語る+聴く「しょうぶ学園」 福森伸・皆川明・中村好文と、otto & orabu

2012.5.5(土) 14:00~16:00(開場13:30) 会場 葉山福祉文化会館 (tel:046-876-1871) http://news.krama100.com/ □第1部 「しょうぶ学園とnui project」を語る 福森伸・皆川明・中村好文 続きを読む
音楽 皆川明 otto 中村好文 しょうぶ学園 orabu 福森伸
2

その人がその人らしく生きるためのスタイル

障害者支援センター〈SHOBU STYLE〉は、
障害を持つ人たちが地域社会でよりよく暮らしていくために、
友好的で、安全で、優しく、のびのびとできる環境を提供しています。
障害のあるなしに関わらず、支援を必要とする人、
支援を提供する側といった枠を超え、
ものづくりをとおして、人が本質的に備えている創造する力を引き出し、
ともに恊働する者としてよろこびをわかちあえるコミュニティづくりを
私たちは夢見ています。
人と人がささえあい、つながりあい、つくりだすくらし、
私たちは創造的な福祉事業の可能性に挑戦しています。

Wakana MORITA クロマニヨン @BBandNIKI
[exblog] 5月の特別企画のお知らせ 「工房しょうぶ」展、語る+聴く「しょうぶ学園」  http://t.co/wG3QnJQP
坂口修一郎 @ShoeSakaguchi
5月5日葉山芸術祭の関連イベントでしょうぶ学園のotto&orabuライブがあります。関東では貴重な機会。お見逃しなく! 「語る+聴く「しょうぶ学園」 福森伸・皆川明・中村好文とotto&orabu」 http://t.co/yDX7FaP6
坂口修一郎 @ShoeSakaguchi
葉山芸術祭会期中は「工房しょうぶ展」も!nui project+木・土・紙・布の仕事 http://t.co/CZV0PZ6C
しょうぶ学園 @shobu_style
5月葉山にて【工房しょうぶ展】、【語る+聴く しょうぶ学園】が開催!otto & orabu、福森伸(しょうぶ学園)皆川明(ミナペルホネン)中村好文 三者対談等!詳しくはこちら!http://t.co/GlIBsRct http://t.co/OJpYe2k3
 拡大
Wakana MORITA クロマニヨン @BBandNIKI
[exblog] 「語る+聴く しょうぶ学園」今日からチケット発売です! http://t.co/Uf4VRiFh
Wakana MORITA クロマニヨン @BBandNIKI
[exblog] 語る+聴く「しょうぶ学園」 -子供料金について http://t.co/VU2Qo5on
sofsof @sofsofuku
ある所では弱者、ある所では強者。これは健常者も障害者も同じ事。障害者が作ったものとかじゃなくてしょうぶとしての価値を作りたい。共に作ってるんです。しょうぶ学園は。ただ両者の強みを生かして。と今思った。
sofsof @sofsofuku
そして共につくる事はお互いが認め合い、知る事が出来ると思う。だからしょうぶは出来る限り自分たちで考え、ものをつくるんだと思う。
西村 佳哲 @lwnish
「自分の仕事を考える2日間・札幌」 http://t.co/TZSVl4nA の初日のゲストに、しょうぶ学園の福森伸さんが来てくれます。昨年5月に鹿児島に立ち寄った際、たまたま帰省中の坂口修一郎さんとともに会った。素敵な人物2名と同時に初顔合わせで、忘れられない日となった。
西村 佳哲 @lwnish
余談ですが、坂口さんは最近ジェーン・バーキンのワールドツアーでトランペットを吹いています。この日その予定を嬉しく聞いたんだよなー。他人事ながら嬉しい。先月はオーストラリアと韓国に行っていたね。とてもいいチーム。
西村 佳哲 @lwnish
僕が福森さんたち「しょうぶ学園」の存在を知ったのは、スターネットの家具づくりも手がけている高山英樹・じゅんこ夫妻の益子の家に寄った時。「今年いちばんの衝撃!」と、同園の「ヌイ・プロジェクト」の話を彼らが熱く語ってくれた。
西村 佳哲 @lwnish
で、その高山夫妻が「あれは生き物だよ!」と興奮して話す。しょうぶ学園の「ヌイ・プロジェクト」の話を。知的な障害を持つ人たちが、飽きずに刺繍の針を通しつづけて変形したシャツや布。こんな感じ。 http://t.co/TKptv963
西村 佳哲 @lwnish
しょうぶ学園は福森さんのお父さんが始めた障害者支援施設で、伸さんは二代目。若い頃は継ぐ気はなかったと言う。
西村 佳哲 @lwnish
障害を抱える人たちが働く施設の仕事には、危険度の少ないナチュラルな素材や、簡単に組み立てられる制作物などが選ばれる。こうした施設の製品の付加価値を上げようと頑張っているデザイナーも少なくない。
西村 佳哲 @lwnish
でも、簡単であってもそれがちゃんと出来なかったりするわけで、すると指導する職員もつくる本人も、互いに疲弊してしまう。難しくないとはいえある望ましさをもった成果物を期待されていて、それに自分を合わせよう・人を合わせようとするわけだから、まあ疲れてあたり前だと思う。
西村 佳哲 @lwnish
彼らの身の上に起こっていることは常に社会の縮図だと思う。問題は価値や意味の軸足を働く本人の外側に持つか、内側に持つかということ。理想は「二つの世界の重なるところ」に持ちたいところだけど、福森さんはそれを一度本人の内側に戻してみた。期待する成果物像を捨てて、布と糸と針だけを渡した。
残りを読む(272)

