10周年のSPコンテンツ!
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y2k000 @y2k000
まあ、ハンタハンタについて備忘録・元は@izuminoさんと駄弁った中で出てきたまとめ的な。ウロ覚え的な。
y2k000 @y2k000
ハンタハンタ:冨樫義博のキメラアント編で観られた「生きること」についての凶暴なテーマについては、http://t.co/kmDz3Z3Yの関連までを参照。冨樫論としては、やはり「ゲーム」を中核にすべし、ということ。
y2k000 @y2k000
ハンタハンタ:ハンタハンタにおける「悪」とはなにか? それは「ゲーム」を「楽しむため」にではなく、「生きるために」利用することだ。G.I編では、生きるためにG.Iの仕組みを利用するものはだいたいひどい目にあう。しかし、ボス級であるゲンスルーがある種「悪」たりえてながら、
y2k000 @y2k000
身内思いな面を見せることで、どこか複雑な味を感じさせるのは、彼が「ゲームを利用していながら、一緒にゲームを遊ぶ仲間内で楽しんでいるから」だ。無論、彼のとった手段はクズで、いじめ的なやり口なので、それ故に純粋なゲームプレイヤーではなく、「悪」であるとなるのだけど。
y2k000 @y2k000
んで、キメラアント編から突如出てきて、なんかゴンの宿敵っぽいオーラが出てるジャイロ。何故、彼があそこまで対立的な描かれ方をするかというと、オレはそれを@izuminoさんが「ハンターの根本」から着想して、「マンモスの肉と牙」論を唱える。これについては、義理があるので詳しくは後日。
y2k000 @y2k000
簡単に言うと、ゴンは「ゲームそのものに楽しみを覚える」が、ジャイロは「ゲームそのものが楽しくない。ただ実利を得る手段」として認識しているという差異。この違いが、コントラストになって二人が宿敵たりえるのだろう、ということ。
y2k000 @y2k000
まあ、ゴン←→ジャイロについては時期尚早だよね。さて、冨樫義博といえば「ネームの神」認定が近年よく聞くけど、これがオレの中では未だに得心がいかない。ファジーすぎる。なにが上手いのか、教えて欲しいよねえ。
y2k000 @y2k000
オレは冨樫の描き方の上手さは、とにかく「コマから繰り出す情報の省き方」にあると思う。日常っぽいマンガなんかがそうであるように、みっちり描き込むことで読者の読み解く速度が落ちる。時間の流れが遅くなるんだと。
y2k000 @y2k000
で、冨樫義博の場合、例えば背景を描き込む、描き込まないの選択レベルじゃなくて、もうそれすらも副次的なものでしかない。「とりあえずこういうコマを置いておく。画を乗せておくから状況分かるよね?」と読者が読んでくれることを望む。ある意味、読者のリテラシーに預けてしまう。
y2k000 @y2k000
非常に記号的。その辺がハンタハンタのエヴァっぽさ、でかつ外典を利用しないエヴァを乗り越えた「物語としての豊かさ」につながっているし、庵野秀明を思わせる記号の使い方に通じる。しかし、冨樫そのものには庵野のような屈折は少ない。マンガに対して屈託がない。
y2k000 @y2k000
屈託がない、というか自分の表現したい「ゲーム/バトル/図式≒構図(レイアウト)」の手段としてしかマンガを観ていない、マンガにこだわりがないのかもしれない。
y2k000 @y2k000
その辺が、週刊少年ジャンプというマンガの商業的メインストリームにあって、商業性というかサービス精神を喪わずに、エクストリームさを求める理由なのかな、と。

イルミとヒソカがアルカを殺すとかなんとか言ってる話を見て、

y2k000 @y2k000
今週の「ハンタハンタ」であらわになったテーマが面白い。コミュニティの存続と一人の命を秤にのせて、ゲームさせるとかほんとに悪趣味よね。
y2k000 @y2k000
だいたい冨樫義博というのは、マフィアというかヤクザというか、そういう団体行動するアウトローの価値観が好きだ。それは彼が「ゲーム」という内向きのロジックとルールを愛するから、同じように「現実」と異なるが、「現実」と確かに地続きになっているなにか歪な世界観と親和性があるのだろう。
y2k000 @y2k000
アルカ編については、ものすごく面白いのよね。ある個人の願いを達成することで、コミュニティ=シャカイの危機が発生する。ノワール物、ヒーロー物なんかでもよくある展開。オレはこれを「(立証困難な)正義と(計上可能な)犠牲のバーター」と呼んでいる。
y2k000 @y2k000
この辺について、自覚的によく語っているのが宇野常寛で、彼の「ゼロ年代」や「リトル・ピープル」もタイトな社会構造についての話である。だから、彼がニコ生放送で、「ハンターハンター」について語ると聞いて、なるほど妙味があるな、と感じ入ったものである。
y2k000 @y2k000
あ、そうそう。ハンタハンタ駄弁り続き。さて、選挙編のモチーフは当然アレである、という話もした。(これも後日)。選挙編では、「そもそもハンターとは何か?」についてバリストン=「ゲームを楽しまない」「敵」を通じて、語るのだと思う。
y2k000 @y2k000
ところで、ハンタハンタ備忘録ラスト:バリストンとはなにか? という話。組織を活用する彼であるけど、そも作中にあってハンターとはなにか? という所まで遡ると、「ゲームを楽んでいない彼」と「ゲームを楽しみたいジン」とは対比になるし、やはりハンタハンタの本質を書いている。
y2k000 @y2k000
後、なんだっけ。ああ、そうそう。ゴン=アクティビティ系のゲーマーで、キルア=部屋ゲーマーの対比で、「自然児、文明に行く」ってことよね、とか。その意味では、ライオンキング的な、ジャングル大帝的な、ビルドゥングスなんだと。
y2k000 @y2k000
んで、今キルアが部屋に閉じ込められるホラーっぽい世界なのは、彼自身が引きこもり系なのと、その前に繰り広げられたキメラアント編が、それまでジョジョから派生した「設計主義的」箱庭から「進化論的」種としての試行錯誤がある開放された世界を描いたので、むしろ狭さを演出したかったんだろーね。
y2k000 @y2k000
つまり、現在進行の話というのは、キメラアント編からはじまったルールありきの世界ではない、試行錯誤や不条理が横行する「念」とは別体系の世界=アルカ編と、「そもそもハンターとはなんなのか?」という「ゲームをプレイする事業主/高等遊民」の相対的なテーマを扱う選挙編に分かれてるのだ。

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