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☪常岡浩介☪元容疑者 @shamilsh
今回もウクライナが善、という単純な話ではないという…:酷過ぎるウクライナにおけるLvovポグロム/市民によるユダヤ人虐殺(1941年) - NAVER まとめ http://t.co/RPwsHgRdM1
直立演人 @royterek
この記事は記述に非常に問題があるので、あまり拡散されない方がよいと思います。最悪なのは、当時のソ連が事実上のユダヤ人の支配体制でウクライナ飢饉の加害者だったという記述。これはナチのプロパガンダそのものであり、まったく容認しえません。@shamilsh @yu_miri_0622
直立演人 @royterek
「あまり拡散されない方が」と書きましたが、そもそもまったく拡散されない方がいいです。「ユダヤ・ボリシェヴィズム」神話はナチを筆頭に、世界中の反ユダヤ主義者たちによって拡散されてきました。日本でも戦前から現在に至るまでかなり根強いです。@shamilsh @yu_miri_0622
直立演人 @royterek
もう一つ、「6万人のユダヤ人が市民によって殺害された」という見出しも誤解の余地があります。即席のウクライナ人民兵や一部の市民もポグロムに関与したことはもちろんですが、当然、ナチの占領下でその殺戮部隊の指導と扇動の下で行われたものです。@shamilsh @yu_miri_0622
直立演人 @royterek
この「酷過ぎるウクライナにおけるLvovポグロム/市民によるユダヤ人虐殺(1941年) 」というまとめ(http://t.co/MN62GEaVDi)のレトリックは実に奇妙であるが、日本人に特有の歴史的ナイーヴさが際立っていてかえって興味深い。
直立演人 @royterek
このまとめ主は一方で、独ソ戦におけるナチの最強・最悪の反ユダヤ・プロパガンダであった「ユダヤ・ボリシェヴィキ」神話を完全に鵜呑みにしており、それによって、彼が明らかに批判したがっていると思われるウクライナの極右ナショナリストの歴史認識の無視できない一部を共有してしまっているのだ。
直立演人 @royterek
他方でこのまとめは、リヴォフのユダヤ人が基本的にナチ占領下で虐殺されたという事実に一切触れずに、「6万人のユダヤ人が市民によって殺害された」「政府や軍隊によって行われた迫害ではない。これは市民によって起こされた事件である」などと、まるですべてが市民主導だったかのように書いている。
直立演人 @royterek
それどころか、このまとめには「ナチ」という言葉は一度も現れない(!)。この地域の歴史について何も知らない人がここだけ読んだら、あたかも政治的空白の中で、ウクライナ人市民が暴徒化してユダヤ人を6万人も殺したかのように当然理解されてしまうが、まったくとんでもないことである。
直立演人 @royterek
とはいえ、とりわけ人為的な大飢饉で何百万人もの人を殺されているウクライナ人は、ソ連共産党に正当な恨みがあったことはたしかではあるし、また、ナチの占領と扇動によって虐殺が初めて可能になったとはいえ、極右ウクライナ民兵の極悪非道振りの大罪が相対化されてはならないことはもちろんである。
直立演人 @royterek
それゆえ、リヴォフをはじめとする西部ウクライナのガリツィア地方でのユダヤ人虐殺にとりわけウクライナ人コラボレーターの存在と残虐さが際立っていたことは間違いなく、その点を強調したくなった気持ちはわからないこともない。
直立演人 @royterek
しかしだからといって、まるで言及しないことでナチという決定的な外在的要因を極小化するだけでなく、そのプロパガンダを無批判に踏襲してしまったとなると、重大な問題である。しかもそれによって、まとめ主が批判したがってるらしい極右ウクライナ民族主義者の主張さえも肯定してしまっているのだ。
直立演人 @royterek
実のところ、1941年夏のリヴォフ(リヴィウ)でのユダヤ人虐殺の詳細と性格については、古くから論争の的になってきた。http://t.co/AIS7tdBQOs 初期二つのポグロムがウクライナ民族主義者の報復という性格が強いことは間違いないが、ナチと無関係だったことは考えにくい。
もうれつ先生 @discusao
@royterek @mitemiruo そのまとめ作成したpalezioって、「アンネの日記捏造説」を紹介したまとめも作ってるヤツだね。 http://t.co/Eq2DF00An5
直立演人 @royterek
ともあれ、これ(http://t.co/V5TeSifPK4)が書いてる(純粋な)「市民」のポグロムがあり得たとしても、それはこのまとめが冒頭で言及している二つの最初期のポグロムに限られ、その犠牲者数は2000〜最大約1万人規模であって、6万人はナチ占領下の全犠牲者数なのである。
直立演人 @royterek
なお、ユダヤ人側のホロコースト研究の権威であるヤド・ヴァシェムの見解では、1941年6月〜7月にかけてのポグロムでリヴィウ及びその近郊の町のユダヤ人約4000人が、ナチの指導下で結成された、ウクライナ民族主義者から構成されたNachtigallt大隊などに殺害されたとされている。
みる男 @mitemiruo
@discusao @royterek http://t.co/srQfBYQCnS 最近のページだけ流し読みしたがロシアと海外情勢とユダヤ問題に興味あるみたいです こんなのも ウクライナ情勢へと続くロスチャイルドと黒海の利権 http://t.co/aEWq19abTb
