ワシーリー・グロスマンの『人生と運命』とその周辺

みすずのPR誌に寄せたワシーリー・グロスマン『人生と運命』の書評 「二つの全体主義に抗して」:①http://p.twipple.jp/5PL92http://p.twipple.jp/5K4SX 【関連まとめ】「ホロコースト否定論と『黒書』の意義」(http://togetter.com/li/635910
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直立演人 @royterek

ウクライナで大飢饉が起きているあいだ、ソ連はその肥沃な黒土で実った穀物の輸出を大々的に行っていた。作家たちは、農業集団化の成功を大々的にかき立てるプロパガンダに動員された。グロスマンも大飢饉のさなかに故郷ウクライナを訪れ路上で餓死する人々を目の当たりにしたが、沈黙する他なかった。

2011-11-24 02:02:29
直立演人 @royterek

著名なドキュメンタリー映画作家のフレデリック・ワイズマンには『最後の手紙』(The Last Letter)という作品がある。これは私の知る限り、ワイズマンが撮った唯一のドラマ化作品だ。『最後の手紙』の原作はワシーリー・グロスマンの『人生と運命』からの抜粋(第一部18章)である。

2011-11-24 15:51:57
直立演人 @royterek

フレデリック・ワイズマン監督作品『最後の手紙」(The last Letter)、関連URL:http://t.co/0T3pfelahttp://t.co/W492G2E2http://t.co/x6o4ivgI

2011-11-24 16:40:05
直立演人 @royterek

『最後の手紙』の原作である『人生と運命』の第一部18章は、ナチス占領下のウクライナのゲットーに閉じ込められたアンナ・セミョーノヴナというユダヤ人女性から、独ソ戦の勃発とともにモスクワからカザンに疎開した物理学者の息子ヴィクトル・シュトルームに綴られた手紙の全文である。

2011-11-24 15:55:37
直立演人 @royterek

シュトルームは作者グロスマン自身の分身であり、アンナ・セミョーノヴナのモデルはベルディーチェフでナチスに殺害されたグロスマンの母である。つまり、グロスマンはここで、「大地に横たわり自ら語ることのできない人々の代わりに語る」という自らに課した責務を遂行したことになる。

2011-11-24 16:03:35
直立演人 @royterek

母親の末期の想いを綴ったこの章はすべてグロスマンの創作だが、この「手紙」から溢れ出ているリアリティの鍵は、死にゆく者のモノローグという形式自体がもつ高度な対話性にあるように思われる。「手紙」の作者であるグロスマンは、いわばメッセージの送り手であると同時に受け手にもなっているのだ。

2011-11-24 16:09:39
直立演人 @royterek

この「手紙」を通じて、作家と亡き母ととの永久に閉じられることのない対話に読者である我々も引き込まれる。この親密な対話に立ちあうことになった読者は、「ホロコースト」という抽象化された経験ではなく、死を前にした具体的な一個人の心理状況を再現することを迫られることになるのである。

2011-11-24 16:13:04
直立演人 @royterek

フレデリック・ワイズマンは、グロスマンの「手紙」をまずは完全な一人芝居として舞台化し、アンナ・セミョーノヴナ役にフランスの国民的女優カトリーヌ・サミーを起用した。舞台上には二枚の衝立があるのみで、実際にはカトリック教徒のサミーが、黄色いダビデの星を縫い付けた灰色の衣装で登場する。

2011-11-24 16:16:13
直立演人 @royterek

すべてが削ぎ落とされた異色の舞台は、2000年より世界の各都市で上演され衝撃を与えた。その後ワイズマンは、サミー演じる素の舞台を、複数のカメラを使った他は特殊効果を一切排除した61分間の映像に収めた。『最後の手紙』(2003)はカンヌに出品された後、世界各地で上映され続けている。

2011-11-24 16:20:13
直立演人 @royterek

「アウシュヴィッツ以後に詩を書くことは野蛮である」というアドルノの言葉を持ち出すまでもなく、ホロコーストのような「表象の不可能性」の前で、生者に連なるわれわれは、ただただ言葉を失うばかりである。

2011-11-24 16:23:30
直立演人 @royterek

だが、ホロコーストのように想像を絶する極端な悲劇を風化させぬためにわれわれがなすべきこともまた限られている。それは、死者と生者とのあいだに絶対的に横たわる深淵を埋めようとする想像力をつねに鍛え、更新しておくこと、いうならば、「表象の不可能性」に挑戦し続けることではなかろうか。

2011-11-24 16:27:44
直立演人 @royterek

ワイズマン監督の『最後の手紙』はフィクションを元に製作された唯一の作品だという。これもまた、グロスマンの小説における描写が喚起するリアリティや説得力を示す一例と言えるが、「表象の不可能性」が叫ばれる今日ほど文学的想像力の回復が要請される時代はないという逆説も物語っていると感じる。

2011-11-24 16:34:24