2010年6月20日

非美人/女性芸人等を性的欲望の対象外扱いすることの欺瞞性について

『【性・暴力】光浦、あなたは”病気"ではない!』( http://b.hatena.ne.jp/entry/invoice.cocolog-nifty.com/invoiceblog/2008/03/39_5239.html :2008年記す)を発端にしたやりとりのメモです。 「こいつは性的欲望の対象にはなり得ない者だ」と規定した上で笑い者にすることがいかに欺瞞的か? という話を「ドブスを守る会」騒動にも絡めています。
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wataru @watarloo

「お笑い」を隠れ蓑にした無自覚な暴力の例について一昨年書いたブログ> http://invoice.cocolog-nifty.com/invoiceblog/2008/03/39_5239.html

2010-06-13 16:41:23
wataru @watarloo

放置気味のブログへのアクセスが急増したと思ったら、3年前の記事がこんなふうになってた>http://b.hatena.ne.jp/entry/invoice.cocolog-nifty.com/invoiceblog/2008/03/39_5239.html

2010-06-17 07:20:37
宇井彩野 @niyari_niyari

こういう言い方もあんまり良くないかもしれないけど、「ブサイク=性的魅力がない」って絶対違うだろ~。けっこう性的魅力の基準って美醜と違うところにあるし、好みのタイプ=美しいと思っちゃう人の美的感覚ってだいたいちょっとずれてるし(笑)

2010-06-18 12:16:58
宇井彩野 @niyari_niyari

これって光浦さんが叱られたのは、彼らもドッキリの時の彼女を見て性的にざわざわする気持ちになっちゃったからじゃないか? RT @watarloo 3年前の記事がこんなふうになってた>http://bit.ly/95Bxq5

2010-06-18 12:22:22
宇井彩野 @niyari_niyari

美しい人を見てるのはとても好きだけど、性的対象として見てるわけじゃないし。顔やスタイルが美しいほど性的対象として見ちゃうって感覚もないな。まあ恋愛しない人がこんなこと言っても説得力ないかな;

2010-06-18 12:45:16
wataru @watarloo

.@windayano ご質問の意図がわかりませんが、そう仮定すれば、そういう対応こそ、その企画が持つ暴力性を顕にしたという証明に他ならないでしょうね。

2010-06-18 13:00:08
宇井彩野 @niyari_niyari

.@watarloo 引用させてもらっただけなのwatarlooさんへの直接の質問ではないですが、ブスは性的対象にされないなんてテレビが思い込ませてるだけ、さらにテレビ業界の人たち自身その思い込みに飲み込まれて彼女を性的に見てしまったことに動揺したってこともあるんじゃないか?と

2010-06-18 13:14:39
宇井彩野 @niyari_niyari

そのとおりだと思います。 RT @watarloo そういう対応こそ、その企画が持つ暴力性を顕にしたという証明に他ならないでしょうね。

2010-06-18 13:17:01
宇井彩野 @niyari_niyari

この文脈だと光浦靖子をブスといわなきゃならないのも不本意だけど。彼女をブス扱いしたいテレビの人たちも、「みんながブスっていうから自分もブスと思わなきゃならない」ってぐらいの感覚のような気がする。馬鹿馬鹿みんな馬鹿

2010-06-18 13:31:13
中村 順 (NAKAMURA Jun) @kihachin

光浦靖子さんは綺麗な素敵な女性だと私は思います… RT @windayano : JRAの大泉洋が光浦靖子にプロポーズするCMが異常にときめきます。彼女は可愛いよ。私からしたら、もし誘われたらお願いしたいと思うくらい。

2010-06-18 13:51:27
宇井彩野 @niyari_niyari

.@kihachin 彼女を女性として魅力的だと思ってる人少なくないでしょうね。でも一方ではセクハラされても嫌と言う資格はないかのように扱われてて、テレビは一体何を目指したいのか。あのCMはその辺さらっと覆してくれるから好きです。

2010-06-18 14:07:35
中村 順 (NAKAMURA Jun) @kihachin

@windayano 「セクハラ」に関しては私もけっしてイノセントではいられないのですが…(汗)。テレビ・雑誌メディアの女性観はあまりに薄っぺらいし、さらには悪意がたっぷり含まれていると感じることが多いですね…