もうれつ先生 @discusao
ああ、ねぇ…コテコテの陰謀論。吉本新喜劇のノリのプロパガンダってのが2014年の先端ってことなんでしょうかね?QT @mitemiruo ウクライナ情勢へと続くロスチャイルドと黒海の利権@royterek
直立演人 @royterek
でもって、このナチとの接触を通じて結成されたNachtigall大隊(http://t.co/C9idhRPy1l …)の中心人物が、UNA-UNSO、「右派セクター」、スヴォボダなどの極右ウクライナ民族主義者たちに英雄視されているStepan Banderaという人物である。
直立演人 @royterek
うわ、完全にアウトや。@discusao:そのまとめ作成したpalezioって、「アンネの日記捏造説」を紹介したまとめも作ってるヤツだね。 http://t.co/BavDGR0oF3@mitemiruo
直立演人 @royterek
なるほど、それでリヴォフ・ポグロムの記述でナチへの言及が一切ないばかりか、ナチ・プロパガンダそのま垂れながしてた意味がわかりました。@discusao:…palezioって、「アンネの日記捏造説」を紹介したまとめも作ってるヤツだね。 http://t.co/BavDGR0oF3
みる男 @mitemiruo
@discusao @royterek ハフーという感じですw シオン賢者の議定書 http://t.co/tsHVMCVrn9
直立演人 @royterek
ちなみに、例のハリコフ市民による極右の若者らへの凄まじい吊るし上げの映像(https://t.co/W0QDLXhOhc)では、しばしば「お前もベンデーラか?」と詰問されていたように、ロシア語圏では「ネオナチ」の代名詞。ただしベンデーラ自身は、民族主義故にナチにも逮捕されている。
もうれつ先生 @discusao
@royterek 対米開戦に入るまでは西欧ユダヤ人は「人質」という切り札としての存在価値もあったから、そこだけ切り取って「ナチはユダヤ人を殲滅する意図はなかった」とか言っちゃう、みたいな手法を多用されていますね。
直立演人 @royterek
その点、たとえば、「マルコポーロ事件」でお馴染みの西岡氏なども、ガス室やユダヤ人絶滅に関するマスタープランの存在は全否定しているものの、東部戦線でのアインザッツグルッペんによるユダヤ人虐殺については認めてたりもするんですよね。@discusao
KanabunnGilles @AnomalaCuprea
@royterek この一見まともそうなまとめ作ったのも同じ人ですね。http://t.co/iMH35jNMOZ ユダヤ人が嫌われる背景をわかりやすく要約してみた - NAVER まとめ
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コメント

nos @unspiritualized 2014年3月6日
1941年に起きたリヴォフでのユダヤ人虐殺について、少し背景を補足。ドイツ軍のウクライナ侵攻以前にソ連軍、とりわけNKWD(ソ連秘密警察)による弾圧がすさまじかった。政治犯として5000人が逮捕され収監。そして、6月後半にドイツ軍の攻撃が始まると、これら囚人を虐殺した。
nos @unspiritualized 2014年3月6日
NKWDによる政治犯虐殺にウクライナ人は当然ながら激怒した。そこへドイツ軍がやってきた。ソ連からの独立、民族主義、そして身内の虐殺への怒りにわいていたウクライナ人住民の一部はドイツ軍を解放者として歓迎した。そして虐殺の下手人として、ボルシェヴィキ=ユダヤ人というナチのイデオロギーが受け入れられていった。
nos @unspiritualized 2014年3月6日
SS、アインザッツグルッペの任務には現地でのポグロム(ユダヤ人虐殺)を煽ることが含まれていた。例:シュタールエッカーSS少将の報告「現地の反ユダヤ主義勢力にユダヤ人へのポグロムを起こさせることに成功した…表向きは以下のように扱うこと。すなわち現地住民は数十年ユダヤ人に抑圧されていた。コミュニストがテロを行っていた…」
nos @unspiritualized 2014年3月6日
NKWDによるリヴォフでの囚人虐殺は撮影され、ドイツに送られ、ゲッペルスの指導のもとでボルシェヴィキ=ユダヤ人というデマの等式を広めるのにニュース映画などで活用された。そして、このナチによるイデオロギーをいまだに信じているのがホロコースト否定論者。
直立演人 @royterek 2014年3月6日
うひょー、palezioの「ロシア革命とユダヤ人解放運動とソビエト」というまとめ(http://matome.naver.jp/odai/2138077508838545301 …)、レーニンとスターリンも「ユダヤ人」にしちゃってるトンデモ資料そのまま提示しちゃってるよ。レーニンは母方の祖母のみがユダヤ系という説が有力ではあるが。
直立演人 @royterek 2014年3月6日
【重要】10月革命で発足したソビエト政府の閣僚名簿、palezioが引いている捏造リスト(http://thot-diary.cocolog-nifty.com/gukumatz/images/2013/05/03/1916.jpg …)と英語wikiのOriginal People's Commissars(http://en.wikipedia.org/wiki/Council_of_People%27s_Commissars …)をよく見比べてください!
