渡る世間ラスト

昔、Twitterに投稿していた「渡る世間は鬼ばかりのパロディ短編小説」をまとめました。
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いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト26】出口に向かうえなりは横から腕を力強く掴まれた。腕の方を見る。モーガンフリーマン。彼に殴られ気付いた時には南米の村にいたのだ。探したよ。彼は呟いた。私は君を探していた。あのときはすまなかった。すると、先ほどの若者がえなりに駆け寄る。光るモノを片手に持ちながら。

2010-10-19 23:02:04
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト27】モーガンフリーマンはえなりを突き飛ばした。彼の腕に銀色に光るモノが刺さる。慣れた手つきでそれを抜くと、若者の方向に素早く投げる。若者の耳を擦り、勢いよく柱に突き刺さる。若者は股を濡らし、その音が店に響き渡った。モーガンに促され、えなりは居酒屋を出た。

2010-10-19 23:15:20
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト28】あのときは人に雇われていた。モーガンはゆっくりと煙を吐く様に話し始めた。私はあらゆる事をした。まさかこんな事になるとは思っていなかった。私は契約を破棄し、君を探した。君はこの世界の鍵のような存在だ。えなりはほとんど意味が分からなかった。

2010-10-19 23:35:29
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト29】とにかく、君は無意識とはいえ彼らから遠ざかる道を選んだ。それは私も同じだ。手助けはする。モーガンフリーマンはえなりにそう言うと、無骨なデザインの携帯電話を手渡した。いずれそれは鳴る。そのときまで持っていろ。モーガンは千代田線の階段を降りていった。

2010-10-21 23:40:41
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト30】えなりはモーガンと別れると、カプセルホテルで仮眠した。…昼下がり。えなりはかつての実家、中華屋幸楽に向かった。幸楽は餃子の王将に変わっていた。幸楽だけではない。周りの店も全て別の店になり、えなりが育った場所の痕跡はどこにもなかった。

2010-10-21 23:42:20
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト31】一人の中年ホームレスが通りのゴミを漁っていた。父だ。妹のあり得ない縁談に浮かれ、白痴と化した父、角野卓造。その目には残飯以外に何もうつっていない。み、水が、お、溺れる、た、助けて。角野卓造は蚊のなくような声でそうつぶやきながら残飯を頬張っていた。

2010-10-21 23:47:18
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト32】えなりは生ける屍と化した父、角野卓造を抱き締めた。角野卓造は残飯を喉に詰まらせ、咳をしながらえなりを睨んだ。えなりはにっこりと微笑むと、角野卓造を解放した。角野卓造はゴミを漁る作業に戻り、つぶやき続けていた。そして、えなりは理解した。

2010-10-21 23:55:59
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト33】えなりが自我を持ち、幸楽での終わらない茶番劇に辟易し、離脱を決意したあの時、こちら側の世界が現れた。向こう側では今まで通り幸楽での不毛な日常が続いている。こちら側の存在は向こう側にとって都合が悪いのだ。そう、向こう側を司る「先生」にとって。

2010-10-23 11:36:01
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト34】幸楽は向こう側とこちら側を繋ぐ出入口だった。しかし、そこは閉じられてしまった。戻れなくなった角野卓造は発狂してしまった。えなりが向こう側にもう戻りたくないことだけは確かだった。そのためには。えなりはモーガンフリーマンに電話をかけた。

2010-10-23 12:01:15
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト35】そろそろ電話がかかってくる頃だと思っていたよ。モーガンフリーマンは低い声で答えた。いいんだな?ああ、僕はこちら側の人間になった。そろそろ「先生」に会うよ。えなりはそう答えた。そして、モーガンの指定した六本木ヒルズへ向かった。

2010-10-25 23:49:07
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト36】えなりはモーガンの指定した部屋番号をプッシュする。ようやく戻って来たね、入りなさい。聞き覚えのある声。「先生」だ。正確には、その職に就いて長い時間が経ったために周りが先生と便宜的に呼んでいる存在。「先生」が向こう側のえなりと中華屋の退屈な日常を産んだのだ。

2010-10-25 23:49:20
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト38】長い沈黙の後,やっと戻って来たわね、と「先生」は口を開いた。その口には、歯が一本も無かった。私がこの世に産み出して差し上げたのに急にどうしたのですか?私の書いたシナリオ通りに生きていればいいのです、えなり。探しましたよ、えなり役はあなたしかいないのですから。

