スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウ #3
無慈悲な殺人鬼が慣れぬ善意なぞ発揮したインガオホーか。そもそもこの行いが善意などと言えるのかもわからぬ。単なるエゴ、切羽詰まった見苦しい足掻きと見れば、そうも見えよう。「いきなり、やり残した事って言われてもよ。ブッダ殿」彼は呟いた。……床に放った携帯端末のLEDが光った。23
2012-01-18 18:23:20彼は端末を拾い上げた。笑い爺からのノーティスだ。彼はメッセージを目で追った。「クソくらえだなァ、おい」メッセージの内容はソウカイ・シンジケートからのミッション。今回はツジギリでは無い。明確に殺害対象が決まっている。ターゲットは近隣に潜伏中の女ニンジャ。つまり、ヤモト・コキ。 24
2012-01-18 18:39:55(無慈悲な殺人鬼が慣れぬ善意なぞ発揮したインガオホーか。そもそもこの行いが善意などと言えるのかもわからぬ。単なるエゴ、切羽詰まった見苦しい足掻きと見れば、そうも見えよう。「いきなり、やり残した事って言われてもよ。ブッダ殿」彼は呟いた。……床に放った携帯端末のLEDが光った。)
2012-01-19 14:07:45(彼は端末を拾い上げた。笑い爺からのノーティスだ。彼はメッセージを目で追った。「クソくらえだなァ、おい」メッセージの内容はソウカイ・シンジケートからのミッション。今回はツジギリでは無い。明確に殺害対象が決まっている。ターゲットは近隣に潜伏中の女ニンジャ。つまり、ヤモト・コキ。)
2012-01-19 14:08:12「落ち着かなくてな」シルバーカラスは言った。「変なの」とノナコ。「こんな時間に。ねえ、アタシと一緒だと落ち着く?アカチャン」「タバコも無えし……」「まだ探してたの?」「他のじゃダメなんだ。どうも生産が終わったとかで、参るぜ」「変なの!他のでいいじゃない」「ダメなんだよ」 25
2012-01-19 14:19:06「女の子囲っちゃうなんて」ノナコが笑った。「羨ましいだろ」シルバーカラスは身体を起こし、シャツを手探りで取った。「でも、それって、変なのォ。あなたが保護者?うえー、最近ちょっと変だよね」ノナコが彼の目を覗き込んだ。「そりゃあ、変さ。俺は死ぬんだ」「またそれ。変なの」「……」26
2012-01-19 14:25:04「じゃあ、アタシも」ノナコはTVモニタをONにした。「深夜幸せ一報」のやかましく空虚なジングル音が、薄暗い室内を満たした。「お仕事辞めようと思って」「……そうか」「お金もあるし。暖かいところに引っ越したいの」「まるでリゾートだな。あやかりたいね」 27
2012-01-19 14:38:39シルバーカラスはコートを着込み、カタナを佩いた。「あなたステキだったよ」ドアを開けたシルバーカラスの背中に向かって、ノナコが言った。「まあ、また会えたら会おうぜ」「会えるでしょ」「ああ、死ななきゃな」 28
2012-01-19 14:45:47(なんともったいなき事)タオシ・ワンツェイは口惜しげに言葉を重ねた。師の苦り顔を見返し、彼は答えた。(もったいないも何も。もうニンジャなんですよ、俺は。タオシ=センセイ、俺は今あんたを殺そうと思えば今すぐに殺す事もできる。そんな俺に、このドージョーは何の意味がある?何も無い)30
2012-01-19 15:04:08(ワシはオヌシにイアイの何を教えておったのか)タオシは己を責めているのだ。(センセイ、もうやめてくださいよ)彼は溜息を吐いた。(門出を祝ってくれなんて、そんな事言わないからさ)(願わくは)タオシは言った。(願わくは、オヌシ自身の中のイアイドーが、いつかオヌシを促さん事を) 31
