなので記録としてまとめました。
心理
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放射能とタバコのリスク比較についての会話

まろきあ~好きなように呼んでください @MAROKIAT
.@HayakawaYukio さんの「放射能とタバコのリスク比較を許容するか」をお気に入りにしました。 http://t.co/pxwk7OUP
まろきあ~好きなように呼んでください @MAROKIAT
ふーん。リスク比較はその人の政治的立ち位置とか人間性とかその背景が分かってからでないと比較対象を選択した意図を勘繰ってしまうからコミュニケーションとしては難易度高いって事かしら。
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交通事故での負傷者数は去年91万人だそうだ。食中毒は2万6千人。だから食中毒なんて交通事故に比べればどうってことない。車にこそ気をつけようよ。とはならないよな。なのに被曝との比較になると被曝なんて大したことない、となるのは何でだ。
まろきあ~好きなように呼んでください @MAROKIAT
根拠がどうだ科学的にどうだってもううるさいわ。「おかしい」って感じてるんだからおかしいんだよ。おかしいと感じるんだから調べろ。所詮人類如きの稚拙な現知識で「有り得ない」から「おかしいと感じる方がおかしい。おかしい事はない」にするな。本末転倒に気付かない方が愚かなんだよ。
まろきあ~好きなように呼んでください @MAROKIAT
交通事故に合う確率と被曝による癌発症の確率を比較して大したことないとなるのは何故なんだろう。さっき書いた食中毒に合うのは交通事故に合う人の3%。でも皆交通事故にも食中毒にも気を付けるでしょ?いくら比較されたって交通事故にも被曝にも気を付けるのが当たり前だよ。
まろきあ~好きなように呼んでください @MAROKIAT
やっぱり目に見えない、すぐに健康に影響しないっていう掴みづらいものだから数字だけ見て安心しちゃうのかな?食中毒はあたる確率は低いのに極力避けようと対策するのはすぐに影響出るから、ってのが元な気がする。
まろきあ~好きなように呼んでください @MAROKIAT
今や煙草は最も身近な猛毒扱いなのかもしれない。
まろきあ~好きなように呼んでください @MAROKIAT
RT @HayakawaYukio: 比較対象として適切かそうでないかの意識は、私にまったくありません。何人にひとりが死ぬのか、 それしか意識してません。これこそがリスク評価であって、それ以外の要素を入れることはリスク評価の段階ではすべきでないとまで思います。
まろきあ~好きなように呼んでください @MAROKIAT
科学者としてはそうあるべきだしこの方はそうだと分かる。評価としてはいいけど、それをリスクコミュニケーションのツールとして使う際には色々と面倒なんだろうな。ややこしくしてるのは中川あたりのせいって気もするが。
中林 香🇩🇪 ⁷ @kaokou11
.@HayakawaYukio さんの「放射能とタバコのリスク比較を許容するか」をお気に入りにしました。 http://t.co/WzTtezGk
中林 香🇩🇪 ⁷ @kaokou11
@A_laragi あららさんはリスク評価にベネフィットのあるものとの比較を持ってくるとリスクの目標水準に属性による差が生じることを危惧されているように感じました。タバコにベネフィットがある人にとっては放射能リスクが1日5〜6本と同等ならたいしたリスクではないと感じるかも…。
中林 香🇩🇪 ⁷ @kaokou11
@A_laragi これからリスクの目標水準についていくつかツイートします。メンションはしませんので、興味があったら読んでみて下さい。
中林 香🇩🇪 ⁷ @kaokou11
リスクの目標水準とは、ジェラルド・J・S・ワイルドが「交通事故はなぜなくならないか リスク行動の心理学」で「その値でベネフィットとコスト(危険の知覚を含む)の差が最大化するとその人が信じる主観的なリスク水準である」と定義している考え方です。
中林 香🇩🇪 ⁷ @kaokou11
タバコや交通場面などは人によってベネフィットの大きさに個人差が大きいので、リスクの数値の比較だけではなく別の要因の影響が懸念されます。タバコをリスクだとしか思っていない人には同じリスクでしかありませんが、愛煙家はタバコの比較だと逆に許容しやすくなりかねないということだと思います。
中林 香🇩🇪 ⁷ @kaokou11
現在、放射能は受容することによる健康被害というコストと、食品の選別や移住などのコストというネガティブな要因だけを比較してシな方を選択するというリスク行動しか選べません。国民はベネフィットが全くない状況で何を最大コストとしてどういう行動を選ぶかという苦しい状況を強いられています。
中林 香🇩🇪 ⁷ @kaokou11
その苦しい状況の中で、ある属性の人々にとってはベネフィットの大きなリスクを比較対象として持ってくることによって、リスクの過小評価が生じる可能性はじゅうぶんにあると思います。スク比較としては武田先生の青酸カリとの比較が過激ではあるものの一般には理解しやすかったと私は思います。
まろきあ~好きなように呼んでください @MAROKIAT
話がごちゃごちゃになってる気がする。普通に喫煙による発癌率が○倍、みたいなのをリスク評価として取り入れるのは普通にありだと思うけど。けど「煙草一日○本と同程度(だから安全or危険)」という事になると客観性に疑問が出てくるからコミュニケーションとしては不適格って事ではないのかな。
まろきあ~好きなように呼んでください @MAROKIAT
客観性に疑問というより恣意性、政治性か。
まろきあ~好きなように呼んでください @MAROKIAT
ん?煙草が癌の原因というコンセンサスがあるから煙草との比較が出てくるんじゃないのかな?だから被曝による発癌リスクの場ではおかしくないと思ってたんだけど。それ以外だと場違いだけど。
中林 香🇩🇪 ⁷ @kaokou11
@MAROKIA4 うん、発癌リスクの数値的比較というだけで考えれば比較は可能だと思うんだけどね。じゃあ、その発癌リスクを知りながらタバコを吸ってる人にとって、そのリスク数値は行動にどういう影響を与えてるの?って事を考えると愛煙家にとって比較が安心材料になりかねないという問題が。
まろきあ~好きなように呼んでください @MAROKIAT
そうそう。なのでコミュニケーションにおいては不適当かなと。煙草の発癌率は数値化されてるし評価では妥当だけど、コミュニケーションとして伝える場合はリスク観がまちまちだし伝える側の「だから大したことない」みたいな恣意性生まれちゃうし。@kaokou11
中林 香🇩🇪 ⁷ @kaokou11
@MAROKIA4 嫌煙家の人からすればこの数値は大きな意味を持つんだけど、愛煙家は自殺するつもりでタバコ吸ってるんじゃないんだよね。癌になる人もいるかもしれないが自分は(まだ)大丈夫、この数値なら全員じゃないし…って数値を過小評価してるわけで。そうじゃないとタバコ吸えないはず。
まろきあ~好きなように呼んでください @MAROKIAT
でも評価がそれを見た市民にどう映るかってのは微妙にリスクコミュニケーション含んでるしねぇ。ただ全てそれ考慮してると評価出来なくなっちゃうし。@kaokou11
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