整備兵氏(@seibihei)による「戦術の基礎(D. Wyly海兵隊大佐)」("Maneuver Warfare Handbook"付録)翻訳・第3課―2
前:第3課―1
↓ここから内容が被っているようです。別の言い方なのかな?
戦場において、我が敵の弱点として主努力を集中した点は、敵の対応によって強点となるかもしれない。この場合は、我は主努力を新たな地点に移すことになるだろう
2012-03-20 01:36:57例えばA中隊が主努力とされて、敵の強点にぶつかってしまい、簡単には後退できない時、主努力はB中隊に移り、敵の弱点を突いていくことになるだろう
2012-03-20 01:40:20そうすると、敵はA中隊への圧力を減じてB中隊に対抗せざるを得なくなる。こうして戦場は流動化する。大隊長も、このような形で、許容はしていないとしても変化を望んでいるはずだ。
2012-03-20 01:44:12防御の事を考えよう。指揮官は、敵がどこを攻撃してくるか考える。どのように敵が攻撃してくるのが論理的かを考え、敵の性格からいってどう攻撃するかを明らかにする。
2012-03-20 01:51:27指揮官は敵がどうするかに基づいて、何が主努力か決定する。彼の戦術は流動的である。戦争における全ては予想できない。もしも敵が予想していない行動に出たなら、主努力を変更しなければならない。しかし、「主努力」は必ず存在する。
2012-03-20 01:55:31これは、米軍の防御の考え方とはあまりにも違うものになるかもしれない。1953年にドイツ軍のフランツ・ハルダー将軍は、このような米陸軍のドクトリンを批判した。
2012-03-20 01:59:31彼が最も批判的だったのは、米軍の防御に関する考え方だった。彼は米陸軍の教範Fm100-5を読み、防御が時間稼ぎか、攻勢のための集結か、あるいは地形の保持かというところを見出した。
2012-03-20 02:04:11ハルダーは、アメリカ人が「防御は何の為に行うか分かっていない」と主張した。防御は敵に影響を及ぼす一つの手段である。それは、敵を撃破する一つの手段である。
2012-03-20 02:07:19↑ここまで内容が被っているようです。
↓の文章で、もう一度内容を把握してみてください。
戦場における変転極まりない敵情のため、敵の弱点だとして主努力を集中した地点が、敵の増援によって、突然敵の強点になってしまったとしよう。この時には、主努力を新たな場所に変更すべきである。
2012-03-22 00:04:37例えば、主努力に指定したA中隊が敵の強点に当たってしまい、後退も中々できないのであれば、別の中隊、例えばB中隊に主努力を移し、敵の弱点から突進させるのが解決策になる。
2012-03-22 00:09:32そうすることにより、敵はB中隊に対処せざるを得ず、A中隊にかけていた圧力を減らさざるを得なくなるだろう。このようにして、戦場に流動性が加わる。
2012-03-22 00:12:13大隊長は、上からの承認なしでこのような変更を下すことができるのだから、任務戦術の概念を上手く活かすべきである。ここに概念同士の相互関係が生まれる。双方を活用しなければならない。
2012-03-22 00:21:18防御の事を考えてみよう。指揮官は、敵がどこを攻撃してくるかを考える。敵の立場になって、どこを攻撃するか論理的に考察するのだ。敵の特性を良く学ぶことによって、これが可能になる。
2012-03-22 00:24:13指揮官は、敵がどうするかを予期して、主努力を指定する。繰り返すが、彼の戦術は流動的である。敵が彼の見積もった場所に来ない時に備え、主努力は変更できるよう準備しなければならない。しかし、主努力は必ず存在する。
2012-03-22 00:28:30こうしたことは、アメリカ人の防御の考え方とはかけ離れて聞こえることがある。1953年にドイツのフランツ・ハルダー将軍は、米陸軍ドクトリンを批判している。彼は、アメリカ人の防御の考え方に特に批判的だった。
2012-03-22 00:35:38彼は米陸軍のFM100-5(Operation)を読み、防御が「時間を稼ぐか、攻勢に移るまで戦力を再編成するか、或いは地域を確保する」ためのものとしてのみ書かれていることを見出した。
2012-03-22 00:37:31彼は「アメリカ人は、防御とは何のためにするのか理解していない」と批判した。防御は敵に対抗するための手段の一つであり、敵を撃破するための手段の一つである。
2012-03-22 00:39:59そのために、主努力を決めなければならない。ナポレオンがアウステルリッツで、防御によって敵を引き込み、そして史上最も決定的な敗北を与えたやり方を研究しよう。
2012-03-22 00:42:59戦いの後、ナポレオンは勝利の興奮の中でこのように言っている。「私は、まるで双方の軍隊を指揮していたようだ」と。敵は、完全に彼の罠にはまっていたのだった。
2012-03-22 00:45:30