【物語のみ】誘拐犯「お前の子は預かった。返して欲しければ3億円用意しろ」親「あんなのいらないからあんたにやるよ!」

僕の考えとかそういうものを取り除いた物語のみをまとめてみました。物語のみに集中したい時にお読みください。ぐりんこさんのツイートも引用させていただいています。 誘拐犯物語関連の二次創作への僕の考えなども含むツイートまとめ http://togetter.com/li/284873 続きを読む
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不二式 @Fujishiki

達夫が洗い物をする手を止めて、京を手で制して、玄関ののぞき穴から相手を見ると、相手は警官だった。達夫はびっくりして後ろに下がって尻餅をつき、這って移動して京の耳元で囁いた。「警察だ」京もびっくりして声を出しかけたので達夫は急いで京の口を押さえた。 #twnovel #誘拐犯物語

2012-04-28 14:59:46
不二式 @Fujishiki

達夫は京の耳元で囁いた。「頼む。風呂場に隠れていてくれ。できるだけ音は立てるな」京は頷き、浴室に入った。達夫は京の靴とおもちゃを風呂場に隠して、急いでドアを開けた。そこにいたのは知り合いの警官の東 祐介だった。祐介は笑顔で言った。「こんばんは」 #twnovel #誘拐犯物語

2012-04-28 15:05:00
不二式 @Fujishiki

達夫も笑顔を作り言った。「こんばんは」祐介は言った。「お元気そうですね」達夫は頭をかいて言った。「おかげさまで。…その、今日は何の御用ですか?」祐介は笑顔で言った。「実は近隣住民の方から、留守中の河野さんのお宅から物音がするとのお話がありまして」 #twnovel #誘拐犯物語

2012-04-28 15:07:59

 達夫は動揺を抑えつつ言った。
「何の事でしょうか」
 祐介は笑顔で言った。
「彼女かご家族など、こちらにお住まいではないですか?」
 達夫は真顔で言った。
「いませんよ。ずっと自分一人です」
 祐介は首を傾げて思った。
(誰もいないのに音楽が聞こえるわけがない…)
 祐介は訝しみながら言った。
「あの…音楽はどうやって聞いてます?スピーカーですか?ヘッドホンですか?」
 達夫は言った。
「基本スピーカーで、近所迷惑になる時間はイヤホンですね」
 祐介は言った。
「仕事で部屋を空けている時に音楽がかかっているなんてことは?」
 達夫は言った。
「ありませ…ん」
 達夫は思った。
(あ…そうか、京のやつ、俺のいない間に音楽聞いてたってことか…まずいな…どう言い訳しよう)
 祐介は思った。
(何か隠してるなこれは)
 祐介は言った。
「うーん。ちょっと部屋を調べさせていただいてもいいですか?」
 達夫は内心ドキリとしながら言った。
「ど…どうぞ」
(やばい…やばいな…京の隠れてる風呂場だけは見せたくない…)
 祐介は部屋の中を物色して言った。
「達夫さん、ずっと1人で生活されているんですよね?」
 達夫は恐怖を悟られないように答えた。
「はい」
 祐介は訝しみながら言った。
「どうしてフォークが2個も流しに置いてあるんですか?」
 達夫は内心震え上がりながら平静を保ち答えた。
「今朝の分と夜の分ですよ」
「ふーん…」
 祐介は首を傾げながらまた部屋を物色した。 祐介は言った。
「達夫さん何か隠してますよね?わかりますよ」
 達夫は震えを止めながら答えた。
「な…何がでしょうか」
 祐介は言った。
「あれ、どう説明するつもりですか?」
 祐介の指差した方を達夫が見ると、そこには洗濯して干していた子供服があった。達夫は目を瞑って思った。
(も…もうダメだ…隠しきれるもんじゃない!)
 すると風呂場から京が出てきて言った。
「達夫お兄ちゃんを責めないであげてください!」
 祐介は表情を緩めて言った。
「誰だい?君は?」
 京は言った。
「私は河野京、達夫お兄ちゃんの妹です!」
 祐介は訝しんで言った。
「随分歳の離れた妹さんだね?しかも河野さんに女兄弟がいるって話は聞いたことがなかったけど」
 京は言った。
「…実は私、達夫お兄ちゃんとはお母さんが違うんです…」
 祐介は眉を寄せて言った。
「…隠し子か。でもなんでその妹さんが今頃…」
 京は腕をまくって言った。
「…これを見てください」
 そこには青アザや傷跡がいくつもあった。祐介はさらに眉を寄せて言った。
「ひどいな…」
 達夫は言った。
「おい!京!それは…」
 京は言った。
「私、河野の家に最近連れて来られて、虐待を受けていたんです…」
 祐介は言った。
「河野の家というと、実家かな?」
 京は頷いて言った。
「はい。そうです。それで、時々帰ってくる達夫お兄ちゃんには可愛がってもらえたんですけど、他の人には…」
 祐介は言った。
「…虐待を受けていたわけか」
 京は泣きながら言った。
「私…達夫お兄ちゃんしか頼れなくて…なけなしのお小遣いでお兄ちゃんのところまで逃げて来たんです」
 祐介は困り顔で達夫に言った。
「どうしてもっと早く言わなかったんですか」
 京は涙目で言った。
「私が、口止めするように言ってたから…」
 祐介は困って言った。
「うーん…家庭の事情に警察がでしゃばるのもなあ…確かにひどい虐待だけど…河野さんが育ててらっしゃるんですよね?」
「え…!?は…はい」
 達夫は苦笑いで答えた。
(どうしようなんかおかしな話に…京のおかげで最悪の事態は避けられたけど…)
 祐介は眉を寄せて言った。
「河野さんの家に戻すのもおかしいし、だからって子供を今頃河野さんの家に預けた親を頼るわけにもいかないし…やっぱりここは達夫さん頼りになっちゃうよなあ…うん…事情を知っていながら無責任だけど…」