直立演人 @royterek 2014年3月7日
アンネはフランクフルト生まれ、日記はオランダ語で書かれたんですけど・・・→palezioのまとめ「アンネの日記にゴーストライター疑惑があった」 http://t.co/BavDGR0oF3「アンネ・フランクはオランダで生まれたユダヤ人だが、アンネの日記は、ドイツ語で書かれている」
じゃりねこ@12/8或る図青海Bマa50 ‏ @jyaricat 2014年3月7日
「こういう鬱憤のガス抜きのできるトンデモ説に靡きやすい」 膝のお皿が割れるほどに打ちました。なるほど、鬱憤のガス抜きなのか……。
直立演人 @royterek 2014年3月10日
以下は、野村真理『ガリツィアのユダヤ人――ポーランド人とウクライナ人のはざまで』からの引用。
直立演人 @royterek 2014年3月10日
「(1941年)6月29日の朝、最後のソ連兵が引き払った後、支配者がいなくなった街(=ルヴフ)は無法状態で、商店や事業所では略奪や放火や銃撃が発生していた。すでにこの時までにウクライナ民族主義者による民警が組織され、街は自分たちのものだといわんばかりにパトロールを開始していたが、彼らのなかには、ユダヤ人の住居での略奪に加わる物もいたという。→
直立演人 @royterek 2014年3月10日
→しかし、この混乱に乗じた略奪がユダヤ=ボリシェヴィキに対する報復的ポグロムへと様相を変えるのは、翌6月30日のドイツ軍到着後のことだった」(pp.168-169)
直立演人 @royterek 2014年3月10日
「(ルヴフのブリギトキ)監獄で(ソ連の政治警察NKVDに)犠牲者のなかにはユダヤ人もいたが、このことは、ナチとウクライナ民族主義者とポーランド民族者主義者のすべてによって無視された」(p.171)
直立演人 @royterek 2014年3月10日
「(NKVDに殺害された政治犯の)検視には親衛隊宣伝部の3人のカメラマンも同行したが、ルヴフ方面に展開した第49軍団が、同日、第17軍総司令官部宛てに打ったテレタイプは、彼らが、監獄の惨状をボリシェヴィキの正体を暴露するまたとない宣伝材料と見なしていたことを示している。→
直立演人 @royterek 2014年3月10日
→そして、ナチの筋書きによれば、解放者たるドイツ軍の到来には、ボリシェヴィキの蛮行に対する現地住民の怒りの「自然な」爆発が花を添えるのでなければならなかった」(pp.171-172)
直立演人 @royterek 2014年3月10日
「部分的には内容が矛盾する同時代の記録や回想録によって当時の状況を再現すれば、ポグロムは、6月30日のうちに、ルヴフの街頭で散発的に始まったと思われる。散発的というのも、6月30日の段階では、ポグロムは発生していないという証言とポグロムの発生を推測させる史料とが、ともに存在するからである。」(pp.173-174)
直立演人 @royterek 2014年3月10日
「しかし、おそらくウクライナ人の「ポグロム気分」が一気にエスカレートするのは、ドイツ側が監獄の死体の処理をユダヤ人にやらせることを決定し、7月1日の早朝、ウクライナ人の民警を使って、ユダヤ人狩りとユダヤ人の監獄への連行を開始した時点である。ウクライナ人たちは、跪いたままの恰好で膝から血を流しながら監獄に引き立てられるユダヤ人に対し、「ユダヤ人を撃ち殺せ、この人殺しども」と叫んだ。→
直立演人 @royterek 2014年3月10日
街のあちこちでは、襟にSS(親衛隊)の徽章をつけたドイツ人とそのウクライナ人協力者たちが、老若男女の別なくユダヤ人を路上に引きずり出し、暴行を加え、着ている服で汚れた公衆便所を磨かせ、割れたガラスを素手で運ばせた。」(pp.174-175)
直立演人 @royterek 2014年3月10日
「気がつくと、私は近くの家の入り口にいて、そこにはすでに大勢のユダヤ人がいた。連れてこられた者たちはみな、傷を負い、血まみれだった。長いあいだ立たされた後でわれわれは、二列になって出発しろと命じられた。…手に棍棒を持ったウクライナ人が数名やってきて、…列の見張りについた。→
直立演人 @royterek 2014年3月10日
