おはなしのもと・8

ネタ帳4月分
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酔宵堂 @Swishwood

もう、夢も現も曖昧で区別がつかない。純白の女神を視たと思った、それはこの世に見えぬ筈の姉だった。「おつかれさま、ありがとう」その労いは誰へのものか。「すぐに、あの子が来るから。伝えてあげて、——」訳もわからず、言伝を託される。……それを受け取るのが誰なのかは、自ずと察せられた。

2012-04-27 03:45:51
酔宵堂 @Swishwood

そして、その姿は掻き消える。冷たい病室に月明りが差し込む、その時のことだった。僅かに景色が滲み、揺らぐ。部屋の片隅、一番濃い陰の中に。黒い女が、立っていた。

2012-04-27 03:49:47
酔宵堂 @Swishwood

「……ほんの一瞬で、大きくなるものだね」「……そうね。貴男にとっては、ほんの一瞬のこと」「……そうか。「”姉さん”から、言伝を預かった」「……やっぱり。どんな」「——」「……そう。でも」「行くのかい」「勿論よ」「ぼくもだ」「……そうね」「愛してる。きみが何処へ行こうと」「……」

2012-04-27 03:57:47
酔宵堂 @Swishwood

応えることは、わたしに赦されるのだろうか。「代わりでも、よかったんだよ。きみがやってきたあの日のこと、今でも覚えてる。あの夕方の河川敷だって」その言葉に頬を伝う熱いものを、わたしは認めてはいけない。それは、「裏切りなんかじゃない。姉さんがぼくに云ってた、ありがとう、って、だから」

2012-04-27 04:08:05
酔宵堂 @Swishwood

知らず。縋り付いて、泣き崩れていた。「ねえ、最期に一つ、我侭を云っていいかな」「我侭?」「……見届けてくれないか」元より、そのつもりである。枕許に腰掛け、その頬に触れる。「ええ、きっと。愛してたのね」「……姉さんの次ぐらいにかい」「まどか」「……うん。まどか、だね」

2012-04-27 04:18:43
酔宵堂 @Swishwood

——それが、最期のひと言だった。奇しくもそれは、ふたりにとってはじまりのひと言であったもの。慌てて駆け付けた親族が踏み入った時にはもう、そこには一つの生命も無い。細く絶えることの無い音が非情に事実を告げる、月明りの下の貌はどこまでも穏やかであったと云う——。

2012-04-27 04:28:18

刻還る黒蝶

酔宵堂 @Swishwood

「黒翼の魔女は時を渡る。”始まりの一人”の元へ向かい、ただひたすら彷徨い遡り続けているらしい」……とは、聞いていたが。「貴女でしたか。確かに納得はゆきます、その当世離れした装束も、立ち居振る舞いも。そうでしょう、”暁のグレイス”」「師より聞いていますか。ならば、話は早い」

2012-04-29 04:01:50
酔宵堂 @Swishwood

「……どこに、向かわれるのです。そんなにしてまで」「そうね。貴女達の終焉に、私はまた現れる……それはそう、伝えられている通りよ」「いざや撰べ乙女。魂もて円環に還るや、ただ人に還りて塵界に根づくや……その、黒き」「そう。まだまだ、足りないのよ。これでは到底届きなどしない、だから」

2012-04-29 04:13:52
酔宵堂 @Swishwood

「……ラ・ピュセル。貴女に選択を求めはしない」ただ、会っておきたかっただけだから。当然のこと、その末路を知らぬ筈も無い。だが、告げるわけにはゆかぬ。それは、時の旅人の大禁戒に触れよう。「Flamme de l'aube、そうお呼びするのでしたね」その瞳には、決意。「お受けします」

2012-04-29 04:38:29