 京は涙ながらに言った。
「私、達夫お兄ちゃんのところにいたいです…」
 祐介はしばらくうなっていたが何かを決めた顔で言った。
「よし、わかった。達夫くん、がんばって育ててくれよ?君だけが頼りなんだから」
「は…はい」
 達夫は苦笑いしながら答えた。祐介は京に微笑みながら敬礼して去っていった。

「ふぅ…」
 達夫はどっと疲れたという感じで椅子にどすっと座った。
「京…ありがとうな…お前のおかげで助かったよ…」
 京は恥ずかしそうにして言った。
「いえ…助けてもらっているのは自分の方ですし…」
 達夫は疲れた顔で笑って言った。
「いやあ京は子役俳優になれるよ。すごく演技が上手い。頭もいいじゃないか」
 京は恥ずかしそうに顔を伏せて言った。
「私…ただ夢中で…」
 達夫は京のところまで歩いてきて京の頭を撫でて言った。
「ありがとうな」
 京はまた恥ずかしそうに達夫を上目遣いで見上げていた。達夫は家事をしながら険しい顔をして何かを考えていた。達夫は夜、アパートを出て公衆電話から電話をかけた。

 次の日、達夫は京を連れて電車に乗った。京はきょろきょろしていたが特に何も言わず、達夫の後についてきていた。だが、電車を降りると、どこへ向かっているかがわかったのか、不安げな顔を覗かせた。豪邸まで着くと京はびくびくとしていた。
 京は達夫を不安げに見上げていたが、達夫は無言で京の頭を撫でた。豪邸のチャイムを鳴らすと、男性の使用人が対応してくれ、京を見て、達夫を通した。建物までたどり着くのに時間がかかるほどの豪邸だった。建物に入っても広く、そこの一室に通された。そこには少し顔に老いの色があるものの妖艶な魅力のある微笑んでいる女性と、むっとした顔をした初老の男性がいた。女性を見ると京は達夫の後ろにくっついてぶるぶると震えた。女性は微笑んで言った。
「はじめまして、誘拐犯さん。どう呼んだらいいんでしょうねえ」
「河野達夫…」
 初老の男性が言った。達夫は目を見開いて戦慄した。男性は言った。
「君のことを色々調べさせてもらったよ。家庭の問題で色々困っていたらしいね。弟くんを助けるために多額のお金が必要だったわけだ」
 達夫は手の震えを抑え込みながら言った。
「京さんを誘拐して申し訳ありませんでした…」
 男性は葉巻に火をつけ、くゆらせながら言った。
「別に謝る必要はない。妻が言っただろう。その子は厄介者なんだよ」
 女性は鬼のような形相で京の髪の毛を引っ張って腹を拳で殴って言った。
「こいつめ!あれほど買い物の帰りにはまっすぐ帰れと言っただろうが!」
 達夫は京の手を引き、女性から引き離して京の盾となった。京はさらに強く震えて頭を抱え、座り込み、ごめんなさいごめんなさいと繰り返していた。達夫は言った。
「やめてください!まだ子供ですよ!?」
 女性は憤怒の顔で言った。
「うるさい!そいつが悪いんだ!こいつが出来たせいで隆さんと私は結婚できず、出来損ないの女なんかと隆さんが結婚しなきゃいけなかったんだ!」
 京は震えながらごめんなさいごめんなさいと繰り返し、座り込んでいた。達夫は眉根を寄せて言った。
「たとえどんな事情があろうと、子供に罪はないでしょう!?当たっても何の解決にもならないですよ!…とにかく、今日は他でもない京さんについてのお話をしに来ました」
 達夫は思った。
(京を連れてきたのは間違いだった。これほどとは…認識が甘すぎた…)
 震えている京も含め4人はソファーに座った。達夫は言った。
「京さんを正式に譲り受けられないでしょうか」
 京は震えながら涙目でそのまま達夫を見た。女性は微笑んで言った。