2010-06-18 14:31:35
宇井彩野 @niyari_niyari

@kihachin イノセントでいられないのは私も同じです。女性から女性のセクハラはけっこうあるし、自分の間違った意識に気付くこともよくあります。だからこそ、気付いた時に「それはおかしい」と声をあげたい。しかしメディアに流れる「ブス」「ブサイク」の文脈は本当にひどいですね・・・

2010-06-18 15:51:10
中村 順 (NAKAMURA Jun) @kihachin

@windayano 容貌について語ろうとすると言葉に詰まってしまいます。次の2冊はお勧めということで… 『天然ブスと人工美人 どちらを選びますか?』山中登志子、光文社新書(2009.2) 『ブスのくせに!最終決定版』姫野カオルコ、集英社文庫(2007.1)

2010-06-18 17:27:30
wataru @watarloo

.@windayano 納得です。あの事件は「非美人の芸人=性愛の対象外、性的魅力を持ってはならない存在」という扱いそのものが欺瞞に満ちていることを明らかにしたケースとも言えますものね。

2010-06-18 18:24:52
宇井彩野 @niyari_niyari

@kihachin おお・・・ありがとうございます!チェックしてみます。容姿の話は「自分と比べられる」リスクがありますよね。私は自分の容姿がいいか悪いかさっぱりわからないので無頓着に話してしまいましたが、ちょっと気をつけなきゃいけないデリケートさがあるな、と後から思いました。

2010-06-18 22:53:22
宇井彩野 @niyari_niyari

.@watarloo なんだか、差別というものの一側面を改めて見た気がします。身分や民族において「卑しい」とされている女性に対して、「高等だ」と思っている側の男性が、性的な興味がないことを示すために過剰に暴力的に振舞うのと似ていて、ぞっとします。

2010-06-19 03:34:46
宇井彩野 @niyari_niyari

「ドブスを守る会」について聞いた当初は何と言えばいいか思いつかなかったんだけど、あれもこういうことだろうな>「卑しい」とされている女性に対して、「高等だ」と思っている側の男性が、性的な興味がないことを示すために過剰に暴力的に振舞う…http://bit.ly/bkwkbH

2010-06-19 08:40:23
宇井彩野 @niyari_niyari

「ブス」「ブサイク」と他人を蔑みたがる人って、イケメンや美人に対してというより、むしろ「ブス」「ブサイク」と呼ばれる人たちに対してコンプレックスを抱いてるんじゃないか。自分より容姿が悪い人に自分よりいい人生を送られたら困るし、性欲をかきたてられちゃ困るって。

2010-06-19 08:50:44
宇井彩野 @niyari_niyari

「ドブスを守る会」の連中に声かけられたら「コンプレックス男を守る会です~」とやりかえしてやりたかったなあ、とか妄想して自分があの件で相当むかついていたことに今更気付いた(笑)

