- toshihiro36
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銃(3)家庭内の銃は、防犯のため、というような正当化がなされることが多い。しかし、以前読んだ記事によれば、銃は、侵入者に対してよりも、家族に向って撃たれることが多いという。これも、統計の問題である。
2011-01-09 08:01:10銃(4)悲劇を少なくするためには、銃規制をするのが一番良い。では、なぜ強硬に反対する人たちがいるのか? そこに、深い世界観、哲学の問題が絡んでくるので、解決は容易ではない。
2011-01-09 08:02:19銃(5)アメリカ人と銃規制について議論した時、「本質的なのは、国家に対する抵抗権の問題なのだ」との発言があった。圧政が行われれば、それに対して抵抗する権利を市民は持つ。この権利を譲り渡さないためにも、銃を規制することはできないというのである。
2011-01-09 08:03:45銃(6)国家が圧倒的な「暴力装置」を備えている今、市民が銃を持ったからといって、「抵抗権」を担保できるとは思えない。それでも、アメリカ人の一部が、イデオロギーの問題として「抵抗権」に固執するのは、興味深い違いである。
2011-01-09 08:04:40銃(7)日本では、「刀狩り」以来の伝統で市民は武器を持たない。だからこそ、安全という側面がある。一方で、「安全」を含んださまざまなことを「お上」任せにするという、主体性の放棄も見られる。
2011-01-09 08:06:13銃(8)アメリカの銃規制に反対するイデオロギーは、国家に頼らず、安全でも教育でも産業でも、自分たちでやるという自主独立の精神とどこかでつながっている。アップルやグーグルができることと、銃規制が行われないことの間に、おそらくは深い連関がある。
2011-01-09 08:07:27銃(9)乱射事件が起こるたびに、銃規制が議論されながら実現しないアメリカ。決して愚かなのではなく、そこには、国家とは何か、個人とは何かという問題についての根深い哲学的問題がある。日本人にとって、自身の姿を映す鏡でもある。
2011-01-09 08:09:361月11日 危機(emergency)についての連続ツイート
危機(1)危機(emergency)は創発(emergence)のチャンスである。古い秩序がもはや立ちゆかなくなり、不安に満ちている時代こそ、新しいものを生み出すチャンスが来る。
2011-01-11 09:23:06危機(2)危機は、幕末のように国家レベルでも起こるが、ひとりの人生においても危機が訪れる。危機に瀕したとき、そこから逃れないことが大切である。
2011-01-11 09:23:53危機(3)行き詰まった時には、自分の内面深くに下りていく必要がある。なぜ、私はこの選択をしたのか、今のようなことをしているのか、その背景となっている世界観、出会い、習慣を見つめなければ前には進めない。
2011-01-11 09:24:48危機(4)危機に陥った時に、最悪の選択は、他者をスケープゴートにすることである。他人をうらやんだり、他罰的になっても自分自身の問題を解決することはできない。
2011-01-11 09:25:54危機(5)自分の内面にある問題を見つめることは、怖いことかもしれないが、もしうまくやりおおせれば、深い場所からの大いなる「癒し」を得ることができるだろう。
2011-01-11 09:26:46危機(6)危機に陥っている時には、深層に隠れた「断層」がある。そのことで全体のバランスが崩れている。その断層を探りあてて、エネルギーを解消してあげることで、全体の調和が回復するのだ。
2011-01-11 09:27:34危機(7)たとえ、危機に正面から向き合うことで、古い自分が消えてしまったとしても、その後に新しい自分が生まれてくる。生命の作用にとってもっとも必要なものは、「空き地」である。
2011-01-11 09:28:24危機(8)個人だけではない。国でも、内閣でも、自らが危機に陥った時に必要なのは、自身の問題点に真摯に向き合う深い自己省察。他人のせいにしたり、他人を攻撃して浮遊しようとしても、内部の矛盾は解消されない。
2011-01-11 09:29:28危機(9)もう一度書こう。危機(emergency)は創発(emergence)のきっかけとなり得る。そのためには、どんなに不安でも、自身の問題点を見つめ直す自己省察が必要なのである。
2011-01-11 09:30:281月12日 「けが」についての連続ツイート
けが(1)昨日、街を歩いていてジャケットが鉄条網に引っかかり、裂かれた。中から羽毛がぶわーっと出た。肩を押さえながら歩いて、コンビニでビニルテープを買った。店員さんが肩のあたりを見て笑っていた。ぴたぴたと貼って、修理した。ジャケットがけがをした。
2011-01-12 08:44:22けが(2)子どもの頃、よくけがをしていた。ひざを擦りむくと、赤チンをつけた。けがをすると、身体感覚が変わる。一気に活動モードが減退し、じっとしていよう、温まっていようと思う。ジャケットがけがをしても同じだった。
2011-01-12 08:45:17けが(3)自分の身体、ないしは拡張された身体の一部がけがをすると、なぜあのように動揺するのだろう。イギリスで車を停めようとして、突き出ている棒が見えなくてバンパーが破損した時も落ち込んだ。自分の身体の一部が欠けてしまったような気がした。
2011-01-12 08:46:45けが(4)中1の時、軟式テニス部の練習でダッシュをしていて、勢い余って壁に前頭部をぶつけた。びっくりするくらい血が出て、先生の車で病院にいった。「ミス外科」という名前だったのが気になった。10針くらい縫って、それから一ヶ月くらい頭に網を巻いていた。
2011-01-12 08:48:18けが(5)心がけがをすることもある。そんな時も、やっぱり、とりあえずはじっとしていようと思う。ただうずくまって、動かない。そのうち、青空が広がっているのが見えてくる。
2011-01-12 08:48:55