2012-01-19 15:10:01……「いいか」シルバーカラスは、差し向かいに正座して座るヤモトを見た。二人ともジュー・ウェア姿である。「俺には実際時間が無い。隠しやしないさ」ヤモトは何か言いかけるが、シルバーカラスは続けた。「慈善事業じゃ無い。俺が。いいか、俺が、俺のワガママに、お前を付き合わせてるんだ」 32
2012-01-19 15:25:21「うん」ヤモトは素直に頷いた。明け方の太陽の光が窓からドージョーに差し込む。年に数度あるか無いかの、剥き出しの太陽だ。シルバーカラスは立ち上がり、木剣を放った。ヤモトは受け止めた。「俺のインストラクションは突貫工事もいいところだ。先は、自分で掴んでいけ」「うん」 33
2012-01-19 15:38:45「イアイドー即ちカタナだ。お前のカタナにお前のカラテを注ぐ。つまり、お前がカタナになるんだ。お前がカタナだ」「うん」「それがイアイドーの究極だ。……まあ、なんだ、ゼンめいた文言だよな。俺のセンセイの受け売りで、正直俺自身にもはっきりとは意味がわからん。だが覚えておけ」「うん」34
2012-01-19 16:01:08「お前はソウカイヤに追われてるよな」シルバーカラスは思い出したように言った。「……」「次の追っ手が遅かれ早かれお前のところに来る。じきだ。仕事柄、わかる。今度は一人じゃない。あいつらにも面子ってものがある。必ず仕留めに来る。お前を」ヤモトは木剣を握り締めた。 35
2012-01-19 17:11:38「これが最後のワザマエだ。ゼンめいたイアイだ。俺自身ロクに使っちゃいない。だがこのワザマエの感覚……体運び……それを忘れないようにしろ。お前がこれを覚え、忘れずにいれば、俺のセンセイは浮かばれる。俺もな」「……うん」「お前自身が倒すんだ。敵を。……あー、涙を拭け」「うん」36
2012-01-19 17:19:15その夜、二人はモチとネリモノを買って帰り、間に合わせのオーゾニ(訳注:雑煮)を作って食べた。二人は他愛のない内容の会話をかわした。つけたままのテレビから流れるシットコムの合成笑い声音声が、この二人の間のおぼつかないアトモスフィアを幾らか和らげた。 38
2012-01-19 18:25:37「そこでドン!なんだか世知辛い!」「ヤメテー」続けて、合成笑い声音声。「ふふふ」ヤモトが笑った。シルバーカラスは黙々とオーゾニを食べた。普段食べる量よりもずっと多く食べた。グラスには手持ちの一番高いサケだ。ヤモトにも勧めたが、彼女は断った。39
2012-01-19 19:16:36「一段落ついたら、キョートに行くとか、考えんのか」シルバーカラスは訊いた。「どこか暖かい場所とか……ネオサイタマを離れりゃ、連中もそのうち忘れるかもしれんぜ」カネなら出せるぜ、死に金だ……彼はそう言いかけた。「行くところなんて無いよ」ヤモトは答え、首を振った。 40
2012-01-19 19:32:02「そうか」シルバーカラスはサケを飲んだ。「行くべきところはそのうち出来るさ」テレビを見ると、大昔のカンフー・ムービーだ。黒いジュー・ウェアを着たサングラスの主人公が、戯画化されたカラテで敵を倒して行く。シルバーカラスは咳き込んだ。止まらない。ヤモトが駆け寄る。彼は咳き込む。 41
2012-01-19 19:46:09「カギ=サン!」「ゲホッ、ああ、くそ、ブッダ」彼は咳とともに繰り返し血を吐いた。「これもインガオホー、もう少し……もう少し」彼はサケの瓶を掴み、直に飲んだ。「薬、くれ」カウンター上の薬包を指し示す。渡されたそれを、サケで流し込む。「ああ、遥かに良い。遥かに」 42
2012-01-19 19:52:13それから彼は携帯IRC端末を手に取った。ノーティスが来ている。彼は内容に素早く目を通し、顔を上げた。「お前、もう出た方がいいかも知れん。出られるか」ヤモトは突きつけられた切迫状況を読み取った。「うん」彼女は立ち上がった。「ごめんなさい」「謝るな。どこへ逃げる」「……大丈夫」 43
2012-01-19 20:04:39