「願ってもない話だわ。まさか誘拐犯が子供に情をかけるとはねぇ…ひょっとしてもう手を出したのかしら?だから欲しくなった?」
 達夫は憎々しげに言った。
「いいえ。京さんに手を出すつもりなんてありません!」
 女性は唇を歪めて笑って言った。
「あらあら、ムキになって。ちょっとした冗談じゃあないの」
 隆は言った。
「そう若者をいじめてやるな。お前の悪いクセだ」
 女性は微笑んで下がった。隆は言った。
「今の妻である陽子と京とは血が繋がっていないが、私は京の肉親だ。だが、京を引き取ってくれるならまったく構わない」
 達夫は眉根を寄せて言った。
「あなたは実の父親なのに娘が虐待されていても守らず、子供を育てることも放棄するんですか!」
 隆は葉巻を吸って、煙を長く吐いて言った。
「…あんた、なんで少子化は止まらないと思う。医療技術が進み、治らない病気やケガも減り、出生率は上がったのに、なぜ少子化は止まらないか」
 達夫は怪訝な顔をして、しばらくしてから不機嫌そうに言った。
「…国民にお金がないからじゃないですか?」
 隆は言った。
「まあそれもある。だが、大きな理由はそれじゃない」
 隆は葉巻を吸い、煙を深く吐いて笑って言った。
「結局それは子供が面倒だからだよ。子供なんてのは捨てにくいゴミのようなものだ。欲望のままに生きていれば自然と出来てしまう。」
 達夫は眉を寄せて言った。
「人間はゴミじゃない!」
 隆は言った。
「ゴミだよ。ほとんどがゴミだ。使えないゴミ。ほとんどが利用価値のあるゴミか、ないゴミのどちらかだ。ゴミに変わりはないんだよ。私たち経営者はそんなゴミをいかにリサイクルして価値を生み出すかをいつも考えねばならない」
 達夫は顔をひきつらせて言った。
「経営者はゴミじゃないんですか?労働者はゴミだと?」
 隆は言った。
「経営者もほとんどがゴミだよ。ある意味労働者よりやっかいだ。だが、利用価値はある事も多い。」
 達夫は言った。
「あなたはゴミではないと?」
 隆は笑って言った。
「ああそうだ」
 達夫は顔を歪めて言った。
「私はあなたが嫌いだ」
 隆は言った。
「好かれようとは思っていない。だいたい君はそもそも誘拐犯だ。好かれたいなどとは思わないさ」
 達夫は言った。
「…なんで京を疎ましく思っていたなら、施設に預けたりしなかったんですか。虐待を受け続けるより遥かにマシだったのに!」
 隆は笑って葉巻を吸い、煙を吐いて言った。
「大企業の社長をしている者が子供を捨てるのは印象が悪いじゃないか」
 達夫は眉根を寄せた。隆は葉巻を吸い、煙を吐いて言った。
「それに、ちゃんと育ったら他の会社の子供と結婚させるつもりだったのさ」
 達夫は拳を固く結んで言った。
「あなたは…あなたって人は…!」
 隆は言った。
「陽子、席を外してくれるか。」
 陽子と呼ばれた女性は微笑みながら部屋から出て行った。隆は言った。
「別に私は責任を全て放棄するつもりはないよ。京の養育費は出そうじゃないか。親権はあんたにやってもいいがね」
 達夫は苦々しい顔をした。隆は笑って言った。
「金がいらないわけはないよな?弟の命を救うためにも、金はいるに決まっているからな」
 達夫はソファーから降りて土下座して言った。
「…お願いです。養育費、前借り出来ませんか?」
 隆は高笑いした。達夫は頭を床につけて言った。
「お願いです!京さんは責任を持って育てますから!」
 隆は言った。
「悪いな、返ってくるアテのない金は貸さないことにしてるんだ。他をあたるんだな」

