リアルとリンクしない匿名言説は「犬の遠吠え」 ネットは知のブラックホールか?

以前物議を呼んだ香山リカさんのコラムがありました。 『小出裕章氏が反原発のヒーローとなったもう一つの理由』 http://diamond.jp/articles/-/12955 ここではネットで「反原発」を主張する人の一部に 「優秀で学習意欲も高く、知的好奇心も強い人たちです。それなのに、どこか歯車が咬み合わず、社会にうまく溶け込めない。自分でも社会が受け入れてくれないと思い込んでいる」 続きを読む
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小倉秀夫 @Hideo_Ogura

ネットだけ匿名にしておく意味はないね。リアルでの言論弾圧を許さない仕組みを維持するのが一番。RT @Tuba56: 今まで言論弾圧なんかなかったから、ネットだけは実名制にしても言論弾圧しようとする施政者は出てこないだろう、なんて言えないけど

2012-02-17 07:07:15

一口に「匿名」といっても、ネット以外とネットでの匿名は異質なものだと考えます。たとえば選挙も匿名で行われますが、これは選挙民の自由意志を権力の干渉*から守る為であって、そこでは選挙民の存在は自明のものです。一方ネットではそのアカウントの存在は不確定なものです。個人が多重モードで複数のアカウントを持っていたり、あるいは「中の人」が何人もいたり、場合によっては完全な「人工知能」という事もありえなくない。

ここで問題なのは、匿名の多くの人が自己の存在の不確定さを自覚していない事です。時々「匿名での人格」とか「匿名での信用」とか言われて驚くのですが、アカウントを消してしまえば一瞬で「非存在」となるようなものはバーチャルとしか言いようがない。生身の人間であれば、生きたまま自分の存在を消し去るのは至難の事です。

(なお、補足しておきますと、ここで重要なのは単に匿名か実名かではなく、リアルとリンクしているかどうかです。仮にペンネームなどの戸籍上の実名でなくとも、その名称がリアルな存在とリンクしていればいい訳です。)

そこで最初の「社会性」に戻ります。リアルに対して影響力を持たないネット上の匿名言説(仮に実名だとしてもネットだけで閉じている言説)が「犬の遠吠え」であり、それを「吠えて」いる人たちが「社会から疎外された無用者」であるとするなら、社会的リソースで生み出され、本来なら社会に還元されるべき「知」がネットの虚空間で消耗されていきます。全くリアルでないにもかかわらず「社会化したような錯覚に陥る」。ネットは「知のブラックホール」なのかも知れません。