右園死児報告の真島文吉新作ノベル。怪異生物ホラー『喰ひ』。

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

日記　872にち目 柿本先生が戻ってきてくれた この人はいい人だ おれを信じてくれている あの姉ちゃんたちはおれをホラ吹きだと思っていたかもしれない ちくしょう 柿本先生の生徒でよかったな おまえら 女なんてどうせ男にはかなわないんだ ほんとうによかったな ちくしょう おれはクズだ

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喰ひはなんでこんな山ん中にいるんだ 親父の事務所にいけばいいのに 兄貴たちはおれをクズだと思ってるんだ 俺は東大卒だぞ 酒飲んでなきゃもっといい文章書ける 政治家がなんだ 国民の権力をあずけてもらってるだけだ おまえらなんか全くえらくないんだ

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ああ、大学生まではよかったな おれはエリートだった 全部社会がわるい 人の中身なんか見てねえんだ 人の中身はみんな真っ黒だよ 血が赤いなんてうそだね 一番深いところの血は真っ黒なんだ 喰ひなら知ってるぜ 生き物の中身が黒いこと

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こんな街、なくなっちまえばいいんだ 腹黒い無責任な年寄りばっかりでよ なんだああのマスコット だっせえだっせえ街のマスコット あれ、考えたの他の街の人間だぜ あんな幼稚園児が描いたみたいな絵にいっせんまん円も払ったんだぜ みんなの税金だよ クソがみんな罰を受けやがれ

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あの姉ちゃんたちいい体してたなあ 5万円くらいあげたら仲よくしてくれないかな もう一生かかわれねえあんないい女ども

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喰ひに関して　その4 7月26日。トレイルカメラについに『喰ひ』が映った。赤外線撮影のため白黒だが、イタチを捕食する動物の形が確かに映っている。 しかし、これは猿ではない。四つ足をついて歩いている。大きさはツキノワグマほどだが、毛がとても長く、シルエットは犬や狼に違い。

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獲物の頭をくわえて、歯で器用に頭蓋を割って脳をほじくり出し、視神経をすすって食べている。 気のせいか、体毛の先端が不規則に持ち上がっている。風の向きに逆らって毛が動いている。 いや、気のせいだ。そんな動物はいない。 いないはずだ。

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とにかく新種だ。姿を捉えたのだ。大学に映像を持ち帰って発表する。 ただ、問題がひとつ。西沢さんが消えた。 傷心だったから、家に帰ったのかもしれない。 まあいい。何はともあれ成功だ。色々あったが、結果は大成功だ。

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こんな大型動物の新種を、それも日本で発見できるなんて。 なんという名誉だろうか。

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……喰ひに関して。今回はボイスレコーダーで記録する。 駅から2時間の山奥というのは、いかに人工物がたくさん建っていようと、結局は野生生物のテリトリーに他ならないのだ。 認識が甘かった。ここにはもう私以外の人間はいない。車も全く通らない。

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私の車はタイヤがパンクして、ガソリンが尽きていた。パーツが分解された形跡がある。当然、野生生物はこんなことをしない。 西沢。何のつもりだ。今、近くの村に向かって歩いてる。人口6人だったか。電話くらい貸してくれるだろう。

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そう、そうそう、私のスマホも無くなっていた。車の中に置いていたんだ。西沢が盗んだのだろう。 暑い。落ち着いた猛暑が復帰してきてる。このセミの声……ヒグラシというのは涼しい時刻に鳴く虫だったはずだ。 くそっ。飲み物を取りに戻ろうか。いや、戻っていたら日が暮れて動けなくなる。

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……。 現在時刻は不明だが、村に着いた。アスファルトの道路の両脇に数軒の家が並んだだけの村だ。 なぜ、誰も居ない。6人住んでると聞いた。緊急避難だ。家に上がってもいいだろう。 法的な証拠としてもこの録音は役に立つ。殺人的な暑さだ。私は命の危険を感じて他人の家に避難する。

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……鍵が開いている。ど田舎では普通のことだろうか。 お邪魔します！誰か居ませんか！ 大学の者です！誰か居ませんか！ ……なんだ、この家。 異常だ。他の家にする。 ……なんなんだ。いったい。 どの家も、玄関にほこりが積もってる。

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廊下も、家具も、ほこりだらけだ。誰も住んでないんじゃないか。この村。電話も通じない。冷蔵庫も温まってしまってる。 水道も通ってない！おいっ！ふざけんなよ！！ふっざけんな！！誰だ！騙しやがったのはッ！！

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……。 ……。 外が真っ暗だ。今夜はここに泊まるしかない。 何か飲むものが必要だ。落ち着け。落ち着け……。

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台所の戸棚から、ウイスキーのボトルが出て来た。アルコールはダメだ。飲めばよけい水分が奪われる。 床下収納……これは……缶詰か。 白桃のシロップ煮。缶がふくらんでいない。無いよりはマシ……。 クソがッ！！缶切りだ！！缶切りが無えッ！！ ……すまない。暑さのせいだ。脱水のせいで……。

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

……誰に謝ってるんだ。馬鹿か。 温度計を見つけた。壊れてなければ、現在36度だ。体温と同じだな。 缶詰は諦める。どうせ開かない。手探りで外に出て草を採ってきた。イタドリだ。ほうれん草どころじゃないシュウ酸の塊だが、噛めば酸っぱい汁が出る。 ……。 部屋の中まで真っ暗だ。

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

……ポケットにマッチがあるのを思い出した。買い出しの時にホテルでもらったやつだ。台所のシンクに燃えるものを放り込んで火をつける。明かりを確保したい。 待ってくれ。おかしい。新聞紙を見つけたんだが、日付が今日になってる。 今日の新聞が、なぜほこりだらけで転がってるんだ？

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

……窓の外を光が通った。一瞬だが。 今気づいた。ヒグラシが鳴いてるんだ。こんな真っ暗なのに、ずっとヒグラシが鳴いてる。 汗まみれだ。シャワーを浴びたい。 外の光が気になる。出て確かめてみる。 ……。おおっ……。

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

『喰ひ』だ……！『喰ひ』が居る！ 毛が光ってる！まるで深海のクリオネみたいに……！ そんな馬鹿な！この大きさで光る生物だと！？発見されないはずがない！！ 光る体毛がうごめいてる！うぞうぞとまるで虫みたいに……虫の群体みたいに あっ！！

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

あっ あああ あっ あ

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

もしもしユーコさん。トレイルカメラのデータなんですけど、やっぱり『喰ひ』は映ってませんね。 ええ、そうなんです。教授のメモには『喰ひ』が映ってたって書いてありますけど、実際には何もおかしなものは映ってないです。 編集？された形跡は無いですね。痕が残りますから。してたら。

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

こんなこと言いたくないですけど、暑さでおかしくなっちゃったんじゃないかな。あたしらが居た時点で気温すごかったですもん。 うん、うん、西沢さん。そうですね。西沢さんはヤバいですね。だって、あれでしょ。ハクビシンやイノシシと同じ死に方してたんでしょ。脳みそばら撒いて目玉無くなって。

真島文吉 @ASCIIART_NOVEL

警察は人間のしわざだと思ってるって、そりゃそうでしょ。ふつうそう思いますもん。 え、マジですか。マジ？ 誰から聞いたんすか。 マジっすか〜。 その死亡推定時刻じゃ、教授の車パンクさせたの別のやつじゃないですか。 怖ぁ。