2010-06-19 09:05:05

コメント

へぼやま @heboya 2010年6月20日
昔伊集院の姉が、思春期にグレかけたとき、伊集院の父はこういったそうな。「お前は顔に資本がないから、不良なんかやってる暇はない。ちゃんと勉強して、社会に出て生きる術を学べ」 と。所謂美人、という評価に限らず、「社会的に評価される資質、基準」 というのは色々あって、個人と社会という枠で見ると、それは常に残酷に査定しているのは一つの事実。「履歴書の印鑑が斜めだ」という理由で就職が跳ねられる。 
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へぼやま @heboya 2010年6月20日
「履歴書の印鑑なんか、丁寧にやりゃ済むこったろ」 とはいえ、それを難なくこなせるかそうでないかというのは、結構資質に依る。僕は書類仕事がもの凄く苦手だ。精神的に。だから書類選考が重視される場では多分相当跳ねられる。でも個人としては、それを踏まえて、自分に出来る形で 「より社会的に上位にいる誰かに評価される」 事がないと、やっていけない。
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へぼやま @heboya 2010年6月20日
ん、何の話だ? 戻すと。「お笑いだからと言う理由で、人のツラを笑いものにするのは暴力的だ」 というのは、事実だと思う。でも敢えて言うと、人が人をある基準で精査すること自体、結構暴力的だとも思う。「書類がマトモに作れないお前は価値がない」という烙印を押されるのも、やっぱちょっと暴力的でしょ。だから良い、とか、悪い、とかでなく、ね。
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へぼやま @heboya 2010年6月20日
つまり、場においてあるルールが存在、形成され、そのルールで価値の優劣を決められる。ミスコンなら、「美人に価値があり、層でなければ価値がない」 というルール。そしてお笑い芸人なら、「美人よりおブスさんの方に価値がある。笑いに繋げられるから」 というルール。どちらも暴力的だけど、事前に合意がある。
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へぼやま @heboya 2010年6月20日
「私のブスという資質で笑いが取れる、それで生きていく」ってのは、暴力的な価値基準に対してのその人なりの回答で、それに好悪はあるだろうけど、尊重はしたい。 例の 『どブスを見守る会』 は、その暴力的な行為を、相手方の合意無くぶつけたところにある。彼らのは暴力的なのではなく、暴力なのだな。「これが未来のお笑いの主流になる」等と言う彼らは、多分今の暴力的な笑いも、双方の合意があって始めて成り立っていることに気付いていない。
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へぼやま @heboya 2010年6月20日
ただ、あとも一個戻すと、リンク先にある光浦の記事の仕掛け(ドッキリ)は、多分に光浦個人の誇張はあるとしても、「ドブスを見守る会」に近い、暴力的価値判断をそのままぶつけている点で、あまりよろしくはないとは思います。人を精査すると言うこと自体が暴力的であるという前提で、する側も、それがただの暴力にならないように留意すべき、というのは重要。例えば職場のセクハラやパワハラなんてのは、暴力そのものなワケだしね。
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へぼやま @heboya 2010年6月20日
なんかあんま整理しないでコメント書いたら、流れがぐちゃぐちゃになっちゃった。ゴメン。
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十年鬱 @10yr_depression 2010年6月20日
元のブログととぅぎゃったを一読して。これは「楽屋」という場で仕掛けられた行為である、という点を外して論考すべきではないでしょうか? 本来女芸人/芸能人のキャラクタを外すべき外すことが許される場所で行われた、という行為であり、一連のバラエティやモンティ・パイソン(この際比較する者同士の質は置いておいて)のように、スキット/コントの中で存在するものとは大きく異なる。
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十年鬱 @10yr_depression 2010年6月20日
光浦氏の書評の意図は「現代はそういった表のペルソナを外していい場所が存在しない、たとえ“仲のよい友達”同士でもそのペルソナは私を許容する、もしそうでないならお前が「負け」だというルールを前提でいつでも自分に対峙してくる。そこを生き延びるためには“常に空気を読み続けるかまったく空気を読まないか”のどちらかの方法論を若くして学ぶ必要がある。がんばれ中高生」という風に理解しました。
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へぼやま @heboya 2010年6月20日
例えば、「不細工な男のお笑い芸人が、ブサイクでモテないという事をネタにする事」 は、性別が男女入れ替わっただけで、やっていること自体は同じなんだよね。そこに一般視聴者とかグラドルが現れて、「ヤダー、キモーイ、あり得ナーイ、生理的にムリ~」 とかやいのやいのする絵面。光浦の記事にある例と違うのは、そこに犯罪としての本当の性暴力を臭わせる仕掛けを入れているかどうかの差。この差は勿論大きい。
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十年鬱 @10yr_depression 2010年6月20日
蛇足だ、頭に付ける場合実はそれが一番言いたいことだったりするのはよくあることですが(そんなこと無いですか? そうですか、それはよかった)、その方法論(サバイバル術と言ってもいい)を「ビョーキ」と形容したのは今から30年前だと思います。
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十年鬱 @10yr_depression 2010年6月20日
これを (1) 男芸人 (岡村ちゃんの相方とか一人極楽とんぼとか) に「やらないかTシャツ」(本当にあった http://bit.ly/cZHCjW )を着たスタッフが同じような仕掛け役をやったらどうなるか (2) 女芸人に素人という組み合わせだったらどうなるか (3) そもそも“空気を読めないモノをいじめる“というのはTVが仕掛けて広まったのではなく、それが広まったモノとしてそこにあるからTVが取り上げているといういつもの構図ではないのか、端的に言えば我々はソレを見たがっているのではないか (タイの死体
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