おはなしのもと・8

ネタ帳4月分
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再会

酔宵堂 @Swishwood

彼女が旧友を呼び出したのは、だから無理もないことだった。教壇に立ってそう短くもないが、それでもそんなことにはそうそう直面するものでもないし、話には聞いていたがこれほど堪えるとは。

2012-04-06 03:04:25
酔宵堂 @Swishwood

電話に灯るその文字列を見るや、彼女は非礼を詫びて中座を申し入れた。数分ののち、戻ってきたその表情は先とは打って変わって翳りを帯びている。どこか上の空、と云っても差し支えないだろう。何事か、よくない事があったのに違いなかった。

2012-04-07 04:03:45
酔宵堂 @Swishwood

久しぶりの差出人に、私が思い出したのは朝のニュースだった。行方不明だった中学生のことを報じる、それは聞き覚えのある名前で。そう云えば、その担任は……あいつだったか。久闊を叙するには、いささか以上に苦い酒になりそうだった。

2012-04-07 04:12:13
酔宵堂 @Swishwood

めっきり足が遠のいて久しかったが、そこはまるであの頃の空気のままで。こんなことででもなければ、思い出にだって浸れたろうのに。少し早かったかと思ったが、その姿はカウンターにあった。

2012-04-12 04:55:18
酔宵堂 @Swishwood

おや、久しぶりだね、とカウンターの中の目が告げる。何も云わないのが、何より有難かった。小さくグラスを打ち合わせてからずっと、長い沈黙が支配する——言葉を選ぶような仲ではなかった筈なのに。積み重ねてきた年月を、否応無く思い知らされる瞬間だった。

2012-04-15 04:49:42
酔宵堂 @Swishwood

教え子を喪う痛みは思った以上で、私だけはしっかりしていないとと張った肩が、今頃になって痛む。自分で思ったよりも遥かに堪えているらしかった。彼女が旧友とも面識があったのは意外な気もしたが、違和感はない。それより、旧友のひと言の方が驚きだった。「その……養子って訳じゃないんだけどな」

2012-04-26 04:20:47

訣戦

酔宵堂 @Swishwood

彼女が視た、その終焉の時にわたし達は立ち会ってはいないのだと云う。ならば、ここに引き寄せられる連中を少しでも狩って、あちらの負担を少しでも軽くしてやるくらいだろう。そう考えて、見据える。「凝れ」視線の先が、僅かに揺らいで。その時には、虚人たちを最早時の檻に囚えたも同然だった。

2012-04-17 04:17:11
酔宵堂 @Swishwood

人払いの結界:魔力を何らかの力場の形にして放出展開する、常人の五感では知覚はほぼ不可能な領域。立ち入る或いは触れたものは不快感とまではいかないものの違和感を覚え、そこから遠ざかるように勝手に足が動くと云う。所謂「霊感の強い」ものには五感のどれかで知覚出来ることもあるらしい。

2012-04-10 06:57:48
酔宵堂 @Swishwood

わたしが云うのも烏滸がましい気はするのだけど。慣れない結界だなあ、と思った。でも、それはつまりその中で行われている戦闘が、熾烈を極めることを意味するもので。綻びの生じないように重ね掛けしながら、人気の絶えたコンコースを駆ける。ここに来るまでに、既に十体近く。まだ、増えている。

2012-04-03 04:49:49
酔宵堂 @Swishwood

この前の、あの不思議なそれでいてあたたかい気配は——感じない。だから、一人でやるしかない。あの時はまるで、誰かが一緒に弓を引いてくれているようで。ひどく懐かしい、そんな気がしたのに。それは何か、ひどく不吉なことの前触れに思えた。「とにかく、急がなきゃ」そう、声に出していた。

2012-04-03 05:01:43

フューネラル

酔宵堂 @Swishwood

それはきっと、滑稽なことでさえあるのだろう。けれど私が、私達がそれを嗤うことなど出来る筈がない。そう思いながら、ひと摘みの香をくべる。どんな偽りでも、形だけでも、こうして記憶に残れるだけ、こう云っては何だが幸せには違いないのだ、たぶん。

2012-04-12 05:16:56
酔宵堂 @Swishwood

それは、茶番だ。 でも、大事なんだ。 記憶は有限でも、思い出は無限だから。 なあ、後輩。 こう云うと、あれだけど。 よかったね。 キミはさ、ヒトだったよ。 だから、今度こそ、本当に——サヨナラだ。 柄にも無くわたしはそう思い、その手を合わせた。

2012-04-12 05:23:32
酔宵堂 @Swishwood

作法は聞いたからわかってる。でも、そうしてしまうと全てを認めたことになる気がして。促されるまで動けずにいたのはほんの一瞬だったんだろうけど、あたしには随分長い時間のように思えた。こうしてたらアイツが「何ぼけっとしてんのよ、後がつかえてんのよ」とか云ってきそう、なんてね。

2012-04-15 04:56:31
酔宵堂 @Swishwood

悔いは、なかったのだろうか。あの子を止めるべきだったろうか。いえ、わたしが逡巡していては示しが付かないわ。と、前を見れば項垂れる紅い髪。軽くその肩に触れると、のろのろと動き出す。わかってる、これがただの茶番に過ぎないことなんて。それでも、彼女は二度と還っては来ない、のだ。

2012-04-15 05:02:41
酔宵堂 @Swishwood

静かに手を合わせる。立ち上る煙が鼻先を掠め、咽せそうになるのをこらえて。一番新しい記憶が、何かを思い出したようにわたしに囁いた気がする。多分過去たちが、きっと何度となく繰り返した風景なのだろう。そう、数え切れないほどのあの子もこうして——祈りを捧げたに違いないのだ。

2012-04-15 05:11:18
酔宵堂 @Swishwood

「その、眼は……」「ああ。大丈夫だよ」「……ごめんなさい」「なんでアンタが謝るのさ。あたしが決めたことだよ」下ろした髪の下の眼帯の、その奥には何も無い。それを知るものも、クラスには殆ど居ない。わたしは彼女の為に、何か出来ただろうか——ねえ、こんな時、貴女なら——無論、応えは無い。

2012-04-15 05:21:07
酔宵堂 @Swishwood

「ええ。それは……貴女が持っていて」わたしが持っている資格など、ない。そこまであの子の代わりなんて、したくもない。「……そっか。そうだな、でも」でも、と区切る。「もうそろそろこいつは消えちまいそうな気がするんだ」それでいいのだ、と微笑う。「……そう」わたしもつられて、口角を。

2012-04-15 05:30:54
酔宵堂 @Swishwood

「笑うの、久しぶりだろ」え。そうか、微笑って……いたのか。「ったく、未亡人みたいな顔してさ」羨望、だろうか? 「いつかは消えるけど、アイツのことはみんなが覚えてる」「そうね」「ひとりにさせずに、済んだんだ」僥倖——なのだろう、それなら。「あたし達が最期どうなるか。わかってるだろ」

2012-04-15 05:41:53
酔宵堂 @Swishwood

「そんなこと、してくれって頼んでない」と、食ってかかるだろうか。けれどいつだって、死者を悼むのは生者の我が侭で、ただの自己満足だ。「……莫迦。死人に口なしってのは、こう云う時に云うんだよ」長いか短いかじゃない。あんたが生き抜いたこと、忘れさせたくないのさ。付き合ってもらうよ。

2012-04-15 06:14:07
酔宵堂 @Swishwood

幻の亡骸は、燃えるだろうか。燃え尽きたとして、それでも欺き続けられるだろうか——いや、続いてくれなければ。その為に差し出したものは、決して小さくはないのだから。傷にこそなっていないものの、時折熱を持って疼く。そう、この左目と引き換えに——ヒトとして死なせてやるって、決めたんだ。

2012-04-19 04:45:06
酔宵堂 @Swishwood

必要なのは、いくつかの瞬間だけ。その時だけそこに居、いや、あると思わせられればそれでいい。自分でないものの幻体など、果たして生み出せるだろうか。……いや、弱気になっても仕方ない。そうしてやろうって、そう云い出したのはあたしなんだ。だからこれは——あたしが、あたしに、刻む罰だ。

2012-04-12 04:47:02
酔宵堂 @Swishwood

あのことがあってからと云うもの。彼女の技は以前にもまして鋭利さを帯びた気がする。今の彼女なら、私の束縛などものともせずに断ち切ってしまうだろう。心強くはあるが、どこか寂しくもあるのは……昔を思い出すからか。あの頃とは違う、違うけれど今はそれでいい、と云うには犠牲は大きすぎたけど。

2012-04-19 04:57:40