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あたくしは黒潮さんと約束をしました。戦争が終わり、黒潮さんが艦娘の任を解かれたら、あたくしの弟子になって落語家になる。それまでにあたくしは、芸を磨いて真打ちになって弟子を取れるようになっておく。戦争で荒んでしまった世の中を、落語の笑いで、二人の力で変えていく。
2023-11-19 22:29:37お陰様で命を落とすこともなく南方慰問の任を解かれ、本土に戻って数年後。深海棲艦の脅威も徐々に収まり、演芸復興の時流の中で、あたくしは真を打つ事ができました。
2023-11-19 22:30:19深海棲艦との一進一退の攻防の中で、武運拙く戦死されたこと。伝えなければと思ったが連絡先が分からず、真打ち昇進のニュースでやっとあたくしの居所を突き止められたこと。最期まで愛おしそうに、あたくしとの夢を語ってくれていたこと。ポツポツと、隊長さんはあたくしに伝えていただきました。
2023-11-19 22:31:29ぽっかりと心に穴が空いてしまった時に、弟子入り志願に来たのが、本日皆様方にご愛顧いただき、真を打つことになりました、この子でございます。
2023-11-19 22:31:52この子は艦娘でもありませんし、黒潮さんとは似ても似つかない、類まれな才能があるわけでもない、平凡な落語好きでした。しかし、あたくしはこの子に陽炎亭親潮の高座名を名乗らせました。名前はこの子がもし艦娘となった時に適正のある艦種のなかから、一番黒潮さんに似ているものを選びました。
2023-11-19 22:32:22この子は黒潮さんではない。それは判っているつもりでしたが、どこか重ねて、期待して、落胆してしまう。そのことで随分喧嘩もしました。悩みもしました。
2023-11-19 22:32:42そんな時に、この子は言ってくれました。そこまで黒潮さんのことが忘れられないのなら、師匠だけが知ってるその人の芸を教えて欲しいと。あたくしは目から鱗が落ちた気持ちでした。あたくしだけじゃない。この子はあたくしと黒潮さんが育てていくんだと、そう気持ちを切り替えることが出来ました。
2023-11-19 22:33:12この子は、古典落語も、創作落語も、生真面目に貪欲に吸収し、我がものとし、次代の落語界を引っ張っていく。そんなあたくしには過ぎたる弟子です。どうか、未来の落語界の宝に、あたくしたちの南洋の夢に、より一層のご贔屓とご愛顧を、隅から隅まで、ずずずいと、おん願い奉ります――
2023-11-19 22:35:06