→われわれは通りの右側を下っていった。時どき、見張りの者が列に飛びかかったり、歩道の人びとがわれわれに殴りかかったりしたりしたが、われわれは…その名を知られた「ブリギトキ監獄」の建物がある広場に到着した。広場には、鉄切れや棍棒や仕事道具を手にした人びとがぎっしり詰めかけ、→
直立演人 @royterek 2014年3月10日
→声をからして怒鳴っていた。われわれは、残虐非道のただなかに連れてこられたのだと知った。いたるところで残酷絵巻が繰り広げられ、こちらには腸が飛び出た女が倒れているかと思えば、あちらではウクライナ人が赤ん坊の足をつかみ、その子の頭を壁にたたきつけていた」(エリヤフ・ヨネスの証言)
直立演人 @royterek 2014年3月10日
「ドイツ人は…通りでわれわれユダヤ人を捕らえ、…われわれに囚人の炭化した死体を射殺現場の地下牢から運び出させ、中庭に埋めさせることにした。それで、われわれは選別され、女や年寄りや子供は荒れ狂う群集に殺され、われわれ若い男は、死体の片付け作業のために監獄の中庭に連れ込まれた」(同)
直立演人 @royterek 2014年3月10日
「突然、外で待っていた人びと…のために監獄の門が開かれ、数百人もの群集が中庭になだれ込み、作業をしていた大勢の者をじかに死体のうえに投げ飛ばした。…(死体の埋葬)作業が終わると、ドイツ人の将校がやってきて、ガスマスクをはずし、我々の前で次のようにぶった→
直立演人 @royterek 2014年3月10日
→お前たちユダヤ人のために「世界中が血を流している」。お前たちユダヤ人がこの戦争を引き起こし、お前たちのせいで戦場では数百万の犠牲者が出るだろう、というのだ。将校は「お前たちがしたことを見よ!」と叫び、監獄の中庭の大きな墓穴を指差した」(エリヤフ・ヨネスの証言)
直立演人 @royterek 2014年3月10日
「再興ウクライナ国家は、アードルフ・ヒトラーの指導の下にヨーロッパおよび世界に新秩序を創出し、ウクライナ人民にモスクワ占領からの解放の手を差し伸べている国家社会主義大ドイツ国と緊密な協力関係を築くであろう」(1941年6月30日:ウクライナ民族主義組織OUNのウクライナ再興宣言)
直立演人 @royterek 2014年3月10日
「1941年6月17日、帝国保安本部長官ハイドリヒが特別行動隊の4人の隊長に対して口頭で与えた指示は、共産主義者とユダヤ人の掃討を、ドイツ人の手によらず、あくまでも現地人による自己浄化運動として始動させよ、ということであった。この指示は、6月29日付けの書面でも繰り返された。→
直立演人 @royterek 2014年3月10日
→すなわち『あらたに占領さるべき地域の反共産主義的あるいは反ユダヤ的集団による自己浄化運動は、これを妨げてはならない。それどころか、必要であればそのような運動を、それと気づかれぬように誘発し、強化し、正しい方向へと導かねばならない。→
直立演人 @royterek 2014年3月10日
→ただし、そのさい、それら現地の『自警団』が、あとになって何らかの指示や政治的確約の付与をたてに取るようなことが起こってはならない』とされる。さらに、現地住民によるポグロムの挑発は占領直後にのみ可能であり、それゆえ特別行動隊が、実際の戦闘行動を行うドイツ国防軍の了解をえて、できるだけ早く占領地に入ることの必要性が認識されていた。→
直立演人 @royterek 2014年3月10日
→…ルヴフの参考になるのは、ドイツ軍による占領後まもなく、リトアニア人を主体とする大規模なポグロムが発生したカウナスの事例である。…特別行動隊Aの隊長…は、カウナスのポグロムにおいて、特別行動隊の操作によってハイドリヒの指示が実現されたことを示唆している」(野村『ガリツィアのユダヤ人』、p.249)
直立演人 @royterek 2014年3月10日
「ナチ・ドイツは、ポグロムがどちら側から仕掛けられたものであったにせよ、ウクライナ人のユダヤ=ボリシェヴィキに対する憎悪をみずからの水路に引き込み、ハイドリヒのいう、現地の反共産主義的、反ユダヤ的集団による自己浄化運動のシナリオを実現させた。そして、そのさいウクライナ人は、きわめて「真剣な」自己浄化運動の執行者えだった」(同上、p.182)