山本七平botまとめ/「聖トマスの不信」/~日本には存在しない聖トマス~

山本七平著「ある異常体験者の偏見」/聖トマスの不信/137頁以降より抜粋引用。
12
山本七平bot @yamamoto7hei

1】「事実論」は思想・信条には関係ないから、「事実論」を思想・信条を基にして批判してはならない――という原則は、やはり新約聖書の時代からあるのだと思う。というのは「トマスの不信」という面白い話が出てくるからである。<『ある異常体験者の偏見』

2012-05-22 09:56:50
山本七平bot @yamamoto7hei

2】「イエス・キリスト復活伝説」を知らない人はいないであろうし、今でも世界の多くの国で復活祭が祝われている。ところがイエスが処刑されて数日たって「イエスは生き返った」という噂が広まり、それを「事実」とするムードが盛りあがった時、弟子の一人であるトマスが言った。

2012-05-22 10:26:43
山本七平bot @yamamoto7hei

3】「私は(イエスの)その手に(十字架に釘づけされた)釘あとを見、自分の指をその釘あと(の穴)に差し入れ、自分の手をその脇に差し入れて(槍で突かれた痕を調べて)みなければ、決して信じない」と。

2012-05-22 10:56:47
山本七平bot @yamamoto7hei

4】非常に面白い事に、聖書はこのトマスの態度を少しも非難していないのである。彼らにとっては、そう思ったら、そういうのが当然なのである。

2012-05-22 11:26:45
山本七平bot @yamamoto7hei

5】まして「そんな事を言う奴は、イエスの弟子とは認めない」といったり、やれ不敬だの、不信仰だのといった罵詈讒謗を加えた、などという記録は全くなく、淡々とこれまたそう書いてあるだけである。

2012-05-22 11:57:09
山本七平bot @yamamoto7hei

6】日本国中が「天皇は現人神だ」と言った。勿論新聞もそう書いた。「お前はヤソだそうだが、どう思うか

2012-05-22 12:27:19
山本七平bot @yamamoto7hei

7】「私は天皇のところへ行って、直接『私は現人神』だという言葉を聞き『疑うならこの手にさわってみよ』といわれて、その手にさわり、その感触から、成程これは人間ではない、やはり現人神だなあと感じない限り、そんな事は信じない

2012-05-22 12:56:47
山本七平bot @yamamoto7hei

8】といったところで「トマスの不信」が当然とされる社会なら、たとえ戦争中でも、これは不敬でなく、むしろ尊敬のはずである。第一「信じない」という事は、自分の状態を正直に表明しているのであっても、客観的に「天皇は現人神でない」と断言しているわけではない

2012-05-22 13:26:39
山本七平bot @yamamoto7hei

9】従ってそう私に質問した人間が、本当に天皇を現人神だと信じ、そう書いた新聞記者も本当にそう信じているなら「なるほどね、そういう機会があるといいね」というだけの筈である。ところが奇妙な事に、この「トマス的返答」が何にもまして徹底的に彼らを怒らせるのである。

2012-05-22 13:59:15
山本七平bot @yamamoto7hei

10】そしてその怒り方は実に壮烈なものであった。だが怒るという事自体が、その人自身が内心では天皇を現人神だと思っていない証拠である。

2012-05-22 14:26:58
山本七平bot @yamamoto7hei

11】『百人斬り競争』でも同じであって、たとえ「出来る限りの資料を集めて、それを『釘あとに指を突っ込む』ぐらい徹底的に調べない限り事実とは信じない」と誰かがいったところで、これを事実だという人が本当に事実だと信じているなら、怒る筈はない。

2012-05-22 14:56:56
山本七平bot @yamamoto7hei

12】「どうぞ調べて下さい。何なら資料を集めてお手伝いしましょうか」というのが当然であって、生体実験をやってみろといったり「後は死あるのみ」といった葉書を送ったりする事はありえない。こういう事は常に、結局は事実だと強弁する人自身が内心では事実と思っていない証拠にすぎないのである。

2012-05-22 15:27:03
山本七平bot @yamamoto7hei

13】伝説というのは実に便利なものだから「トマスの不信」の物語では、八日後にトマスが弟子達と一緒にいるところに、不意にイエスが出現するのである。ところが面白い事に、前述のように弟子達がトマスを非難しないだけでなく、イエスも彼を非難しないのである。

2012-05-22 15:56:50
山本七平bot @yamamoto7hei

14】勿論「お前のような奴は弟子の資格がない。破門だ」などとはいわないで、いきなり手を差し出す。「指をここ(の穴)に入れろ、手を見ろ、手をのばして脇に入れろ……」といい、最後に有名な「見ずして信ずる者は幸いなり」という。

2012-05-22 16:26:45
山本七平bot @yamamoto7hei

15】しかしこの言葉は、その証拠を見せて、その上でその本人が言った言葉で、証拠を提示しえない他の弟子たちが、「見ないで『事実』という事にしろ」と強制した事ではない。それは絶対に誰もしていないのであり、それをする事こそ絶対に許されないのである。

2012-05-22 16:56:43
山本七平bot @yamamoto7hei

16】いずれにしても「トマスの不信は当然であって、そう思ったらそう言って少しも構わないだけでなく、そう思ったらそう言わねばならない。そうでなければ嘘になる。また彼がそう思ったという事を非難する権利は誰にもない

2012-05-22 17:26:40
山本七平bot @yamamoto7hei

17】この事は『事実があったかなかったか』という事実論は、その人の思想・信条に関係はない」という事が当然の前提とされない限り、この伝説が生れてこないという事実も示している。

2012-05-22 17:56:55
山本七平bot @yamamoto7hei

18】北ヴェトナム軍がユエで市民を生埋めにして虐殺した、と『サンデー毎日』編集次長の徳岡氏が書いておられる。これが事実なら、それは徳岡氏の思想・信条とは関係なく事実だから、もし何らかの名目で氏を非難する者がいたら、その者の頭がおかしいといわねばなるまい。

2012-05-22 18:26:56
山本七平bot @yamamoto7hei

19】これは『百人斬り競争』でも同じだし「増原長官(註:増原内奏問題 http://t.co/Nrl8wzCv)の辞任問題の一面も同じであろう。「あった事」を「なかった事」にすると、正直に「あった」といった人間を「嘘つき」にしなければならない

2012-05-22 18:57:14
山本七平bot @yamamoto7hei

20】そこである記者の話によれば彼を「捏造大臣という事にして」「記者団に虚偽の発表をした」という事にして辞職させたそうだが、これが事実なら、実に「二重の虚偽」である。そして「トマスの不信」を認めないと、人は必ずこの「二重の虚偽」に落ちていく

2012-05-22 19:26:38
山本七平bot @yamamoto7hei

21】そしてこの場合は、落ちていくのは勿論与党だけでなく野党も同じである。私は実は以前から、戦前、軍部や右翼が天皇を政治に利用したやり方が、この「二重の虚偽」の逆用だと思っていただけに、今回の野党の動きは、ちょっとショックであった。

2012-05-22 19:57:01