山本七平botまとめ/「虚構の”座標”をなぜ信じるのか?」~人は”かたより見る”ものであるという前提がない日本人~

山本七平著『ある異常体験者の偏見』/一億人の偏見/271頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

22】ムッソリーニが現われたらローマから一瞬にして乞食も浮浪人も消えた、ヒトラーが現われたらたちまち「ワイマール憲法」下にベルリンにあふれていた売春婦が消えた。ソ連では全労働者が「労働者宮殿」で王者の如き生活をしていると。

2012-05-13 04:26:33
山本七平bot @yamamoto7hei

23】ベルリンのデパートの売子はいった。「ヒトラーは神様です。」ピオニール宮殿の保母はいった。「昔と比べると天国です、夢のようです。」等々々。――そして全く同じことが中国で、北ヴェトナムで、北朝鮮で語られている。

2012-05-13 04:56:42
山本七平bot @yamamoto7hei

24】そして常にそこには神の如くに奇跡を行う指導者と聖徒の如き人びとが住み、同時にその対極にはルチフェロ(地獄の魔王)の如き大統領と悪魔の如き残虐な人びとが住む、ということになる。そしてこう信じないと人びとは安心できなくなる

2012-05-13 05:26:30
山本七平bot @yamamoto7hei

25】従ってアウシュヴィッツが明らかになり、ソルジェニーツィンが出てくれば、また別の「奇跡の主」とその「聖徒」を、人びとは別の国に求めざるを得ない。だが聖書は、奇跡を行えるのは神だけだと記している。言いかえれば、人は絶対に奇跡を行い得ないということである。

2012-05-13 05:56:53
山本七平bot @yamamoto7hei

26】ギリシャ人は、もうちょっと皮肉な調子でいった。「奇術は、その種がわからない者にはそうなるのが奇跡だが、その種がわかっている者には、そうならなければ奇跡だ」と。だが「不安」は人にそう考えさせない

2012-05-13 06:26:32
山本七平bot @yamamoto7hei

27】しかし、考えてみれば今述べたような見方をする事自体が、人が「好感的偏見」と「嫌悪感的偏見」から逃れえない事の証明にすぎないのである。偏見は各人がもっている基線のようなものであろう。各人がそれに基づいて標定すればよい。

2012-05-13 06:56:40
山本七平bot @yamamoto7hei

28】一億人いれば一億人の標定による交点は円に近い超多角形を生み出すであろう。それによって、わけがわからなくなったと不安がる必要はあるまい。座標はおそらく、その中心点にあるのだから。

2012-05-13 07:26:39
山本七平bot @yamamoto7hei

29】例をひいて簡単にいえば『文藝春秋』12月号には林景明氏の『犬が去って豚が来た』が掲載されていた。これは氏の基線に基づく台湾標定である。これに対して投書『三人の卓子』に蓬田次郎氏の反論が(といっては語弊があるが)載っていた。これは蓬田氏の基線に基づく標定である。

2012-05-13 07:56:47
山本七平bot @yamamoto7hei

30】ここで台湾という対象は逆にぼやけるのである。そしてもう一人誰かが標定すれば更にぼやけてその座標即ち交点は三点になり、どれが座標台湾か判らなくなる。すると人は少々不安になる。だがこの時初めて台湾という対象はほぼこの三点で構成する三角形の中にあるであろうという事が掴めるのである

2012-05-13 08:27:42
山本七平bot @yamamoto7hei

31】ただし、その三人が自己に対して誠実なら――という事は標定が正確なら。そして、もし皆が「林景明氏の立場に立って…」あるいは「蓬田次郎氏の立場に立って…」と、現実にはできない事をさもできるかの如くに口を揃えて発言したら、かえって合湾が掴めなくなってしまう、という意味である。

2012-05-13 08:56:54
山本七平bot @yamamoto7hei

32】まして「殺される側に立つ」とか「差別される側に立つ」とかいえば、もう完全に何もわからなくなってしまい、歪曲された虚像で自らが盲になってしまう。そしてその害が自己を盲目にするだけではすまない事は『悪魔の論理』でのべたように、偏見の共有が通念になってしまうからである。

2012-05-13 09:27:13
山本七平bot @yamamoto7hei

33】これがどれだけ大きな害を流し、悲しむべき結果を招来したことか。バロウズ対ツァイトリンの論争だけでなく、あらゆる論争でいえる事だが、論争はそれによって対象の(この場合は年代の)上限・下限が確定し、また問題によっては有限・有限が確定され、対象をある範囲内で掴めるのである。

2012-05-13 09:56:54
山本七平bot @yamamoto7hei

34】新聞に全く相反する論説が併載されていたら、その場合も同じであろう。そしてあらゆる人があらゆる方向から自らの基線に基づいてこれを行い、対象を超多角形の中に備えるのが最も安全ではないのかそしてそれが、過去の苦い民族の体験を将来に向って生かす方法ではないのか?

2012-05-13 10:26:45
山本七平bot @yamamoto7hei

35】以上は、私という異常体験者の偏見である。私は元来「信心深い善男善女」ではないので「虚構の座標を事実だとただ信ぜよ」といわれても信ずる気になれないし「断固たる事実である、証拠を見よ」といって、一億本の線が交会している測板を見せられれば、かえって不安になるだけである。

2012-05-13 10:57:07
山本七平bot @yamamoto7hei

36】さらに「その座標へと事実を動かした奇跡が起った」などといわれれば、逆に、そういっている本人自身が、本心では以上のことを何も信じておらず不安でたまらないので、自らを安心させるため奇跡を持ち出したな、と思うだけである。

2012-05-13 11:26:48
山本七平bot @yamamoto7hei

37】そして何かが起れば、かつての8月15日のように、その人が自分でその測板をさっと引っ込め、ケロリとして、別の虚構の座標にまた一億本の線が交会している別の測板を示すだろうと思っている。

2012-05-13 11:57:13
山本七平bot @yamamoto7hei

38】私にはそれより、各人の偏見=基線が描き出した無数の交点がつくる超多角形の中にとらえられた対象と、それを示す測板の方がずっと安心できるのである。(終)

2012-05-13 12:27:13