『お前の子は預かった!返して欲しければ3億円用意しろ!』
『あんなのいらないからあんたにやるよ!』
 倉原 美里(クラハラ ミサト)はクスクスと笑った。そしてまたICレコーダーを操作して再生する。スピーカーからまた達夫の声が流れる。
『お前の子は預かった!返して欲しければ3億円用意しろ!』
『あんなのいらないからあんたにやるよ!』
「あはははっ」
 美里は机をバンバンと叩いて笑った。
「止めなさいよ、趣味悪い」
 坂本 香(サカモト カオリ)はデスクに頬杖をついたまま咎めるように言った。
「えー、元々この案件に興味津々だったのは香じゃーん」
 美里は香の事務所で片足立ちでクルクルと回りながら言った。美里はその言葉遣いとは裏腹に、フォーマルなスーツを着ており、化粧も目立たないものをしている。髪型もきちっと束ねたポニーテールで髪色も黒だ。香はそんな美里を見て溜め息をつくと言った。
「美里も情報屋ならもうちょっと扱った情報は丁寧に扱いなさいよ…臼井 隆とかいう例の金持ちからたんまりお金は貰ってるんでしょ?」
「まあねー♪」
 美里は得意気にソファに座って脚を組んだ。香はまた溜め息をついた。香もフォーマルな服装ではあるが、カッチリした美里と違って少し緩い、少し洒落っ気のあるものだ。髪色も茶髪でメイクもフォーマルシーンに合わせつつ、少し穏やかな印象を抱かせるものになっている。
「んで?そういう探偵屋さんの香さんはここんとこどうなのよ?お仕事の方はさ~?」
 美里はニヤニヤしながら言った。香はデスクに突っ伏して言った。
「最近はダメね……小さな案件ばかり。ネコを探したり、浮気調査したり…まあ仕事があるだけマシっちゃマシなんだけどねー…」
「ウチから大きいお仕事回そっか~?」
 美里は立ち上がると、香の後ろに回り込む。香は察して椅子に背を預け直し横を向く。すると美里の唇が香の唇に重なった。んふ、と美里は笑むと耳元で囁く。
「香のためならそれくらいするよ…?」
 香も微笑んで言った。
「ええ…お金に困ったらまた頼らせて貰うわ」
「も~…香ってば本当つれないんだから~」
 するとピンポーンと呼び出し音が鳴った。事務所への来客を知らせる音だ。
「ほらね?美里に頼るまでもなかった」
「分かんないよ~?変な依頼人かもよ~?」
「もうっ!書庫にこもってなさいっ!」
「はいは~い」
 美里はクルクル回りながら書庫へと歩いていく。香が受話器を手に取って回線を事務所の呼び出しベルに回して言う。
「遅くなりました。ご依頼ですか?」
「ええ!娘が誘拐されたの!お金はいくらでも払うから!」
「ええ、ええ。分かりました、すぐに出迎えに向かいますね」
 香は錯乱気味にまくし立てる依頼人の声を穏やかに断ち切ってそう言うと、すぐに事務所の扉の前に来て丁寧に扉を開けた。ドタドタと女が入ってきて言った。
「娘が誘拐されたの!すぐにどこの誰がやったかを突き止めて欲しいのよ!」
「ええ、ええ。ひとまず落ち着いてください、こちらは出来ればスリッパに履き替えて頂きたいので…!」
 女は謝りもせずに靴を玄関に足をバタバタして放るように靴を投げ出し、スリッパに履き替えてまたドタドタと歩く。女はそのままドスンとソファに座り、スーツケースを無断で机の上に置いてバッと開けた。香は笑顔を貼り付けた顔のまま丁寧に歩いて向かいのソファに腰かける。
「ここに1000万円あるわ、必要があるならもっと蓄えもあるから、お願いだから娘を…」
「ええ、ええ。まずはお名前をお聞かせ頂いてもよろしいですか?」
「金本 佳奈美(カナモト カナミ)!金本 佳奈美です!結婚していた頃は臼井 佳奈美でした!探して欲しいのは娘です!京という名前の5歳の女の子です!」
 香はメモを取る手を止めずにニヤリと笑んだ。
(美里の抱えてた案件ね…これはあっさり片が付きそうだけど、それじゃあ儲けが少なくなってしまうわね)
「分かりました。何か手がかりになりそうなものはありますか?」
「ええっと…元夫の住所ならここです!今書き出します!私にも紙とペンを!」
「お子さんのお写真とかはあります?」
「はい!これです!」
 佳奈美が出したのは赤ん坊の写真だった。
「…失礼ですがもう少し大きくなってからの写真は?」
「ありません!離婚後は他の男性とお付き合いしていましたので!」
 佳奈美の目は真剣そのものだったが、どこか焦点がおかしく香には映った。
(あまり関わり合いになりたくないタイプだけど…)
 香はスーツケースの中身を目だけでチラリと見る。
「お願いです…!元夫のお金も持っていますし、他の男性からもお金は集められます!だからお願いですので娘を!どうか!」
 香は優しげな微笑みを顔に貼り付けて言った。
「分かりました、そのご依頼引き受けましょう」

