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2012年2月24日

シカン遺跡のパレテアダ土器の文様研究

考古学者松本剛さん @gocito による、シカン遺跡で発掘されたパレテアダ土器文様についての、エスノアルケオロジー的観察をふまえた研究。
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マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

今書いている論文は、パレテアダという主に煮炊きや貯蔵に使われた家庭用土器の模様についてです。

2012-02-24 01:18:59
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

言うまでもなく、考古学において土器というのはとても重要な遺物なんですが、それは土器が時代とともにその形状が変化するから。

2012-02-24 01:20:45
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

それは車のモデルチェンジみたいなもので、古いものから新しいものへと順に並べることができます。

2012-02-24 01:22:21
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

土の層を一つずつ丁寧に掘り下げていくことは基本的には時代をさかのぼることと同じですから、出てきたものを順に見ていけば、(「何年前のもの」という絶対的な年代は分かりませんが)相対的な順序は分かります。

2012-02-24 01:25:31
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

土器が有用なのは、まず第一にこの相対年代を組み上げるのにとても役立つからです。

2012-02-24 01:26:29
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

しかし、今回の論文の題材であるパレテアダ土器はその意味で、つい最近までほとんど役に立たない土器でした。

2012-02-24 01:28:05
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

なぜか。それは、はじめてパレテアダが登場する約1200年前から現代まで、形状的にも、技術的にもほとんど変化がないと考えられてきたからです。

2012-02-24 01:29:25
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

厳密に言うと、形状の変化はあるのですが、その変化があまりに細かすぎて、一般化することが難しいのです。どこか特定の場所で作られたものが流通していたというのではなく、オカンが裏庭で焼いていた、そんな土器ですから。

2012-02-24 01:33:21
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

そんなわけでこの土器は考古学の研究対象としてはあまり人気がなく、最近までほとんど手付かずのまま放って置かれました。

2012-02-24 01:34:59
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

パレテアダは現代でも作られています。先史時代から形状や製作技術がほとんど変化しないということは、現代の制作現場を見れば、過去の工房の様子について考える上でとても役に立つだろうと考えた人が居ました。

2012-02-24 01:37:26
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

そして、実際に土器職人のところへ行って、細かく観察をはじめた。これは考古学者にとって、これはとても示唆に富んだ経験でした。

2012-02-24 01:40:20
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

たとえば「土器工房」が時間によってはオカンの台所に変わる。休憩中のオトンの窯を使って、オカンがチチャを作るのです。チチャというのは、(主に)トウモロコシで作るビールのことです。

2012-02-24 01:43:35
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

考古学母、出てきた遺物を元に「ここは台所だった」とか、「土器工房だった」とか言うわけですけれど、それが一日のうちに時間に応じて使われ方が変わるということは想定していない。

2012-02-24 01:45:00
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

また、普段遺跡を二次元でしか見ていない考古学者にとって、三次元の工房を観察することは新しい発見でもありました。床面に見つかる遺物も、もともとは壁にかけられていたかもしれないのですから。

2012-02-24 01:50:36
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

そんなわけで、現代土器工房の観察は考古学者たちにとってとても示唆に富んだ体験でした。それゆえに、パレテアダに関する研究は、こういう現代工房の研究が増えていきました。

2012-02-24 01:52:10
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

ちなみに、こういう現代における(エスノグラフィー的な)観察を考古学に役立てる研究を、英語でエスノアルケオロジーといいます。

2012-02-24 01:52:18
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

ところで「パレテアダ」というのはどういう意味かと言いますと、パレタと呼ばれる木製または陶磁製のへらというか櫂のようなものが語源となっています。手のひらサイズの丸い石を土器の内側にあて、このパレタで外面を打ち付けることによって土器を制作するのです。

2012-02-24 01:57:18
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

パレテアダとはつまり、スペイン語で「(パレタで)打ち付けられた」という意味。この製作過程の詳細を明らかにしたのがエスノアルケオロジー研究です。

2012-02-24 01:58:46
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

そして、このパレタには模様が彫られていて、パレタが打ち付けられるごとに土器の外面に模様を残しました。僕が今注目しているのはこの模様です。さあようやく本題です。

2012-02-24 02:00:38
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

形状や技術が変化しないために土器編年(土器の変化から相対年代を探る試み)には役立たかなったパレテアダですが、90年代に入ってブレイクスルーが起こります。我が師匠・島田泉の登場です。

2012-02-24 02:04:06
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

先生はパレテアダの模様を三つのカテゴリー(ロゴグラフィック、ジオメトリック大、ジオメトリック小)に分類し、それらの頻度に時代性があると論じました。

2012-02-24 02:06:34
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

クラスLと呼ばれるロゴグラフィックは中期シカンの最初の頃だけに現れるのに対し、ジオメトリックは後の時代に増えていく。しかも模様の大きさがだんだん小さくなり、模様の間のスペースもすこしずつ小さくなっていく、と。

2012-02-24 02:06:47
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

これでパレテアダも編年に使えることになりました。他の遺物に頼ること無く、パレテアダの土器片だけを見て、これはあれよりも古いとか新しいとか言えるようになったのです。これは大きい。

2012-02-24 02:09:50
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

僕の今回の論文はこの模様研究をさらに一歩先にすすめます。その論旨は、このパレテアダの模様がクロノロジカル・マーカーとしてだけでなく、別の役割も持っていたのではなかったか、というところにあります。

2012-02-24 02:11:05
マチュモトギョー [研究発表 4/23 SAA@オースティン] @gocito

2008年にシカン遺跡の大広場で行われた発掘からは大量の土器が出土しました。主に煮炊きや貯蔵に使われた土器や、皿やボウルのような給仕用の土器ばかりでした。見つかったパレテアダ土器片のほとんどは鍋や龜の一部だったと考えられます。

2012-02-24 02:19:32
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