「障害」「障害者」の表記について
意識の問題だから、文字にして話していると、そこまでしなくてもいいのではと思うかもしれない。でもその意識の部分が大切だと思うから、あえて考えてみてるのです。たとえ答えが出なくても、考えることに意味があると思うから。これは私の意見。もらったリプもまた1つの意見で、それはすごく有難い。
2012-01-18 19:35:41@myk221 文字の問題如何ではなく新しい言葉を提唱するほうが生産的かと… 現状、「syougai」って聞いて「障害」をイメージする人がおおいので… 逆に「害」だ「碍」だってやって、他者性を強く意識する結果になってはいけないかなぁと…
2012-01-18 19:36:12@myk221 なんか知らないけど、明治初期な気がする笑 良くも悪くも「障害」って単語が認知されすぎちゃってるんだよね。あと「碍」の他の用例が無いのはつらい。「gai」って音からのイメージを今からひっくり返すのは辛いような気がしちゃって…
2012-01-18 19:49:16@myk221 他者性括ってしまう暴力性って感じかな。この議論をする時gaiとは何かを考えるじゃん。結果「gaiを持ってる人(自分ではない誰か)」と「持たない人(自分含む)」っていう二項対立図式が成立してしまうような気がするのよ。140字じゃ誤解をうむな。今度直接会って話そうよ。
2012-01-18 19:55:00@akinaln大学の恩師がくれた『精神遅滞とか知的障害とか、特殊教育とか障害児教育とか特別支援教育みたいに名前は時代とともにどんどん変わっていく。でも君たちの目の前にいる子どもたちはかわらないんだからあまり言葉にふりまわされずにがんばってほしい』というメッセージが心に残ってます
2012-01-18 19:57:29@myk221 塾の先生が「障がい」にしたところで、何の 解決にもならないって言ってたこと思い出す。 ちなみに、クィアって知ってる?性同一性障害の人を指す差別用語だったんだけど、彼ら自身が使うようになって、ポジティブな意味に変わったの!「しょうがい」もそんな道があるといいね。
2012-01-18 19:59:48@myk221 そうだね、わたしも個人的に「害」ってゆう字は嫌だなあと思う。やっぱりマイナスイメージな字だから、初めて障がい者に接する子どもとかでも、そんなイメージ抱くよね。 いまや性同一性障害だけじゃなく、ものごとのポジティブな見方を指す言葉らしいから、是非とも調べてみて^^
2012-01-18 20:12:13だね。RT @akinaln @Whiteshaman @riversidewind …言葉について考えて、発信することによって、それまで何も「障害」に対して興味をもっていなかった人が振り向いたら、それだけでステキと思うし、そういう人が増えたら、何かは変わると信じています。
2012-01-18 20:22:52@akinaln障害の表記について考えるきっかけをありがとうございます。意識しすぎる必要はないと思いますが、表記が変わる背景にはそれなりの考え方やとらえかたの変化があるので、理解しておけるならおけるにこしたことはないと思います。といいながら表記についてはあまり知りませんが;
2012-01-18 20:24:02そういえばまだ大学に入りたてで知識も何もないときに、「障害を持っている人」と表現したら教授に怒られた。「持っているのではない。障害があるのだ」と。
2012-01-18 20:35:26大切なのはそこだと思います。周辺のウジャウジャした事に囚われるのではなく本質は何かをきちんと捉えておくおく事。言葉を換えたところで本質が変わる事はないという事が大切なのだと思います。それよりも正しく理解する事にエネルギーを使う方が重要。 @ukokkei331 @akinaln
2012-01-18 20:41:14考える事は大切な事です。それによって本質的な問題が何処にあるのかという事を思索し、それを改善するための手法を導き出す事にこそ意義があると思います。 @starNissy @akinaln @Whiteshaman
2012-01-18 20:43:03考える事は大切ですが、無意味に弄る事は本質を見失わさせてしまいかねない危険性を孕んでいます。そうやって障害についての問題の多くは人目に触れないようにされてきたように感じます。 @Whiteshaman @akinaln
2012-01-18 20:45:14@riversidewind @akinaln 考えて、行動してと繋げていくことが大事なんじゃないでしょうか?考えるだけじゃ伝わらないし、行動だけでも思慮が及ばない。無意味かどうかはしてみないと分からないから僕は頭が悪いのかも知れないですね。得意な人にその先は任せます!w
2012-01-18 20:48:25現実に長い期間にわたって繰り返されてきた事だと思っています。聴覚障害を表す言葉だけでも多くの変遷を繰り返しています。でも本質的な問題は変わらない。差別はなくならない。どうしてなんでしょうか。表現を変える事が本当に行動なのでしょうか。 @Whiteshaman @akinaln
2012-01-18 20:51:34実際のつきあいを通して、‘互いに’考え合いたいですね。RT @riversidewind 考える事は大切な事です。それによって本質的な問題が何処にあるのかという事を思索し、それを改善するための手法を導き出す事にこそ意義があると思います。 @akinaln @Whiteshaman
2012-01-18 20:51:34@riversidewind @akinaln そうやってトライし続けることが、何かのきっかけとなり変わるチャンスを生むんじゃないですかね?100年後か200年後かいつかは分からない。でも、創りだそうとする。言葉だけでなくすべての事に言えることですが。正解は無いかも知れませんが。
2012-01-18 20:54:01@starNissy @riversidewind @akinaln 愛し合えれば尚最高!あれ、何か違う?!wでも一方の意見だけではダメなんですよね。お互いという事が本当に大事なことなんだと思います。
2012-01-18 20:55:03数百年、いや、千年以上の長い期間繰り返されてきて、それでも変わる事がなかった事が変わり得るとは思えません。それよりも本質的な解決を考えるべきだと思います。そうする事で周辺の事(名称を含め)は変わるかも知れませんね。 @Whiteshaman @akinaln
2012-01-18 20:56:31@myk221 私はもし自分が障がい負ったとき、何するにもいちいち「害害」って付くのが私はいらっとするなーって思うから漢字書かないかな(´`)disableも別に全部できなくないからやだなん
2012-01-18 20:56:31それには、本質的な問題が何処にあるのかを理解し合う事がまず先だと思います。「薔薇は薔薇」ですから。 @Whiteshaman @starNissy @akinaln
2012-01-18 20:58:37@riversidewind @akinaln では逆に”本質”ってなんなんでしょう?僕達は事この件に関しては未だ石器時代なのかも知れないですよ?何かがキッカケで世の中が急激に変わるなんて事は、変わって来なかったことと同様にあるはず。信じてトライすることが重要では?
2012-01-18 20:59:11本質は、「何がそれを障害たらしめているのか」という事だと思います。これは私の個人的な視点ですが。@Whiteshaman @akinaln
2012-01-18 21:02:12@myk221 一連のTweet、RT見てて考えたことと、最近読んだ小説からなんだけど、要は障害、障碍、障がい、しょうがいっていう字面じゃなくてその裏に潜在的にある意識、認識の問題だよねー。例えば、床屋っていうのも軽度の差別語に当たるらしいのよ。(続く)
2012-01-18 21:09:30@myk221 けどそんな意識なく誰でも使う言葉じゃない?だけど、差別語です、使わないで、って改めて言われると床屋っていう職業が差別に値するように感じてしまう。それを指定してる側は配慮のつもりでも潜在的差別、偏見を逆説的に生み出してしまう側面もあるんじゃないかな?(続く)
2012-01-18 21:18:31