2010-10-25 23:50:25
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト39】「先生」はえなりの目の前に近寄り、言った。おとなしく私のシナリオに戻るのです、さあぁぁぁ。歯の無い口から漂うかすかな死臭にえなりは嘔気を感じた。あなたが作った世界はわたしが書きかえて差し上げました、こちらにはもう居場所はありません。ほら。隣の部屋を指差した。

2010-10-25 23:59:53
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト40】えなりは「先生」 の指差した部屋のドアを開けた。中は薄暗く、図書館のような棚が所狭しと並んでいる。すえた臭いがえなりの鼻を突く。棚には本ではなく、白く変色したホルマリン漬けの小動物達がびっしりと並んでいた。 #wataoni

2010-12-17 11:33:27
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト41】えなりは部屋の一番奥に大きな瓶が置かれているのに気付いた。えなりは奥まで進み、その瓶を見るや否や激しく嘔吐した。モーガンフリーマン。彼は胎児のように大きな体を折り曲げホルマリン漬けの大きな瓶に格納されていた。 #wataoni

2010-12-17 11:52:23
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト42】あ、それね。小賢しく動いていたようだから処分したの。私はすべてを生み出すことができるだけじゃないのよ、わかったかしら?「先生」はうすら笑いを浮かべながら言った。えなりは内ポケットに忍ばせた拳銃を握りしめた。ひんやりとした感触が手に伝わる。 #wataoni

2010-12-17 15:40:08
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト43】えなりは素早く振り返り、「先生」の頭に銃弾を打ち込んだ。「先生」の頭はスイカのように弾け、体は電池が切れたオモチャのように勢いよく後方に倒れた。えなりは動かなくなった「先生」の横を通り過ぎようとした時、足を掴まれた。 #wataoni

2010-12-17 19:36:21
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト44】私を消せば思い通りになるとでも思ったのかしら。随分と浅はかな考えね。「先生」はえなりの脳内に直接話しかけてきた。そこに転がっているのは、私であって私ではないのよ。あなたは私の駒として脚本の一部に戻らなければならないの。さあぁぁぁ。 #wataoni

2010-12-17 19:36:51
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト45】首のない「先生」が起き上がり、後ずさりするえなりをめがけてゆらゆら歩き始め、えなりに覆いかぶった。えなりは血の海に倒れこんだ。えなりは笑い声をあげた。そして、「先生」が敷いたレールから外れることは許されていないことを痛感した。 #wataoni

2010-12-18 13:15:48
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト46】わかった、戻るよ。でも一つだけお願いがある。一週間待ってくれないか?えなりは首のない「先生」に言った。いいわよ。一週間経ったら、たとえあなたがどこにいても、迎えに行くわよ。「先生」はえなりの脳内に直接答えた。えなりは深くうなづいた。 #wataoni

2010-12-22 20:27:35
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト47】3日後。えなりはバックパックを背負い、テキサスにいた。今は亡きモーガンフリーマンの家族に会いに来たのだ。しかし、彼の家は全焼していた。近隣住民の話によると、数日前にピンクのシャネルを着た中年の日本人女性が街に現れた直後に起こったという。 #wataoni

2010-12-22 20:47:15
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト48】えなりは焼け落ちたフリーマン家を後にし、テキサスの荒野へ向け車を走らせた。うらぶれたモーテルで女を買い、乱暴に抱いた。翌日、人家が途切れ、廃墟の立ち並ぶ一角で車を止めた。車から降り、岩と動物の骨だけが無造作に転がる砂漠の中へ歩みを進めた。 #wataoni

2010-12-23 00:00:49
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト49】車を降りて2日後。えなりは荒野にそびえ立つ大きな木を見つけた。木陰に腰を掛け、バックパックから大きな白い陶器を取り出した。そして、中から灰を取り出し、撒いた。灰は荒野に吹く風に乗り、高く舞い上がった。モーガンフリーマンの遺灰だった。 #wataoni

2010-12-23 00:01:09
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト50】えなりは空になった白い骨壺を見つめながら静止していた。いつのまにか日も暮れ、涙を流している自分に気づいた。そして、バックパックから拳銃を静かに取り出した。冷たい感触が手に走る。えなりは銃口を口に入れ、目を閉じ、静かに引き金を引いた。 #wataoni

2010-12-23 00:19:58
いちかわゆうや @yuyaichikawa

【渡る世間ラスト51】えなりは薄れゆく意識の中で、ピンクのシャネルの中年女が岩陰からこちらを見ているのを感じた。薄ら笑いを浮かべながら。暗転。 #wataoni

2010-12-23 00:57:03