 その後も佳奈美との話は嵐のようで、香は前金として500万円を現金で受け取っていた。佳奈美が事務所を出て行った後も、佳奈美が食べ散らかしたお客さま用のお菓子のクズを、香はホウキで丁寧にソファから掃き出していた。
「うっひゃ~…めったに見れないよこの量の現金は…!相当ヤバイ女っぽいねあのおばさん。まー可愛いし男ウケは良さそうな見た目だけど」
 美里は現金が全て本物かどうか、手元のハンディライトにかざして透かしやホログラムを見ていた。職業柄いつも持ち歩いているらしい。
 香はふふふ、と笑んで言った。
「まあいいんじゃないかしら。ああいうお客さまって実はいい感じのお付き合いができるものよ」
「香も人が悪いね~…さっき言ってた子の居場所なんてとうの昔に私が調べ上げてるっていうのに」
「いいじゃない、情報屋の情報は高くて当然。そうでしょ?」
 香は笑んで言った。
「たまには私自ら、潜入捜査ってのをやってみるわ。ああいうお客さまほどそういうやり方を好むから」
 美里も笑んで言った。
「本当、香も好きだよねえ…世間の思う探偵のイメージそのままに振舞うのがさあ…」
 立ち上がり、冷めたカフェオレを一気に飲み干すと香は言った。
「エンターティナーなのよ、私は」

 達夫はためらいながらも、笑顔で呼びかけた。
「京……ごはん、出来たぞ」
 以前なら返ってきていた返事は今はなかった。達夫の部屋の隅に京はいた。だがずっと座り込んでいる。体操座りでごめんなさいごめんなさいと、誰に言っているのかも判然としない言葉を、彼女は延々と繰り返していた。達夫はひどく後悔していた。
(想像力が欠けていた……京はあそこに連れて行くべきじゃあなかった)
 達夫の脳裏に、京が陽子に腹を殴られる様子がまたフラッシュバックした。あれから、この部屋にまで帰っては来られたものの、京の顔面はずっと蒼白で、食べてももどしてしまう程に弱っていた。おもちゃにも興味を示さない。達夫はどうすればいいか分からなかった。飲み物は何とか口に出来るらしく、スポーツドリンクを口元に近づけては、ストローですするのを見守っていた。
(くそ……こういう時どうすればいいんだろう……)
 達夫は椅子に腰掛けた。京が食べやすいようにと、その日作ったのは赤味噌を溶いた雑炊だった。土鍋で作ったそれは当分冷めないだろう。達夫は自分の幼少期を思い出そうとした。自分が同じような事になった時、親はどうしてくれたか、と。父親は何もしなかった。むしろ自分が怖がって苦しんでいた対象こそが父親だった。達夫の表情が苦痛に歪む。達夫にとっては過去は毒そのもののようだった。思い出す事そのものが彼にとっては苦なのだ。借金、ギャンブル、浮気、大酒、タバコ、風俗遊び……何でも父親はしてきて、その後始末に追われるのはいつも母親で、仕事のストレスをぶつけられるのは自分と母親だった。母親が弟を宿してもそれは同じだった。達夫の額に汗が浮かぶ。それでも達夫は必死に記憶を辿る。母親はどうしてくれていただろうか?自分が泣き止まなかったり、しょげてしまったり、ひどく怖い目に遭った時、母親は……。
 達夫はハッとした様子で、京のそばへとゆっくりと近寄った。
「ごめんな、京……」
 達夫は京の小さな身体を優しく抱きしめた。京のごめんなさいが止まった。
「ごめん……俺が悪かった……お前は何も悪くないんだ……だから……」
 達夫はさらに強く京の身体を抱きしめて言う。
「頼む……少しだけでいい……プリンでもなんでもいい……食べたいものだけでいいから……何か食べてくれ……お願いだ……」
 達夫は震え、涙を流し、嗚咽を漏らしていた。京はぼんやりと達夫の温もりを感じていた。京の目は相変わらずうつろなままだったが、その目からは涙がこぼれ落ちていた。