コメント

愚慫 @gushou 2012年5月6日
「語る」も「聴く」も素晴らしかった。加えて、ポンナレット葉山の家で展示されていた“作品”を「観る」ことも。 http://news.krama100.com/
愚慫 @gushou 2012年5月6日
「工房しょうぶ」の“作品”を観た後、私はこれは果たして“作品”なのかと、あそこで用いられているのは果たして“技術”なのかと@tanakazuhikoさんと話をした。「語る」で学園長の藤森さんは、“作品”というより“行為の結果”と述べられていた。さすがに現場におられる方の言葉は違う。
愚慫 @gushou 2012年5月6日
「作品」や「技術」といった言葉は、「健常者の言葉」である。彼らの“作品”は「健常者の言葉」で不用意には語れない。彼らに接すると、私たちは言葉ですらすでに「健常者」という枠の中に取り込まれてしまっていることに気がつかされる。
愚慫 @gushou 2012年5月6日
藤森さんが語っておられたことを、勝手にまとめさせてもらうと、こうなるだろうか。障害者たちに健常者という枠から出てくる「作品」を強要することをやめると、「行為」がむき出しになって出てきた。「行為」とは、何らの目的も持たない、行為することが目的とした言いようがないもの。
愚慫 @gushou 2012年5月6日
健常者は、障害者たちの「行為の結果」を「作品」として見立てて健常者の世界へ持ち込む。それは銭勘定の世界でもある。が、障害者たちにとってはそういった世界は埒外だ。彼らには「行為」こそが全てであって、「作品」にはもはや関心がない。
愚慫 @gushou 2012年5月6日
彼らは、「行為」中の“作品”を取り上げられると激しく抗議するが、健常者から見て「作品」となったものは、目の前でゴミ箱に捨てられても意に介さないという。自由な魂とは、まさにこのことか。 #魂脱
愚慫 @gushou 2012年5月6日
また、作り上げた「作品」を解体することで“作品”にすることもある、という。せっかく(というのは健常者の感覚)縫い上げた刺繍の糸を全部抜き取って、「行為」は終了。魂は「行為」の中にあって、なんらの形も持たない。#魂脱
愚慫 @gushou 2012年5月6日
そうした自由でむき出しの魂は、「聴く」の方にもよく現われていた。彼らが奏でたのは「自然の音」だったと思う。たとえば、鳥や虫たちの鳴き声のような。
愚慫 @gushou 2012年5月6日
今、朝に森へ入ると鳥たちの囀りが喧しいくらいだが、鳥たちは彼ら自身の気の趣くままに「行為」をしているだけだ。もとよりリズムやハーモニーを揃えようなどという意識はない。しかし、そうした「行為」を聴く私たちは、その「バラバラの音」になぜか一体感を感じたりする。
愚慫 @gushou 2012年5月6日
しょうぶ学園が主宰する「otto」というパーカンションバンドのコンセプトは「心地良い不揃いの音」だという。なるほど、確かに不揃いだ。しかし、“不揃い”という言からして、すでに「自然な音」しか奏でられない健常者の言葉の枠内である。「自然の音」が揃うことは、初めからあり得ない。
愚慫 @gushou 2012年5月6日
健常者にだって「自然の音」は出すことはできる。何も考えずに音を出せばいいのだから、簡単だ。しかし、それを自己表現として、「自然の音」を出し続けることはできるだろうか。 集中力が持続するだろうか。ほとんど不可能のように私には思える。が、彼らはそれを容易にこなす。