 香はプリントアウトした地図と手書きした部屋番号などのメモを見ながら、アパートの表札を見て回っていた。
(最近は用心してるのか、表札に自分の苗字とか出さない人も多いからねえ…こういう時は美里の情報が本当に頼りになるわ……っと)
 香は表札に「河野」の表示を見つけて舌なめずりをした。
「みーつけた……!」
 香はにんまりと笑んでそうつぶやく。隣部屋は既に美里の手配で借りてあるらしい。香の服装はというと、今日はモダンな配色のボーダー柄の入ったタイトなニットワンピースの下に、少し薄まった紺のデニムパンツを合わせ、茶髪も下ろしている。メイクも大人っぽい普段用のものに変えている。香はバッグの中にあるビデオカメラを、慣れた手つきで器用に取り出さないまま操作すると、隠し穴から映像を隠し撮りできるようにして、河野家の呼び鈴を鳴らした。
「……はーい」
 やけに陰鬱な雰囲気を帯びた声がドアホンから聞こえた。
(あれ~……?聞き込みによるとこの誘拐犯さん、愛想はいいはずなんだけどなあ……)
「はじめまして~、隣に越してきた片桐と申します~、今日はご挨拶にと思いまして~」
 もちろん偽名だ。メイクやファッションやらの変わり映えもあって、今の香はまるで普段の探偵としての姿とは別人のようだった。
「……今開けますね」
 少し間が合って、カチャカチャという鍵を開ける音がした後、ドアが開かれた。達夫の顔は少し目鼻が腫れていた。
(花粉症……ってわけではなさそうね。こりゃあ弱ってる……漬け込むチャンスかも)
 にっこりと笑みを浮かべて香は言った。
「改めてはじめまして~、205号室に越して来ました片桐です~。どうぞよろしくお願いします~」
 見た目は美人でとても優しそうな雰囲気に見え、スタイルも良い香の姿が目に入って、思わず達夫の表情が緩む。すかさず香が片脚を上げ、そこに紙袋やバッグを置いて、「粗品」と書かれたタオルを取り出して渡そうとする。
「こっこちらつまらないものですが……ぁ~っ!」
「おわっ?!」
 香がバランスを崩して玄関の中まで倒れ込んで来る。思わずそれを抱きとめる達夫。
「だ、大丈夫ですか……?」
「え……ええ……!すいません、お恥ずかしい所をお見せしてしまって……」
 香は自然と胸を達夫に押し付けるようにする。意識をそらすためだ。達夫が頬を赤くして目をそらす。その間にバッグを上手い位置に置いて、ビデオカメラに部屋の中がよく映るようにする。
(あはは、男相手の仕事って本当らーくちん……♪)
 すると、その様子を睨んでいた子供がいた。京である。見た目は女の子に見えるが、服装はイマイチ垢抜けない。
(この子が例の……)
「……お姉さん、今わざと倒れ込みましたよね……?」
「えっ……?!」
 香は焦った。
「そっ……そんなわけな」
「京っ!」
 達夫はひざまずいて京の手を取って笑顔を浮かべた。
「お前……話せるようになったんだな……!?」
 達夫の目には涙が浮かんでいた。京の目線は相変わらず香に突き刺さっていた。その目はまるで親を殺された……いや、自分の恋人を盗まれた女のような……
(いや……まさかそんな……5歳の女の子が……)
「達夫さん、気を付けて……このお姉さん、嘘をついてる」
 香の背筋が凍りついた。ゾクッとするような鋭いまなざしと言葉だった。達夫は申し訳なさそうな顔で香に向き直って言った。
「す……すいません……この子、いま弱ってて……疲れているので……こっ、こちらはありがたく使わせて頂きますね……それじゃ……!!」
「あ!ま、待ってくださ……」
 香はそのままバッグと紙袋とを渡され、ドアを手早く閉められた。
(まさか……私に限って一発で部屋に上がれないとは……ちょっと今回のは……)
 冷や汗を流しながらも、香はニヤリと攻撃性を含むような笑みを浮かべた。
(……面白いじゃないの……ッ!)

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