愚慫 @gushou 2012年5月6日
「障害者」という呼称がそもそも“健常者の言葉”なのは言うまでもない。そのような反省はいままでもあった。とはいうものの、その反省にはどこか空虚なものがあったと思う。現実の問題として、彼らは我々健常者と比較して、機能的に劣っていると言わざるを得ないと考えられているからだ。
愚慫 @gushou 2012年5月6日
健常者の世界は「作品」を必要とする。障害者だってその生を繋いでいくには「作品」が必要であり、彼らは「作品」を再生産する能力においては間違いなく劣る。機械的に“生きる”という問題に限定すれば、彼らを「障害者」と呼ぶことに誤りはなかろう。
愚慫 @gushou 2012年5月6日
しかし、私たちは機械的に生きているわけではない。「生きる」というのは魂の作動である。その観点から見てみれば、彼らは健常者には困難な芸当を容易にこなす「異能者」である。ただし、異能とはいっても、彼らと我々の魂は共通だ。だからダイレクトに魂に響く。
愚慫 @gushou 2012年5月6日
健常者であれば“自然に”という形でコーティングせねばならぬところを、異能者はそのまま“自然”という生のままで表出することができる。それを受けとめたとき、我々は自身の「魂の在処」を教えてもらうことになる。#魂脱
深尾葉子 @shenwei 2012年5月6日
魂の脱植民地化のひとつの道が示されている、、、。鹿児島いきたいけどいつでもライブやっているわけではないよね、、、
愚慫 @gushou 2012年5月6日
次回ライブのお知らせのチラシが配られていましたが、持って帰ってこなかった。たしか8月に九州でだったと思いますが。どなたか正確な情報を。
愚慫 @gushou 2012年5月6日
なお、「otto&orabu」が演奏した曲だが、あれはまぎれもなく「作品」。キチンと設計された曲作りになっている。なっているけれども、そこには設計できない要素が大きく取り込まれている。設計できない要素をもり立てるように設計された音楽と言えばいいか。
田中 一彦 @tanakazuhiko 2012年5月6日
@gushou 鹿児島の夏のライブはこちら! http://good-neighbors.jp/ 2012.08.26(日) @かわなべ森の学校。昨晩のDMでもご紹介させて頂きましたが、このイベントを主催されているのが坂口さん @ShoeSakaguchi です!
田中 一彦 @tanakazuhiko 2012年5月7日
@shenwei 深尾先生、8/26@かわなべ森の学校 http://good-neighbors.jp/ へ鹿児島遠征か、東大コンポジウム安田講堂への招聘をぜひ前向きにご検討ください!
田中 一彦 @tanakazuhiko 2012年9月20日
otto&orabuの音楽は日本の広告業界なんて軽く超えるクリエイティビティですよね。AD森本千絵さすが(^_^;) http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=z6luRIDUMGo
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする